「誰でも愛が欲しいし居場所が欲しい」 chilldspot 比喩根が「愛哀」で掬い上げた同世代のリアル
比喩根(Vo/Gt)、小﨑(Ba)、玲山(Gt)、ジャスティン(Dr)からなる4人組バンド、chilldspotの新作EP『まだらもよう』が、1月19日に配信リリースされた。
リード曲「愛哀」は、比喩根が自分と同世代である20代の、等身大の恋愛を赤裸々に歌った意欲作。ミュージックビデオでは、原作・総監督を「歌舞伎町の社会学」を研究する慶應大生・佐々木チワワが務め、キャストやスタッフもZ世代のクリエイターが中心となって製作された。歌舞伎町を舞台に楽曲が持つ妖艶かつドラマティックな世界観を見事にビジュアル化している。なお、本EPにはmabanuaをプロデューサー/アレンジャーに起用した「まどろみ」や、映画『隣人X -疑惑の彼女-』の主題歌として書き下ろされた「キラーワード」など既発のシングル曲も収録されており、chilldspotの多彩な音楽性を堪能できる1枚だ。
作品をリリースするたび、新たな表現に果敢に挑むchilldspot。そのフロントマンである比喩根に、本作の全曲解説をしてもらった。(黒田隆憲)
最終的に頼ったり、縋ったりできるのは自分自身
──まずは本作『まだらもよう』のテーマやコンセプトを教えてもらえますか?
比喩根:タイトルは後付けでした。今作に収録する楽曲が出揃って並べてみたときに、異なる登場人物の「人生の一コマ」を描いた作品になっているなと思ったんです。しかも、その感情は平坦ではなく「まだら」になっているなと。ひらがなにしたのは、心がふにゃふにゃと変化している様子が漢字で表すよりも伝わりやすいかなと。
──つまり歌詞の内容は、比喩根さんの実体験というよりはフィクションを創作していくような感じだったのでしょうか。
比喩根:単に見聞きしたものを模写したり、空想で作り上げたりしていくだけでなく、「もしそういう状況に自分が立たされたら心がどう動くのか?」。自分のリアルな気持ちを入れられるよう感情移入しながら書いていきました。
──なるほど。では、1曲ずつ詳しく聞かせてください。すでにリリースされている「まどろみ」(昨年10月配信)は、プロデュースにmabanuaさんを迎えて共作もしていますね。
比喩根:「この人と一緒に曲作りがしてみたい」という、私の中の希望リストにmabanuaさんがいたんです。以前、「your trip」という曲でヨルシカのn-bunaさんにアレンジをお願いしたことがあったのですが、今回はリファレンスの方向性選びも含め、一から一緒に制作していきました。複数あるデモトラックから1曲に絞っていき、一緒にメロディを作り、最後に私が歌詞をつけるという流れでした。
──ちなみに、どんな曲がリファレンスとして上がったのですか?
比喩根:例えばThe 1975とかTennisとか。これまでよりも幸福感のある曲調になったのは、mabanuaさんの提案でした。サビのメロディとか、ちょっとミュージカルなんかも意識しながら華やかな雰囲気を意識しましたね。
ただ、そういう明るいメロディやアレンジに対して歌詞まで明るい雰囲気にしてしまうと単に流れてしまうよね、という話にもなって。「比喩根さんの、これまでの路線を無理に変える必要はないし、今までの雰囲気をこの曲の明るい雰囲気に乗せたら面白いんじゃない?」とmabanuaさんに言っていただいたので、無気力で何もやりたくない感じ……ちょっと鬱っぽい感情を抱えて、一歩前に進めずにいる人の気持ちを書きました。
──〈必死に祈るけど/神様も呆れてた/わたしが縋るのは私だ/前を見上げる〉というフレーズが強烈です。
比喩根:逃げても隠れても結局誰も助けてくれない。最終的に頼ったり、縋ったりできるのは自分自身だなと。
偏見や差別、同世代の恋愛観……さまざまな問題と向き合い生まれた曲たち
──昨年12月に配信リリースされた「キラーワード」はどのように書きましたか?
比喩根:この曲は映画『隣人X -疑惑の彼女-』の主題歌として書き下ろしたものです。日本が「X」という惑星難民を、移民として受け入れるSFなのですが、そこで描かれているのは私たちが普遍的に抱えている人種問題や移民問題、差別のこと。フィクションの物語を通して、誰もが抱えている差別や偏見の心に向き合わずにはいられなくなるんです。
私自身を含め、多かれ少なかれ誰もが無意識のうちに、いじめや差別に加担してしまう可能性はある。そのことに気づいて自分自身に憤ったり、失望したりした気持ちを歌詞に込めています。
──なるほど。〈おかしいなどうも/ある程度の人格者と思っていたのに/吐き気が襲う/過去と未熟さが笑う〉というフレーズは、他者に対してではなく自分に対する失望を歌っていたのですね。
比喩根:そうなんです。歳を重ねていく過程で成長し経験を積み上げてきた気になっていたけど、それが何かのきっかけで脆くも崩れ去る時ってあると思うんですよね。「今までの自分はなんだったんだろう……」って。でも、そういう経験こそ大切なのかなとも思うんですよ。まずは自分の中の偏見や差別に気づき、それとどう向き合うか考えるべきだと。
──リード曲「愛哀」は、ミュージックビデオもこれまでのchilldspotの作風とは一線を画すものです。
比喩根:同世代の恋愛観というか、大人には絶対に理解してもらえないような、むしろ大人が目を覆い隠すような10代、20代の恋愛観を書いたらどうだろうかという話をしていて。10代、20代の恋愛観を考えた時に、ニュースでは昨今の社会問題として取り上げられることもSNSでは当たり前のように流れてくるし。大人は気づいていないのか、距離をおいているのかわからないけど、テレビ越しの話でなくてすごく近いところにあると思うんです。問題視されることもありますが、そこにはリアルな現実として生きている人がいて、私が当事者目線で何か歌詞が書けないだろうかと思いました。誰でも愛が欲しいし居場所が欲しい。そんな純粋な感情を大人に向けて叩きつけたくて書きました。ミュージックビデオは佐々木チワワさんに総監督していただいて、同世代の皆さんにと一緒に作り上げられました。見てくださった方それぞれの立場で感情移入してもらえたら嬉しいです。
──演奏シーンでは、これまでのchilldspotが持つイメージを一新するようなメイクや衣装にも挑戦していますね。
比喩根:あんなに重たくてキラキラしたドレスを着る日が来るとは思ってなかったです(笑)。自分で出来上がった映像を見ていて、少しは大人っぽくなったのかなと。メンバーも3人みんなかっこよかった。彼らとは年中一緒にいるし、友達みたいな付き合いをしているので気づかなかったけど、彼らもいつの間にか大人の男性になっていたんだなって(笑)。私たち全員が、皆さんのおかげで以前より大人っぽく成長していることに対して喜びを素直に感じました。