NewJeansまで通ずるリバイバルの象徴的存在 ピンクパンサレス、ポップソング作家としての真価

 2001年、ケニア出身の母とイギリス出身の父のもとにイギリス・バースで生まれたある女性は、自宅に流れていたQueenやマイケル・ジャクソンを聴きながら幼少期を過ごし、10代中頃にはバンドのシンガーとして自身が愛するMy Chemical RomanceやGreen Dayを歌い、やがてK-POPに夢中になっていく(※1)。熱中する対象こそ変化していったものの、14歳の頃に『レディング&リーズ・フェスティバル』で歌うヘイリー・ウィリアムス(Paramore)の姿を目の当たりにした時に抱いた「音楽に関わりたい」という夢は、変わることなく持ち続けていた(※2)。ある時、自身のTikTokのアカウントを開設するにあたってユーザー名を考える必要に迫られたその人物は、偶然、テレビのクイズ番組から流れてきた「雌のヒョウの名前は?」という質問をきっかけに思いついた言葉、“PinkPantheress(ピンクパンサレス)”を使うことに決めた(※3)。

 2020年末、17歳の頃からGarageBandで作曲を続けてきた彼女は、誰もいない早朝の大学の構内で色々なアイデアを試しているうちに、自身が好むUKガラージやドラムンベースに合わせて自身のボーカルを乗せてみようと思い立つ(※4)。そうして生まれた「Pain」(2000年リリースのSweet Female Attitude「Flowers」をサンプリング)や「Break It Off」(1997年リリースのAdam F「Circles」をサンプリング)といった楽曲がTikTokにアップされると、物悲しい恋愛の情景を囁くように歌い上げるスウィートなボーカル、TL(タイムライン)のスピード感や情報量とも呼応しながら心地良く感覚を刺激するビート、何より、どこか懐かしさを感じさせるその手触りに、瞬く間に多くの若いユーザが魅了され、絶大な支持を獲得するようになっていく。やがて、そのアップ元である“ピンクパンサレス”は単なるアカウント名から、時代を象徴する一つの言葉となっていった。

PinkPantheress - Pain
Pink Pantheress - Break It Off (Official Audio)

 あれから約2年が経ち、世界中の称賛を集めたミックステープ『to hell with it』(2021年)や、スクリレックスやウィロー、リル・ウージー・ヴァートといった第一線のアーティストとのコラボレーション、『バービー』などの映画のサウンドトラックへの参加、何より2023年を代表する大ヒットとなったアイス・スパイスとの「Boy’s a Liar Pt. 2」(全米チャート週間最高3位、年間20位)などを重ね、今やピンクパンサレスは間違いなく現代を代表するアーティストとなった。

 11月10日にリリースされた『Heaven knows』は、そんなピンクパンサレスの現時点での一つの集大成とも言える待望の1stアルバムである。だが、同作を掘り下げる前に、まずは改めて「ピンクパンサレスの魅力とは何か?」について考えてみたい。

PinkPantheress(『Barbie』film premiere, London, UK - 12 Jul 2023)

ピンクパンサレスと「Y2K」 その先にある魅力の核

 ブレイク以降、ピンクパンサレスについて語られる際に多く用いられるのが「Y2K」(あるいは1990年代~2000年代リバイバル)という言葉だ。その大きな要因は「Pain」や「Break It Off」が示すように、90年代から2000年代前半におけるUKガラージ/2ステップやドラムンベースといったダンスミュージックのサンプリング、あるいはその影響を色濃く感じさせるサウンドを自身の楽曲に取り入れてきたことにある。また、「Last Valentine」(2021年)ではLinkin Park「Forgotten」(2000年)をサンプリングしており、その対象は必ずしもダンスミュージックの範囲には留まらない。そうしたユニークなサウンドは、「Just for Me」(2021年)のプロデュースを手掛けて以来、自身にとって最も音楽的に信頼のおける人物の一人であるムラ・マサ(「Boy's a Liar」や『Heaven knows』にも関わっている)のようなクリエイターたちとも呼応し、TikTokの枠を超え、ポップ/ダンスミュージックの両面からより多くの人々を魅了していくようになる。

PinkPantheress - Last valentines (Visualiser)
Pinkpantheress - Just for me (Official Audio)

 2021年のインタビューでは90年代から2000年代前半という時代の持つ魅力について、「洗練されすぎていない、クールな印象を感じる。それは、きっと当時の人々は少しくらい変に聴こえても別にいいと思って作っていたからだと思う。今よりずっと実験的だった」と語っており、ピンクパンサレス自身もそこにあるムードに強く惹かれていることを認めている(※5)。

 自身のTikTokアカウントのアイコンでもある『パワーパフガールズ』(1998年~2005年放送)や明らかにMicrosoft Windows XP(2001年)のデフォルトの壁紙を模倣した「Passion」(2021年)のアートワークが象徴するように、同時代のムードは自身の作品のビジュアル面にも大きな影響を与えている。(今では公式アカウントからは削除されているが)「Break It Off」のビジュアライザーにおけるVHS的な質感や、ランダムな縦長/横長動画とチープなCGがサイケデリックな色彩とともに交錯する奇妙な世界観、「Just for me」のMVにおける4:3の画角に収められたシンプルな空間と、2000年代初期のMVを彷彿とさせる様々なカット(ある人物は分厚いMacBookに夢中になり、またある人物はガラケーのカメラに囲まれている)は、まさに「Y2K」という概念の中にあるクールさを正面から射抜いているように感じられる。

PinkPantheress - Passion (Official Audio)

 それはつまり、どこか奇妙ではありながらもクールな印象を与えると同時に、ある程度洗練されていながらも馴染みのある手触りを感じられ、今まで触れたことがないのにも関わらず懐かしい感覚を抱かせるということだ。アテンションの最大化と利便性の最適化を突き詰めた果てにあるUI/UXで埋め尽くされた現代において、手探りで未来を模索していた90年代~2000年代に着想を得た「Y2K」カルチャー、あるいはその世界観を体現するピンクパンサレスに今の私たち(特に若い世代)が魅了されるのは、ある種の必然とも言えるのかもしれない。

 ただし、ピンクパンサレスが単に当時のノスタルジアを再現しようとするアーティストというわけではないことも強調しておきたい。例えば「Pt. 2」の元になった「Boy’s a Liar」はリバイバルというより、むしろリル・ウージー・ヴァート「Just Wanna Rock」(2022年)に象徴される2010年代以降に巨大化したジャージークラブの系譜にある楽曲であり、8-bitの可愛らしいシンセサイザーの音色とピンクパンサレスの優しい歌声が織りなすベッドルーム的なキュートな世界観(そこにハイパーポップの系譜を重ねることもできる)と、それを引き立てるミニマルなトラック、冒頭から〈自分の心の中を覗いてみて/そこに私の入る余地はあるの?(Take a look inside your heart / Is there any room for me?)〉と告げる率直なリリックが見事に噛み合った楽曲だ。だが、そこには前述したような感覚がしっかりと詰まっており、だからこそ「Pain」のような楽曲と地続きで楽しむことができる。むしろ、客演や他のジャンルが入ってもブレることなく、そうしたムードを作り出すことができるという絶妙なバランス感覚こそがピンクパンサレスの最大の魅力なのではないだろうか。

PinkPantheress, Ice Spice - Boy’s a liar Pt. 2 (Official Video)

 とはいえ、ピンクパンサレスの台頭が近年のY2K、あるいは90年代~2000年代のリバイバルのムーブメントをより加速させる大きなきっかけとなったのは間違いない。その最も大きな結果の一つがSpotifyの人気プレイリスト「planet rave」(その背景にあるのはピンクパンサレス“以降”とも言うべきTikTokにおけるドラムンベースの台頭だ)の誕生であり、ここ数カ月ほどのUKチャートを席巻しているケニア・グレース「Strangers」に象徴されるように、近年では数多くの90年代~2000年代のダンスミュージックの影響を感じさせるヒット曲が生まれている。また、NewJeansが7月にリリースした「Super Shy」と「New Jeans」におけるドラムンベースやUKガラージの導入とそのベッドルーム的な質感も(『パワーパフガールズ』の引用も含め)明らかにこうした流れを意識したものであるように感じられる。

Kenya Grace - Strangers (Official Lyric Video)
NewJeans (뉴진스) 'New Jeans' Official MV

 もちろん、その全てがただの模倣であると言いたいわけではなく、あるいはピンクパンサレスがオリジナルだと言いたいわけでもない(例えば、ニア・アーカイヴスはピンクパンサレス自身が語るように、こうしたムーブメント以前からドラムンベースを取り入れてきた/※6)。だが、現代のメインストリームの動きを見る上で、その影響を無視することは、おそらく不可能なのではないだろうか。

PinkPantheress(『Austin City Limits Music Festival』October 09, 2022 in Austin, Texas)

関連記事