SIRUPが語る、EP『BLUE BLUR』に至るまでの心情の変化 「世の中全体の絶望を認めたことで楽になれた」

音楽が誰かの感情を救っている瞬間に感じる尊さ

――そして今回、KMさんとChaki Zuluさんという今のヒップホップだけでなくポップシーンを牽引するプロデューサー2人とタッグを組んでいて。中でもKMさんはLEXや(sic)boyなど、日本のヒップホップの中でも強いトラックを作っているイメージです。

SIRUP:KMさんのことは自分の周りのプロデューサーともしょっちゅう話していて。プロデューサーとしてそもそもすごい手腕ではあるんですけど、オリジナリティとしては音の処理、圧というのか、普通はやらないぐらいキックやその周りのビートをパツパツにしているのに成立してるんですよね。それで「どうやってんやろう?」「あれで成立してるのってすごくない?」という話題になって、その秘密も知りたいと思ったんですね。もちろんKMさんの作る曲のファンで一緒に曲を作ってみたいというところからなんですけど。

 同じようにChakiさんも超大物プロデューサーで、ありとあらゆる、今で言ったらAwichさんやkZmくん、本当に多岐にわたって活躍されている方なので一緒に作ってみたかった。個人的にはTHE LOWBROWSというエレクトロデュオの時から好きだったのでうれしかったですね。

――結果としてやっぱり2人の曲は強いイメージの楽曲になりましたね。

SIRUP:確かにそういうテンションだったのかもしれないです。歌詞もいつもより直接的だったり強かったりするので。

――「スピード上げて」には〈あと何度君を振り切ればいい?〉などソリッドな言葉が見受けられますが、実話ベースなんだとか。

SIRUP:そうですね。それこそコロナ禍で同じような経験をした人がいっぱいいると思うんですけど、一番怖かった時期は生きるか死ぬかだったじゃないですか。必死にみんな生きる中で、もしかしたらこういうことがないと一生知ることがなかった人の一面を知っていく。そこで「そういう人やったんや」となったとしても、僕的には人生の人との付き合いは点だと思うので、別にそこで離れたとしても線でまた出会うんじゃないかな、出会わなかったとしても別にそれでいい。そういう風に人生を見れたっていうのもありますね。

――なるほど。「スピード上げて」とは対極のサウンド感ですが、「もったいない」もChakiさんのプロデュースですね。この曲で表現したかったことは?

SIRUP:ルッキズムの話についてはずっと発信はしてきたんですけど、ルッキズムだと思う前から消費しやすくする=覚えられやすくするためのルックスの固定化があまり好きではなくて。だから自分も年々髪型を変えるっていうアンチテーゼがあったり(笑)。そもそもファッションが好きなのでいろんな自分を表現したくて髪型を変えるんですけど、僕が髪を伸ばしていたときは「髪を切ってほしい」と言われることもよくありましたね。で、すごくタイミングが悪いんですけど、〈髪の色変えたの?〉という歌詞があるのは青にする前の話なので、今言われたことではないというのはお伝えしておきます(笑)。

――(笑)。ラストの「See You Again」はKMさんとの初タッグです。

SIRUP:初めてリリックに関してかなり時間がかかったものですね。KMさんとこのトラックを作った時に、「クラブの3〜4時にかかるようなアンセムみたいな曲が自分の曲には意外とないから、みんなで一緒に歌えるような曲、そういうのを作りたいよね」というところから始まったんですけど、友達とライブを観に行った時に、横を見たら友達が大号泣しながらシンガロングしてたんです。その光景がめちゃくちゃ良くて。そういうのってたまに見るじゃないですか。広げていくと、下北沢のライブハウスに会社帰りのスーツの人が一人で来てめっちゃ踊ってるとか。そういう音楽が誰かの感情を救っている瞬間、それぞれにその人の中で音楽が持つ立ち位置があって、その人と各々の音楽との向き合い方で、癒されるもの、感情が爆発するものになると思うんですね。そういう現場のことを改めて考えるじゃないですか。みんなが大変なこの世の中で生きて働いて、お金を払って来てるっていう、その一人ひとりをより想像できるようになった状態ってやっぱり尊いんですよ。それでそういうことをリアルにもっと書きたいと思って。アルバムの一番最後でもあって、“ポジティブな絶望とは何か?”を一番表現したかった曲なんですね。

――最もリアルタイムに近い感覚なのかなと。

SIRUP:現実が厳しいことを認めつつ、じゃあなぜこういう現場に来たり音楽を口ずさんだりするのかを改めてみんなでシェアしたり、それによって何か発散できたりしたらいいなあっていう気持ちで、リリックを書くバランスをすごく考えた曲ですね。

世界中の人に自らのクリエイティブを丁寧に発信していく試み

――ラストにふさわしい曲だと思います。今回、スペシャルサイトのクリエイティブがすごい完成度で。感覚的に一望できるのもいいですね。

SIRUP:このサイトは、昨年の武道館の特設サイトでもご一緒した「toteさん」に今回も依頼してデザイン・制作してもらいました。タッチで感覚的に操作できるのに視覚的に面白くて、サイトなのに没入感があって……同じ部屋にいるような感じになれるっていう、そういうところまで作り込まれてますね。

――サブスクにも実装してほしいなといつも思う楽曲クレジットの詳細が明記されていて。

SIRUP:大事ですよね。セルフライナーノーツもあるので読んでほしいですね!

――ライナーノーツも嬉しいです。

SIRUP:できるだけ書きすぎないように毎回考えながら、いい塩梅で書いてるんですけど。例えばSNSの1投稿であそこまで書けないし、書いたとしても見ないじゃないですか。そういう意味でホームページの存在の価値がめちゃくちゃあるなと思っていて。

――竹田ダニエルさんによる英詞も掲載されていて。英詞を載せる意図はどういうところですか?

SIRUP:最初の意図としては、ありがたいことに自分のファンの中には海外のリスナーの方がいて。その人たちにちゃんと英詞で理解してもらうために用意しているというのが始まりでした。

――オリジナルの歌詞を英詞にするのではなく、あくまで日本語の歌詞を英詞にするという試みも興味深いです。例えばK-POPのハングルがオリジナリティであるように日本語もオリジナリティとして聴いてほしい?

SIRUP:自分も海外コラボを通じて思ったことがあるんですけど。日本だとR&Bとかヒップホップをする上でUS的なものを作ろうとすると「英語で作ろう」となるんですけど、それだと本国のものがあるじゃないかと。リズムのクオリティを上げられたとしても、結局は個性やその人の強み、パーソナリティがどこに出てくるのかというところなんですよね。日本語ならではのオーセンティックなリズムや、日本人の歌謡的な空気感が乗っていることが日本のR&Bとしての面白さだということは、他の国の人とセッションしていても思ってくれているところだろうなと感じます。今回、自分も立ち返って、例えば「スピード上げて」がいわゆるシティポップの匂いもするようなサウンドになっていたり、日本語を多めにしてみたり、改めてそういう角度で表現したところはありましたね。

――最後に。初登場時はなかなかハードだったというフジロックですが、今夏2度目の出演が決まっていますね。

SIRUP:前回はステージに立っていた時もいつものステージっていうより、何か自分のスタンスをしっかりと提示する場所になってしまったっていうのがあって。それがミュージシャン的なスタンスだったらよかったんですけど、ちょっと違うライブでしたからね。目の前の人たちはもちろん、配信のモニターの向こうにも見ている人がいて、ちょっと心に力が入っている状態でやっていたライブなので、今回はもう真逆ぐらい楽しんでやろうかなと思ってます。

――自己紹介はもう終わったと。

SIRUP:終わりましたね。あの時のフジロックでさえ、仲間たちと同じ気持ちで音を出せたっていうのも全然違いますし、そのまま武道館へ持って行って精神的にもサウンド面的にもものすごくレベルアップしたので、改めて見てもらうというか。「ブチかまそう!」って感じですね。

■リリース情報
『BLUE BLUR』
配信:https://bio.to/blueblur

1.スピード上げて (Prod. Chaki Zulu)
Music : SIRUP, Chaki Zulu
Lyrics : SIRUP
Sound Produced by Chaki Zulu

2.BE THE GROOVE (Prod. Mori Zentaro)
Music : SIRUP, Mori Zentaro
Lyrics : SIRUP
Bass : Funky (Soulflex)
Sound Produced by Mori Zentaro

3.FINE LINE (feat. Skaai) (Prod. uin)
Music : SIRUP, Skaai, uin
Lyrics : SIRUP, Skaai
Sound Produced by uin

4.もったいない (Prod. Chaki Zulu)
Music : SIRUP, Chaki Zulu
Lyrics : SIRUP
Keyboard : Atsushi Inoue (showmore)
Sound Produced by Chaki Zulu

5.MY BAD (Prod. TiMT)
Music : SIRUP, TiMT
Lyrics : SIRUP
Sound Produced by TiMT

6.See You Again (Prod. KM)
Music : SIRUP, KM
Lyrics : SIRUP
Sound Produced by KM

SIRUPオフィシャルサイト:https://sirup.online/wp/

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