和ジャズはなぜ世界的な注目を集める存在に? 須永辰緒、“日本のブルーノート”TBMの魅力を語る

 近年、アメリカやヨーロッパ圏のリスナーから熱い視線を向けれている和ジャズの伝説的レーベル TBM(スリー・ブラインド・マイス)。DJ 須永辰緒が同レーベルから選曲/監修したコンピレーションアルバム『Rebirth of "TBM" The Japanese Deep Jazz Compiled by Tatsuo Sunaga』が発売中だ。

 TBMは、1970年に設立され、鈴木 勲、日野元彦、中村照夫ら日本のジャズプレイヤーの作品を数多くリリースしたレーベル。長らくは一部のコアリスナーによって愛され続けてきたレーベルだったが、“和ジャズ”への関心の高まりと共に注目度を増している。

 同作には、ビギナーからコアなジャズファンも楽しめるTBM楽曲を18曲コンパイル。タイトルに「The Japanese Deep Jazz」とある通り、レコードショップで宝物を発掘するような、新鮮な出会いとリスニング体験を提供する一枚に仕上がった。“レコード番長”という肩書きを持つほどのレコードコレクターである須永辰緒はTBMとどのように出会い、今作の選曲を行うに至ったのか。和ジャズの魅力はもちろん、須永自身のレコードショップの楽しみ方についても話を聞いた。(編集部)

メジャーレーベルのジャズとTBMは明らかに違う

ーー今回の『Rebirth of "TBM"』ですが、CDもLPも一曲目からラストまで、とにかく素晴らしい曲のオンパレードでした。知っている曲よりも知らない曲の方が多かったのですが、楽しめました。

須永辰緒(以下、須永):実は僕も今回改めてTBMを聴き直したので、知らない曲だらけでした(笑)。

ーー須永さんでもそういう感じだったんですか?

須永:20年ほど前に当時レギュラーDJで毎月名古屋に行っていました。いつものように大須にある「ハイファイ堂」というヴィンテージ機材とレコードを売っているお店にレコードを買いに行ったら、何故かTBM作品がなぜか50枚くらい置いてあったので、片っ端から全部買いました。でもどれも安くて500円程度から、一番値段がついていたものでも峰厚介の作品で確か2,800円でした。

ーーその頃からジャズをDJでかけていたんですか?

須永:ジャズをメインにはかけていませんでしたが、あまりに安かったので勉強のためにと思って、日本のジャズに敬意を表して棚ごと買って、箱に入れて家に送ってもらい、寝かせること20年です(笑)。

ーーすぐには聴かなかったんですね。

須永:TBMの作品は長尺のものも多くて、レーベルの精神性のようなものも含めて、自分がそこに追いつくまでかなり時間がかかりました。2010年にディスク・ユニオンの塙耕記さんが“和ジャズ”という切り口で仕掛けたタイミングで、白木秀雄クインテットや渡辺貞夫のtakt(タクト)レコード時代のものや、チャーリー・マリアーノ等の曲は当時よくプレイしていましたが、あの時代のメジャーレーベルのジャズとインディーズのTBMは明らかに違いました。ジャズミュージシャンってメジャーでは縛りみたいなものがあったのかなと思うくらい、曲調も違うし名ピアニスト辛島文雄さんでさえTBM作品でのソロの方が躍動しています。

ーー今回改めてTBMというレーベル、そこから発信されるジャズと向き合ってみたわけですが、TBMの作品がヨーロッパ中心に海外で評価をされている理由は、どこにあると捉えていますか?

須永:単純にそれまで流通していなかったっていうのはあると思います。それと新世代のジャズ、それを担うジャズミュージシャンは、ある程度ヒップホップやダンスミュージックを経由してジャズに向き合っていて、情報ソースを色々なところに幅広く求めていると思います。それは聴き手も同じだと思いますし、そういう観点から極東の国のジャズにこういったものが残っていたのかと新鮮に受け止められた。だから演奏云々よりも情報として“面白がられてる”ところもあるのではないでしょうか。

ーージャズの間口を広げる、ハードルを下げることにもつながっていると思いますが、今回の作品も資料に「ジャズ・ファン、ビギナーを問わず手に取りやすいコンピレーション」とあります。

須永:そうですね。ジャズは相変わらず敷居が高いと感じている人が多いです。もっと色々なところで門戸、間口を広げてあげないと入りづらいジャンルではあります。そういう意味では今回のようなコンピレーションは聴く方も楽だと思います。

ーー須永さんといえば2000年から続くライフワークともいえる人気のコンピレーション「夜ジャズ」シリーズには多くのファンがいます。

須永:「夜ジャズ」もそうなんですけど、もっと若いジャズリスナーを取り込まないと我々商売あがったりなので(笑)、興味を寄せてほしいなという思いもあります。僕は最初パンクのDJから始まってヒップホップを経て、ワールドミュージックやジャズに向いたという遍歴があります。だからどんな音楽ファンでもジャズに取り込めるんじゃないかなという希望を持っています。この作品にもビギナーにもわかりやすい曲を入れたいな、というところからスタートしました。

ーー確かに今回の作品を聴いて感じたのは、純粋にカッコいいということでした。

須永:テクニックと演奏の素晴らしさとか「この一発、このフレーズがかっこいいんだ」っていうジャズの聴き方はあると思うんですけど、今回はそれよりどちらかというと、メロディの良さを重視して曲を選んでいるつもりです。あとは誰が聴いても思わずガッツポーズが出てしまうくらいかっこいいフレーズがあるもの。

ーー色々な聴き方ができると思いますが、やっぱりメロディの良さ、立ったメロディが迫ってくると、誰もが惹かれます。今回聴いて、そう思いました。

須永:まさにそこです、徹底的にメロディ重視です。

ーー錚々たるミュージシャンが演奏している様々なジャズから、熱さやクールさ、楽しさが伝わってくる作品で、ビギナーにも楽しめると感じました。

須永:TBMはバラエティ豊かなラインナップを揃えているレーベルでした。そういう見識を持ったこのレーベルの創業者でプロデューサーの藤井武さんがいらっしゃったことが大きいと思います。「技術」「スイング」「創造的」「個性的」をポリシーに、でも藤井さんはミュージシャンを結構自由に泳がせていますよね。例えばこのコンピに収録した三木敏悟「アンデルセンの幻想」(「北欧組曲」より)は、スウェーデンを代表する存在で色々なコンセプトアルバムをリリースしていたステファン・アベリーン・クインテットそのままの世界観を踏襲していてびっくりしました。あの時代でそこに目を向けていた日本人が居たのかと。

ーー選曲にあたってキーワード、ポイントになる曲はあったのでしょうか?

須永:「ナルディス」(菊地雅章、金井英人、富樫雅彦)です。この曲がTBMを象徴してる曲だと僕はずっと思っていたので。「ナルディス」はダンスフロアには向いていない曲なんですが、当時の熱気を伝えるのにまずこの曲を聴いてほしかった。この曲を軸に、どうやって展開していこうか考えました。コンピレーションもDJと一緒で“聴かせ方”が大切です。テーマ性というのは実はいつも持っていなくて、例えばベニュー(会場)を思い浮かべて「1時間半ならこんな選曲、曲順かな」というのを、いつもコンピレーションを作る時は意識しています。今回は絶対入れたい曲というのが何曲かあって。昔からかけている曲もあるし、こういうコンピレーションじゃないとなかなか聴いてくれないだろうなっていう10分超の曲も入れました。

ーーオープニングナンバーが須永さんからのメッセージだったんですね。これは名盤『銀巴里セッション』に入っていて、1963年の録音ですが瑞々しくて、音に溺れてしまうような感覚でした。

須永:これはまとめ買いした50枚の中には入っていなくて、10年くらい前に買ったんですけど、(菊地)雅章さんのフレーズをアレンジの参考にしたいという意味合いもあり、彼の作品をコンプリートしようと思っていた時期もありました。そういう意味では以前からTBMを象徴するのは僕の中では「ナルディス」だったんです。昔からTBMを聴いている方とは、ちょっと聴き方が違うかもしれません。だからこの曲は絶対入れたかったのと、中村照夫グループはジャズDJにとって聖典なので絞りづらく「ウマ・ビー・ミー」と「デリックス・ダンス」の2曲になってしまいました。

ーー中村照夫さんはジャズ界を象徴する方で、名作がたくさんありますね。

須永:『ユニコーン』とか素晴らしいアルバムが多くて、「ウマ・ビー・ミー」と「デリックス・ダンス」は外せない存在です。

ーー今回のアルバムを制作するにあたってTBMの膨大な作品群をどこまで掘っていったんですか?

須永:自分が持っているレコードを中心に聴いて、あとYouTubeで探して色々と発見がありました。それが「ドラゴン・ガーデン」のティー&カンパニーと松本英彦カルテットです。松本英彦カルテットは、確かCDしか出ていなくて。僕はCDを買わないので今回選んだ「ステラ・バイ・スターライト」は知りませんでした。それから元ディスク・ユニオンの塙さんにも相談しました。「今度TBMのコンピを作るんですけど高柳昌行さんのギターって扱いが難しいですよね」という話をしたら、「いや『クール・ジョジョ+4』(高柳昌行セカンド・コンセプト)というアルバムを聴いてみて。めちゃくちゃいいよ」って教えてくれて。まるで高柳さんがグラント・グリーンのようなめちゃくちゃかっこいいギターを弾いている「ジーズ・シングス」を選びました。

ーー確かにクールなギターで、曲全体が熱を帯びているというか。

須永:もうめちゃくちゃクールです。高柳さん、ノイズだけじゃなかったんだと勉強になりました。

ーー鈴木勲セクステットの「フィール・ライク・メイキン・ラヴ」は、ロバータ・フラックの名曲で色々なアーティストがカバーしているおなじみの曲です。ベースソロをたっぷりフィーチャーしたアレンジがカッコいいです。

須永:この曲も、昔から海外のDJや日本のヒップホップDJから人気で、リズムの粒立ちがめちゃくちゃいいですよね。録音自体のレベルが高いので、今の音と混ぜても全然遜色ないです。

ーー今回の作品はCDとアナログ(LP2枚組)が同発ですが、収録内容が違いますがこの狙いを教えてください。

須永:アナログだからこそ、という曲を選びました。例えば細川綾子 with 宮間利之とニューハード、高橋達也と東京ユニオン、福井五十雄カルテットはCDには入っていません。これは単純にアナログ向けというかDJ向けです。DJにかけてほしくて入れましたが、CDもアナログも両方買ってほしいなっていう下心もあります(笑)。

ーーなるほど(笑)。

須永:コンピの中でこの細川綾子 with 宮間利之とニュー・ハード「エイント・ナッスィン・ニュー・アンダー・ザ・サン」という曲だけ異色です。めちゃくちゃポップでフリーソウルのような感覚もあって、フロアでもかけてもらえるような思いを込めての収録です。

ーーラテンフレーバーが香るという感じですよね。今田勝トリオ+2の「グリーン・キャタピラー」もジャズとフュージョンの中間という感触でした。

須永:芯が通っていてかっこいいですけどね。この曲も海外ですごく人気があって、同名のアルバム『グリーン・キャタピラー』は、ジャイルス・ピーターソン(DJ)が紹介していて知りました。

ーー福井五十雄カルテットの「レイディ T 」もヴィブラフォンの響きやふくよかな音は、アナログで聴いた方が映えると思いました。

須永:オーディオがアナログセッテイングの良箱でヴィブラフォンは映えます。そういう箱で流して欲しくて、という選曲です。

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