ロクデナシ、1stアルバムで表現した多様な愛 にんじん自ら手がけた楽曲がもたらす深み

ロクデナシが表現した多様な愛

 愛が生み出す感情は大きく分けて二つある。それは、幸福や喜び、希望などのポジティブな感情と、憎しみや嫉妬、怒りなどのネガティブな感情。12月27日にリリースされたロクデナシの1stアルバム『愛ニ咲花』は、真正面から愛を見つめることで生まれた珠玉の作品といえる。2019年12月、TikTokで活動を開始した女性ボーカリスト・にんじんが、ボカロPらコンポーザーによる書き下ろし楽曲を中心に、新たな歌世界を表現していく2021年6月始動の音楽プロジェクト・ロクデナシ。これまで発表されている楽曲は、ボカロPによって書き下ろされた楽曲だったが、1stアルバムにはにんじんが初めて作詞作曲した楽曲も収録されている。ボカロPによって生み出された楽曲と、自身の恋愛経験をもとに書いたという自作曲によって、広い意味での“愛”を歌うロクデナシの世界観を、アルバムを通して感じることができる。また、歌声と美しい情景が溶け合ったイラストを用いたMVは、ロクデナシの幻想的な世界観を表現する上で欠かせない要素になっていると言えるだろう。

 ロクデナシの名を瞬く間に広めた代表曲は、「三時のキス」(作詞・作曲・編曲:40mP)、「まちぼうけ」(作詞・作曲・編曲:一二三)に続く、2021年12月に発表された3作目「ただ声一つ」(作詞・作曲・編曲:MIMI)。TikTokを中心に拡散され、日本のみならずアジア各国でバイラルヒットを巻き起こしたことで話題になった。2023年11月26日にはYouTubeでのMV総再生回数が1億回を突破。生きづらさを描いた歌詞を、隅々まで行きわたるピアノの旋律で満たしていく印象的なMIMIのソングライティングは、ロクデナシの代名詞となった。光が届かない日々を描くなかで〈愛〉〈呼吸〉〈生きる〉といったリアルな言葉が壮大な世界観を作っており、温かみのあるピアノの音色が聴き手の乾いた心を抱きしめてくれる。ロクデナシの楽曲で一貫して描かれた、生きづらさを抱える若者の姿は、まさに、リアルな社会に生きる若者の普遍的な心情を表現している。

ロクデナシ「ただ声一つ」/ Rokudenashi - One Voice【Official Music Video】

 アルバムの顔でもある1曲目「眼差し」の作詞・作曲・編曲を担ったカンザキイオリは、生きづらさを抱える人々の心を強く揺さぶり、多くの共感を呼んでいるコンポーザー。心を優しく撫でていくような繊細なピアノの音色はもちろん、感情を揺さぶるストーリー展開が魅力的だ。1番の歌詞は、好きなものや夢を遠くから眺めているだけの、顔のない存在を描く。しかし、終盤の歌詞は、それらを自分事として願い、形作ろうとする姿を描く。この劇的な変化を通して、〈酷く/酷く美しい眼差しだから/今/生きたいと思った〉と、ひとつの愛に巡り合ったことで世界が違って見えるようになったことを歌う。生きづらさを歌ってきたロクデナシの楽曲。ただ戸惑い、願うばかりの日々が、ここを起点に変わっていく。

ロクデナシ「眼差し」/ Rokudenashi - Gaze【Official Music Video】

 「ただ声一つ」や「知らないままで」を制作したMIMIによる「愛が灯る」は、「ただ声一つ」以来、大きく注目されたバラードナンバーだ。Billboard JAPAN「TikTok Weekly Top 20」(11月22日付)では4位にランクインしている。主人公の悲しみと希望が交錯する心情を表現するにんじんの澄んだ高音は、耳に刺さることなく、むしろ聴き手を包み込むような安心感をもたらす。ラスサビの転調は、彼女のボーカルスキルの高さを物語っている。〈自分らしくいられたら/何も怖いものはないのに〉と寂しい音色が流れる「星寂夜」(作詞・作曲・編曲:Aqu3ra)、ギターロックサウンドが青春を描く「僕らの在り処」(作詞・作曲・編曲:葵木ゴウ)、心を軽くするエレクトロダンスチューン「Slowly」(作詞・作曲・編曲:Twinfield)、柔らかなトーンの中にも未来への不安が漂う「リインカーネーション」(作詞・作曲・編曲:とあ)、一筋の光を頼りに前を向く「ばいばいまたあした」(作詞・作曲:はるな。/編曲:Amu)。それらには、希望と、時折不安が見え隠れする。

ロクデナシ「愛が灯る」/ Rokudenashi - The Flame of Love【Official Music Video】
ロクデナシ「星寂夜」/ Rokudenashi - Starry Silent Night【Official Music Video】

 〈愛は育っても/きっと哀のままで〉と疾走感あふれるギターロックに遊び心と皮肉が込められている「子供騙し」(作詞・作曲・編曲:煮ル果実)、〈こんな世界を愛して/哀せるなら/壊れゆく「僕ら」認めてよ/アマネゾラ〉と、ピアノの音色が奏でる優しさとバンドサウンドの熱さが感情を刺激する「アマネゾラ」(作詞・作曲・編曲:雨河雪)……どんなに困難な状況にあっても、自分らしく生きることの尊さを歌っている。誰かと同じ道を通ろうとする必要はない。泥臭くても自分が自分を認めてあげることで、自分の道を進んでいける。そんなふうに愛を受けて、前を向く力を得る瞬間の描写に、熱量の高さを感じた。

ロクデナシ「子供騙し」/ Rokudenashi - Kiddy【Official Music Video】

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「アーティスト分析」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる