大森靖子、ライブを介してファンと作り上げる“小さな天国” 熱狂の最新ツアー最終公演で打ち立てた新たな誓い

 MCでは、設楽博臣からクイズの出題があった。東京都の人口は、四国4県の人口の何倍かという問いだ。その回答は「超天獄」のイントロで大森靖子によって叫ばれた。4倍である。ラップ主体の「超天獄」の歌詞には〈シティポップ〉という単語も出てくるが、まさにそちらに寄せた、80年代のフュージョンすら彷彿とさせる演奏だった。

 「TOBUTORI」以降、本編ラストまで山之口理香子が再登場して踊った。彼女のダンスが即興だと本人から聞いたときには心底から驚いたものだ。今この瞬間の「生」をぶつけるかのような踊りにして、楽曲の世界を微細まで掬い取り描きだすかのような踊りだ。「イマジナリーフレンド」は花譜への提供曲のセルフカバー。「VAIDOKU」はノイズ混じりのギターから始まり、フリージャズのような演奏と、美しく明確なメロディが交錯していく。ステージ上の大森靖子と山之口理香子の関係性もまたインプロビゼーションのようで、そこから「夕方ミラージュ」へ。「死神」は大森靖子の絶唱とともに終わった。

 本編の最後、sugarbeansのピアノの伴奏で「オリオン座」を歌うのは大森靖子ではなくファンだった。合唱するファンのなかを、大森靖子が歩いていく。飛び跳ねてファンに手を振り、通路を走る。彼女が椅子に立つと、ファンの声量が上がった気がした。ファンは歌う、〈最高は今 最悪でも幸せでいようね〉と。私の前の席のファンが涙を拭っていることに気がついた。大森靖子とファンの、その瞬間だけの小さな天国がそこにはあった。それが明日からの日常に、ほんの少しでも残るといい、と感じるほどに。

 アンコールでは、「おまえが一番かわいいよ」「私が一番かわいいよ」というコールを経て「絶対彼女」へ。この楽曲には〈絶対女の子絶対女の子がいいな〉という歌詞があるのだが、そこを大森靖子は「女子」「ヤリマン」「処女」「おっさん」などと呼びかけてファンに歌わせていく。そしてこの日、もっとも白熱したのが「童貞」のパートであったことは誰もが認めるだろう。大森靖子が「三角形ならずですね」と言ったように、人員は2名。両者お互いに一歩も引かぬコールに胸が震えた。

 「最後のTATOO」では、sugarbeansのピアノのアメリカ南部色も濃く、メンバー紹介を挟みながら、最高にグルーブィーな演奏が展開された。四天王バンドの本領発揮だ。「S.O.S.F. 余命二年」がギターノイズとともに終わった後、冒頭で紹介した「川になろうと決めた」というMCがあった。

 その川とは、清濁をあわせ呑む川だろう。濁のほうが濃いかもしれない。そのMCから不意打ちのように突然始まった「Rude」にはこんな歌詞がある。〈分かり合えない世界はスルー / 嘘 どうしても変えたい〉。「Rude」は、コロナ禍において生まれた新たな大森靖子のアンセムだ。「Rude」の〈生きてさえいればいい〉という歌詞は、多くの人を救ったはずだ。アンコール最後の「TOKYO BLACK HOLE」では、〈人が生きてるって ほら ちゃんと綺麗だったよね〉と歌われる。大森靖子は〈みんなが綺麗だったよね〉とも歌った。

 この春、友人から突然、希死念慮を打ち明けられたときに感じたことでもあるが、生を肯定する言葉に説得力を持たせることは非常に難しい。その瞬間に私の頭に流れたのは、実を言うと「Rude」だった。大森靖子は「Rude」で〈自殺なんてないのさ / 誰が君を殺した?〉とも歌い、「TOKYO BLACK HOLE」では〈地獄 地獄 見晴らしの良い地獄〉とも歌う。日常に潜む苦しみ、汚濁、不条理から目を離さない。だからこそ、『大森靖子 KILL MY DREAM TOUR 2023』最終公演での「私はこのツアーで川になろうと決めた」という大森靖子の言葉は説得力を持っていたのだろう。その川をまた見にいきたい。

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