【浜田麻里 40周年インタビュー】第6弾:新作『Soar』に至るまでの並々ならぬ覚悟 常識を疑う眼差し、波瀾万丈なキャリアから生まれた“自分にしか作り出せない音楽”

「歌詞のニュアンスが目まぐるしく変わっていった3年間」

ーー先行配信第2弾となった「Zero Gravity」はじっくり聴かせるタイプの楽曲ですが、「Tomorrow Never Dies」とは異なるスタイルのものを選ぶことで、アルバムの音楽的な幅広さを示そうという考えもあったのだろうと推測します。

浜田:そうですね。アルバムの曲順について、前半はハード系の楽曲を連ねて一度攻め込んでから、テンポや攻撃性をドンと落として情念系のバラードに入るんです。その流れで「Zero Gravity」が登場します。先行配信の2曲目を選ぶにあたって、それの短縮形として考えただけです。

ーー聴けばすぐに高崎晃さんだとわかるギターソロも印象的ですが、この曲についても解説をお願いします。

浜田:デモでアレンジを考えている時点で、私の頭の中では高崎さんの最初のフレーズがすでに鳴っていました。ソロのパートから転調させて、キーを全音上げたんです。その流れも含めて、「これしかない」と。高崎さんのレコーディングの際に、ぜひそのフレーズから入ってくださいとお願いしました。高崎さんには“テクニカル系のすごいギタリスト”という印象を持つ方が多いと思いますが、私の中ではそれ以上に、強い情念を感じる熱量の大きいギターが最大の魅力だと思っていて、「Zero Gravity」ではぜひそこを強調するソロを弾いてほしかったんですよね。歌詞については、「しっかり歩んできたはずの自分の歴史に誰も気づいてくれない、なかったことになってしまう」ーーそんな歯痒い気持ちになることがよくありましたので、それを無重力のイメージに例えています。

ーー完成したばかりの『Soar』を聴いたとき、まず感じたのは漂ってくる“暗さ”でした。『Persona』(1996年)、『Philosophia』(1998年)、『Blanche』(2000年)を“暗黒時代の三部作”と呼ぶ声があったというお話もありましたが(※1)、それとはまた異なる暗さです。

浜田:今作ではメジャーコードの曲を作らなかったので、明るくは感じないでしょうね。コロナ禍で各国がロックダウンして、東京の空が青く澄み始めた頃、毎日聴いていたYouTubeのニュース番組で流れていたメジャーコードのピアノ曲が、すごく物悲しく聞こえたんです。人間の心というのは不思議です。私の独特な捉え方かもしれませんが、今作はマイナーコードのみで行こうと決めました。昔の“暗黒時代”というのは、ファンの方にとって“ライブの休止期間だったから”という意味合いも大きいと思いますよ(笑)。実際はそこまで暗黒ではなかったですし……。周りの大人たちが自分のことを誤解していようがしていまいが、私にとってはメンタルが揺らぐようなことではありませんでした。私のメンタルが揺らぐのは、たぶん、自分が愛情を注いだり、周囲から注がれたと実感していたものが消滅したときです。人って、最初から期待がない、もしくは期待が薄いところには失望すら感じないんですよ。時代に苦しさが伴えば伴うほど、半ば強迫的に「ポジティブな曲を書かなくちゃ」と思うアーティストは多いと思います。でも私は違うというだけのことです。実は、自分の根本はかなり楽天的なんじゃないかと思ってるんですよ。とことんまで塞ぎ込んだり、沈み込んでしまうことがないんです。

ーー今作の視点が明らかに90年代後半あたりの頃とは違うのもわかります。昨今の作品にも同様のニュアンスがあるとはいえ、言葉の選び方などからしても、より強烈に叩きつけてきた印象を感じました。

浜田:そうですかね……。今作の歌詞は何度か書き替えたりしたんですよね。コロナ禍で先が見えにくい空気感がありましたし、大きな事件が起きたり、著名な方がたくさん亡くなりましたよね。曲そのものもそうですが、歌詞って、聴かれるその瞬間の社会の空気感に大きく左右されるものなんです。一度書いた歌詞のニュアンスが、瞬間的に別の意味合いを持ってしまったりするので。「この言い回しは今は使えなくなったな」とか、逆に「これは今の時代なら面白い」とか、いろいろ出てくるんですね。その感触が目まぐるしく変わっていった3年でした。だから、最終的には腹を括って、あまり考えすぎないようにしたんですよ。そうしたら、自分の天邪鬼な思考がそのまま出てきちゃったっていう感じですね。常識とされていることを疑う目というか。自分はこの世のあらゆる通念に疑いを持って見てしまう癖があるので。せっかく自分の表現を人様に聴いていただける立場に生まれたんですから、AIが次に予測するような単語は使いたくないじゃないですか(笑)。

ーーただ、その“暗さ”は現在の社会を俯瞰した上で、真実を突くものに思えます。例えば、「Noblesse Oblige」には〈鋼のように/強くしなやかに生きたい/脆弱な時代を超えてゆきたい〉という一節がありますが、「その上で私はどう生きるべきなのか、どんな選択をしていくべきなのか」「絶望的にも感じる現状から、ポジティブな未来を作り出さなければいけない」ーーそういったメッセージに感じます。そう言われてみると、いかがですか。

浜田:ポジティブな未来を自分が提唱できるような立場だとは考えていませんけれど、日本人は自己評価がとても低いなとは感じます。型にはまった、もしくは敷かれたレールの上での生き方、明日をすぐに予想できる生き方が、明るい道を歩く唯一の方法だと思い込んでいるんですよね。だから、そこから外れると不安に苛まれてしまうというか。それが、自由な思考を止めてしまっているんじゃないかとも思えます。別にそれを否定するつもりはないんですよ。

 でも、ひとつだけ見えていることがありますよね。これからの時代は、敷かれたレールはないものと同じだということです。ここからの数年で、あらゆる常識が根底から崩れるような変化が起こるだろうと思うんですよ。この20年もそうでしたけれど、今まで以上にいろいろなことが大きく変動すると予想しています。もしかしたら短期間で世界が変わるかもしれない、と。まさしく前作『Gracia』で書いた「Disruptor」の世界です。未来ではあらゆる既存の職業が淘汰されると言われていますし、今まで日本人の模範的な生き方とされていたような職業は、正直、ほとんど人工知能に取って代わられる時代に入っていくと思います。社会の生産性が上がる一方、途方に暮れる人が多くなるかもしれませんね。それは、私のようなシンガーにとっても同様で、AIによって作り出された音楽がたくさん出てくると思います。例えば、絵画やイラストの世界ではすでに起こっていますが、大多数の人々が感動しやすいコード進行、メロディ、歌詞、歌い方に至るまで、大量のデータ分析から導き出され、新たな作品として世に出ていくでしょうね。もしかしたら公言されていないだけで、すでにそういう曲がたくさん存在しているかもしれません。自ずと今まで蓄積された人間のスキルや生き方の価値基準が、根本から変わっていく未来になるんですよね。そこでは、努力によってスキルを更新させる必要がなくなるということになります。好き嫌いに関わらず変わっていく、それが確実に訪れる未来なのだとしたら、価値観を切り替えて行動するしかないわけですよね。ただ、その前に、大きな覚悟は今から必要だと思います。

ーー麻里さんと共作している作家陣についても興味深い点です。まずお馴染みの岸井将さんが「Noblesse Oblige」「Zero Gravity」、長年のバンドメンバーでもある中尾昌史さんが「Dancing With Heartache」「River」「Diagram」を手掛けていますが、これは彼らの得意な方向性を充分に理解した上でのオファーだったと思います。

浜田:彼らは長年、私を支えてくださるコラボ相手でして、お願いする方向性はもちろん、それぞれの持ち味を欲してのことですし、楽曲モチーフのストックもあります。そこに最新の私の感触で新たなリクエストを重ねて、やり取りしながらアレンジを少しずつ練って、完成形にまで持っていきました。

ーーそれはアルバムの全体像を見据えた上でのものだったはずです。それぞれ楽曲のコンセプトとして、どのような依頼をしたのでしょう?

浜田:アルバムのバラエティを考えるのは当然なんですが、コンセプトを持って依頼をするというよりも、その方の持つ光る何かをピックアップして、具体性のあるアレンジに色づけしていく作業に近いですね。でもまずは、どれだけ熱意を持って私の仕事に挑んでくださるか。私にとってはそれがとても大事なんです。岸井くんはいつも「魂を削ってます」と言ってくれていますし、中尾くんも同じ思いだと思います。仮に、最初はモチーフからのスタートだったとしても、それぞれの熱意へのお礼として必ず良い曲に仕上げる、という命題を私は自分に課しています。そのためにキツいリクエストをすることもありますが、最終的には頑張ってくれた人の将来にプラスになるような結果を出してお返しをすることが、私のモットーなんですよね。

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