ジャンル&年代特化型フェスの増加理由は、ノスタルジーだけではない メタルレジェンド集う『パワー・トリップ』に向けて

成功の背景はユーザーを刺激する分かりやすさ

 これらのフェスティバルについて「ノスタルジア需要」の一言で片づけるのは簡単だ。確かに『デザート・トリップ』『パワー・トリップ』以外のここまで紹介してきたフェスティバルは、いずれも現在のメインストリームで活躍する若いアーティストもブッキングされているとはいえ、そのターゲットが当時のシーンをリアルタイムで過ごした人々であることは疑いようがない。だが、かつて『デザート・トリップ』を『Oldchella(老人版コーチェラ)』と揶揄したミレニアル世代もしっかりと年を重ね、経済的な豊かさを手に入れ、同じように“あの日の思い出”に浸るためにお金を払うようになったのである(例外はある)。『Lovers & Friends』『When We Were Young』『Sick New World』がすべてラスベガスで開催されているのも象徴的だ。これらのフェスティバルは“ラスベガス観光”と一緒にパッケージングされており、とにかく消費を促そうという意図が強く感じられる。

 その上で成功の背景についていくつか考察を付け加えるならば、まずは「SNSでの拡散性の高さ」が挙げられるだろう。『デザート・トリップ』の極めてシンプルでありながら強烈なインパクトを与えるポスターに象徴されるように、ジャンル/年代特化型フェスティバルのラインナップ発表ビジュアルは、SNSのフィードを通過する数秒のうちに(分かる人であれば)それがどのようなフェスティバルなのかを瞬時に判別することができる。他の大規模なフェスティバルであれば、その傾向を掴んだり、見たいアーティストがいるかどうかを確認するためにしばらくラインナップを凝視することになるが、これらのフェスティバルはそのような手間を省き、瞬く間にユーザーの感情を刺激する。日々、膨大な情報に溺れる中で、この分かりやすさはそれだけで大きなメリットだ(日本で『When We Were Young』が大きな話題となったのも、その結果と言えるだろう)。

 また、ある意味ではこれらのフェスティバルの登場は、冒頭で書いたような「大規模な音楽フェスティバルの傾向に対する反動」と呼ぶこともできるのではないだろうか。ラインナップの幅が広がることは基本的にはポジティブなことであり、筆者も強く同意するが、裏を返せば“広く浅く”なったと捉えることもできる。また、アーティストとしての経験以上に話題性が優先されているかのように思えるケースも珍しくなく、身も蓋もない言い方をすれば、特定のジャンルのみを好んだり、そこまでトレンドを熱心に追わないような人々にとっては、近年の音楽フェスティバルに対して“(以前と比べて)興味のある/知っているアーティストが減った”と感じる可能性が高い。そのような人々にとって、ジャンル/年代特化型のフェスティバルは“狭い”がゆえの強い魅力がある。間違いなくお腹いっぱい楽しめることが確約されているのだから。

 ところで、実は『When We Were Young』は2022年に初めて開催されたフェスティバルではない。初開催は2017年に遡り、当時もAFIやTaking Back Sundayといった現在に通ずるバンドを中心としつつ、モリッシーやDescendentsなどのレジェンドをヘッドライナーに迎えることで、幅広い年代の客層が来ることを想定したラインナップとなっていたのだ。だが、大きな話題になることはなく、結果として5年の空白期間が生じることになる。2022年以降の同フェスティバルの盛り上がりを踏まえると、時として“ターゲットを絞る”ことも重要であることがよく分かる事例と言えるだろう。

 さて、前述の通り、基本的にはノスタルジアの文脈で語られることの多いこれらのフェスティバルだが、『デザート・トリップ』がそうであったように、多くの場合は素晴らしいアーティストに再びスポットライトが当たるきっかけとなる。また、その軸にあるのが、優れた楽曲とパフォーマンスにあることも忘れてはならない。大規模なフェスティバルはもちろん、これらのフェスティバルの動きにも注目することで、よりさまざまな角度で音楽を楽しむことができるのではないだろうか。

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