Lucky Kilimanjaro 熊木幸丸が向き合う、音楽を介した他者との繋がり方 「“個”が強化されても意外と自分は幸せになっていない」

複雑性に対してどう向き合っていくかが自分のテーマ

ーーそうなんですよね。「個」を捨てるわけではないけど、「個」としてどうやって「他」と繋がっていくかを問われている感覚になることが多くて。新曲の「無限さ」は、今お話ししてもらった感覚が表れている曲と言えますか?

熊木:そうですね。他人との関係性を考えたときに、今までのように「個」の概念だと「お互いに価値があるかどうか」で繋がり合ってしまう問題が少なからずあるような気がしていて。「相手の為になっているから、相手と共に存在できる」という発想だと、コミュニティが崩れてしまうというか、人間関係として不健全だと思うんです。

ーーそれだと、「利用し合う」ということにもなりかねないですからね。

熊木:そうなんです。そういうことではなくて、単純に、自分の話を聞いてくれる存在……それは「解決法を見出してくれる」というわけではなくて、自分が嬉しかったり悲しかったりする、そのいろいろな気持ちと並走してくれる存在がいること、それがすごく大事なんだなと思っていて。それは僕にとっては結婚生活もそうですし、辛いことも楽しいこともありながら一緒に活動してくれているバンドメンバーやスタッフもそう。「自分の思っていることを聞いてくれる人」という存在の重要性を改めて感じますし、それは僕に限らず、今、「個」の力を目指そうとする人にも知ってほしいメッセージだなと思ったんです。前作の『Kimochy Season』でも、「闇明かし」でこういうことを歌っているんです。それをよりダンスミュージック的なカタルシスをもって昇華することを考えたのが、今回の「無限さ」かなという気がします。

ーー実際、「無限さ」の歌詞を見たときに僕が思い出したのも、「闇明かし」でした。熊木さんは、「闇明かし」は『Kimochy Season』の中でも個人的に大切な曲だとおっしゃっていたし、あの曲を作れたことはやはり大きなことだったということですよね。

熊木:あの曲は、自分がアルバム制作時にキツくなってしまって、そのことを相談したりしていくうちに見えてきたものを曲にしたので。実体験に深く基づいている、すごく大事な感覚を曲にできたと思いますし、この感覚が、自分が何かにタフに挑戦できるきっかけになるなと思ったんです。だからこそ、改めて問い直したい、構築し直したいと思いました。それが「無限さ」の歌詞に繋がっていると思いま。

ーー資料にある、熊木さんによる「無限さ」のセルフライナーで、「ケア」という言葉を使っていることも印象的でした。

熊木:そこまで正確にケアのことを理解しているわけではないんですけど、誰かを労わることや、支え合うという関係性をコロナ以降の感覚で改めて構築しないと、どんどんみんなが敵を生み出していくだけに見えてしまうときがあって。そうなると、最終的に誰も助け合わなくなるのかなと思ったりもするんです。どうしようもなくムカつくことや気持ちの葛藤はもちろんあるんですけど、外と接続することもしっかり考えていかないと、何かが崩壊してしまうような感覚がある。どういうふうに、他人の悲しみや苦しみと、自分の悲しみや苦しみを交わらせていくか?……そういうことを考える中で、「ケア」関係の本もたくさん読みましたし、そういう方面の発想を知ることで、いろいろ勉強になったんです。

ーー熊木さんの根本的な性格として、何かを解きほぐしていくことや、「戦って勝つ」というより、その構造自体を解消させることはできないか、ということに考えが向くという部分はあると思いますか?

熊木:そうですね……まず、怒られるのがすごく嫌いなんですよ(笑)。

ーー(笑)。

熊木:それに、人が怒っているという状況が苦手。これは、別にいいことでもなんでもないと思うんですけど、状態が感情に支配されてしまっているのが苦手なんです。もちろん感情は大事なんですけど、それが支配するほどの大きさになってしまうと、それによって簡単に全員のバランスは崩れてしまうぞ、という感覚があって。特に、「怒り」はバランスを大きく崩すなっていう感覚がある。

ーーなるほど。

熊木:怒ることも大事なんです。大事なんですけど、それを、バランスを崩すためではなく、誰かと繋ぐために使えないか? と思う……こういう感覚はずっとあります。それこそ音楽を始める前からあると思います。しっかりと構築していきたいですし、怒りみたいなものも、あくまでも関係性の構築の中にあってほしいなという。実際はそうはいかないケースはたくさんありますし、怒らなければいけないケースもありますし、そういうときは僕も怒っていると思うんですけど、それも踏まえつつ、そうではない道はないのかなって。最近になってやっと、表現の中でも「怒り」も食わず嫌いしてはいけないなと思い始めているんです。今回のカップリングの「靄晴らす」も、そういう部分がある曲で。「怒り」も組み立てられるもののひとつとして捉えられないか? という。今回のシングルは、ざっくりと言えば「繋がり」と「怒り」という、2曲それぞれが結構違うニュアンスなんですけど、これもバランスなんだろうなと思うんです。それぞれがぶつかり合うものではなくて、両輪で存在させたいという。

ーー熊木さんにとっては、「バランス」というものがすごく重要というか。

熊木:そうですね、バランスはとても大事だなと思っています。「靄晴らす」の歌詞に〈There's no silver bullet〉というフレーズがありますけど、これは「シンプルな解決手段はない」という意味の言葉で。だからこそ、如何にバランスを取りながら物事を進めていくのか? ということが重要だなという感覚が自分の根底にはあります。バランスを取る中で、選択したり保留したりしていく。それを繰り返しながら進んでいる感覚があります。そういうことを歌うことが、やはり『Kimochy Season』以降、増えている気はしますね。心の変化、バランス……そういう複雑性に対して、どう向き合っていくかが自分のテーマとしてひとつあるのかなと思います。

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