mothy(悪ノP)、「悪ノ召使」誕生から“悪ノシリーズ”15年の歩み 『初音ミクシンフォニー2023』特集演奏に対する喜びも

悪ノPが振り返る、“悪ノシリーズ”の15年

 VOCALOIDプロデューサー mothy(悪ノP)による“悪ノシリーズ”が、2008年に発表されたシリーズ楽曲「悪ノ召使」から2023年で15周年を迎えた。同シリーズは「悪ノ娘」を主軸とした物語音楽シリーズで、小説・舞台・漫画化もするなど、多くのボカロファンに愛され続けている。

 『初音ミクシンフォニー2023』が、8月29日にサントリーホール(東京)、10月14日にパシフィコ横浜 国立大ホール(横浜)、12月23日に神戸国際会館 こくさいホール(神戸)の3都市で開催。それらの公演で披露される“悪ノシリーズ”15周年記念特集「悪ノ交響曲」では、悪ノシリーズのヒストリーを辿った9曲がオーケストラアレンジでロングメドレーで披露されることも決定している。

 これまで多くのファンを魅了し続けてきた“悪ノシリーズ”。悪ノPによる物語性を持った音楽性はボカロ文化における新しい扉を開き、その後のボカロPたちにも多大な影響を与えた。本稿では、悪ノPに“悪ノシリーズ”の歴史や『初音ミクシンフォニー2023』への期待について語ってもらった。(編集部)

混沌としていた黎明期だったからこそ受け入れられた

mothy(悪ノP)
mothy(悪ノP)

ーー「悪ノ召使」が2008年4月に発表されてから今年で15周年を迎えます。音楽に物語性を持たせた同作は、リリースから様々な二次創作を生み出し、小説・舞台・漫画とメディアミックスに発展。VOCALOIDにおける新しいジャンルを確立し、後続のボカロPにも多大な影響を与えました。悪ノPさん自身は同シリーズがここまで長く愛され続けると思っていましたか?

悪ノP:本当によく続いたな、と率直に思います。僕がボカロPを始めた時は当然、今のような状況ではなかったですし、むしろCDをリリースしている方もいなかった。僕も遊び感覚で始めたというか、息の長い趣味になればいいなくらいに思っていたので、今こうやって15周年を迎えたことにすごく驚いています。僕は基本的に一つのことを長く続けるのが得意なタイプではないですし(笑)。でも、そうやってゆるやかに始められたのが逆に良かったのではないかとも思っていて、きっと最初から気合を入れていたらここまで続けられなかったと思います。

ーー“悪ノシリーズ”はもともとどういった着想のもとで生まれてきたのですか?

悪ノP:最初から壮大な物語や結末を考えていたわけではないのですが、「悪ノ娘」のサムネイルに出ているキャラクターそれぞれのストーリーはぼんやりと考えていたように思います。ただ、そもそも僕の作風は最初から物語調だったわけではないんです。当時ニコニコ動画で他の方の人気作を見ている中で、付加価値のあるものが視聴者から求められているのではないかと気付きまして。その付加価値が何かというと、イラストなんですよね。イラスト映えする楽曲に人気が集まる傾向にあったので、自分も同じ方向性で曲を作って見ようと思ったのが「悪ノ召使」の始まりで。初音ミクをはじめ、VOCALOIDには設定があってないようなものだし、実在もしないので、良い意味で色がなくて自分のストーリーに染めやすいというか。例えば、鏡音リン・レンが双子と思っている人が一定数いると思うのですが、それは良くも悪くも「悪ノ召使」のせいなのかなと(笑)。

【公式】悪ノ召使 / 鏡音レン【中世物語風オリジナル】

ーーそうですね(笑)。公式設定で二人の関係性は細かく定められていません。ただ、それだけ楽曲で描かれた物語のインパクトが大きかったということなのかなと。

悪ノP:もちろん、タイミングが良かったのもあると思います。同じようなことを今やってもウケるとは限らないと思いますし、ニコニコ動画やボカロ界隈も混沌としていた黎明期だったからこそ受け入れられたのかなと。あと、ちょうど初音ミクの人気が落ち着いて、鏡音リン・レンが発売された時期だったんです。僕自身、DTMを初めて3カ月くらいで、「悪ノ召使」も2〜3日程度で作り上げた楽曲でした。そのレベルのものがここまで残り続けたというのは、タイミングと運のおかげなのかもと思うことはありますね。当時の僕にとって音楽制作は妄想を吐き出すようなものだったので、その時の視聴者のニーズに合っていたのかなと。

ーー“悪ノシリーズ”は楽曲と共にどんどん発展していくわけですが、作り方としては一つのピースを繋ぎ合わせていくような感覚に近いんですか?

悪ノP:そうですね。初期の頃は楽曲を一つ作ってその物語をもとに派生させていく作り方で、「悪徳のジャッジメント」以降くらいからは全体の物語のイメージをもとに楽曲を考えていくようになりました。僕は大学生時代にメタル系のバンドをやっていたんですけど、当時聴いていたメロディックスピードメタルや北欧メタルは神話やファンタジーをモチーフにした歌詞も多くて、そこから影響を受けている部分があります。さらに遡ると高校生の頃には槇原敬之さんにもはまっていて、身近なモチーフから物語を紡ぎ出すような楽曲が好きだったんですよね。

【公式】悪徳のジャッジメント / KAITO【法廷物語風オリジナル】

ーー悪ノPさんの楽曲は物語性が高いのと、最後の“どんでん返し”も特徴的ですよね。

悪ノP:そういう部分は筒井康隆さんの小説、特にショートショートに影響を受けていると思います。筒井さんの小説は非現実的な話も多かったですし、ラストのどんでん返しも昔から好きで。あと、ニコニコ動画は動画サイトなので、映像の最後に驚きがあった方がインパクトを残せるし、視聴者にも喜んでもらえるのもあります。僕の感覚としては半分は音楽、もう半分は映画やドラマを作っていくような感覚がありました。とはいえ、“どんでん返し”みたいなものをやりすぎるとネタ不足になることもありましたし、「どうせ最後に何かあるんでしょ?」みたいに思われるのもイヤだなと思っていて。最近は王道というか、驚かすのではなく、しっとりと終わるものがあってもいいのではないかと考えています。実際、今考えている新しいシリーズは静かに聴けるような曲も作っていきたいなと。もちろん、これまでのテイストを無くすわけではないですが、緩急をつけられたらと思っています。

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