サヘル・ローズ、“心の安定剤”として欠かせないBUCK-TICKへの想い 進化し続ける楽曲を世界中に届けたい理由
2022年にデビュー35周年を迎えたBUCK-TICK。メジャーデビュー以降リリースされたオリジナルアルバムの数は22枚にも上り、パンクやニューウェーブ、歌謡曲などの影響を独自に昇華して構築する美しい世界観や、ロックバンドとして放つ妖艶でソリッドなオーラ、圧巻のライブ演出などによって、多くのリスナーを魅了し続けている。3月には『太陽とイカロス』『無限 LOOP』という2枚のシングルをリリース。さらに4月12日には待望のニューアルバム『異空 -IZORA-』のリリースも控えており、アニバーサリーを経た2023年もその勢いは止まることがなさそうだ。
リアルサウンドでは、そんなBUCK-TICKの魅力を著名人が語る企画を展開中。第3弾は俳優であり、人権活動家のサヘル・ローズが登場。イランで生まれ、日本で育ち、舞台やドラマのみならず、報道番組のコメンテーターなどでも幅広い活躍を見せ、世界中を飛び回っている彼女にとって、心の救いになっているのがBUCK-TICKの音楽なのだという。サヘル・ローズがBUCK-TICKと共振しているのは、一体どのような部分なのだろうか。時に無邪気な少女のように、そして時に目を潤ませながら、BUCK-TICKへの熱い想いをたっぷりと語ってもらった。(編集部)
「月世界」に感じた、心の奥底に着地する安堵
ーーTVなどでのご活躍を見ていると少し意外でしたが、サヘルさんはBUCK-TICKの熱心なファンだそうですね。
サヘル・ローズ(以下、サヘル):みなさんその印象がなかったようです。でも、本当に好きなんです。このお話をいただいた時は、「嬉しい!」って思いました。やっと語らせていただける。
ーーどんなきっかけでBUCK-TICKを好きになったんですか。
サヘル:私自身の生い立ちに少し触れますが、実は私は小さい時に特別養子縁組をしてもらっています。そして養母と共にイランから日本に来ました。母は一人で清掃業や絨毯の織りの仕事などをしながら私を育ててくれました。でも、出張が多く、私が小学5年生ぐらいの頃から、母が家にいないことがほとんどだったんです。そしたら夜、子どもの私には真っ暗な闇から聞こえる、ちょっとした物音などがとても怖く感じていました。映画『ホーム・アローン』のように、枕の下にナイフを隠し、扉の前にはお皿を並べておき、もし誰かが家に侵入してきても、お皿が割れれば、その音で察することができるようにしていました。
そうやって眠れない夜を過ごしていたある晩、TVを観ていたら、BUCK-TICKさんの「月世界」に出会ったんです。深夜アニメ『Night Walker -真夜中の探偵-』(テレビ東京系)のオープニングテーマだった「月世界」が流れ、その瞬間、自分の心の奥底に着地する安堵を感じました。一音一音が私の中のダークサイドを奏でているような音楽だと思って、すごく聴き心地が良くて。不安だった心に浸透していく安定剤。もちろん、今でもよく聴いていますが、毎回、自分の子宮の中に音が入ってくる感覚があるんです。当時は生活が困窮していて、CDを買う余裕がなかったので、TVからカセットテープに録音し、孤独だった中学生時代、学校の行き帰りはエンドレスで聴いていました。
ーーサヘルさんにとって「月世界」は生涯のテーマ曲みたいになってるんですね。
サヘル:はい、そうです。ラジオで何か曲をかけるとなったら、必ず1位に挙げています。どこに行っても「月世界」はかけたい。BUCK-TICKさんのライブに行ったことはないんですが、ライブ映像を観ていても、徐々に演奏される回数が減っていく曲の一つではないでしょうか。本当に伝説なんです。「JUPITER」も素晴らしく、好きな曲として1位に挙げる方も多いと思いますが、私の不動の1位は「月世界」。次に「JUPITER」です。
ーー具体的な曲の魅力はどんなところでしょう?
サヘル:個人的な解釈ですが、この2曲に通じるのは母性ではないでしょうか。罪というものをBUCK-TICKさんは曲の中に散りばめていて、聴いていると自分が背負ってきた罪とか、犯してしまった過ちに気づかされます。そして、母親に対する想い、慈愛など、本当に様々な角度から発見があります。自分をすごく代弁してくださってると、勝手に思っています。
ーー素晴らしい解釈ですね。他にどんな曲がお好きですか?
サヘル:先日リリースされた「太陽とイカロス」も大好きです。他には、「惡の華」「ドレス」「MISS TAKE~僕はミス・テイク~」「エリーゼのために」あたりもすごく好きです。私、櫻井(敦司)さんの中性的になる声がすごく好きなんです……おこがましいんですけど、自分と似ていると思ってしまうところがあります。最初にお話ししたように、私は子どもの頃、闇が怖かったんですが、ふと、人間は誰しも心の中に闇を持っていて、闇という字の中には“音”という文字が入っていると気づいたんですよね。闇の中で奏でられる音がすごく重要だと、そう私に教えてくれた音楽が、まさにBUCK-TICKさんだったんです。“闇への入口”から様々な音楽も聴くようになりましたが、やはり最後に帰るのはBUCK-TICKさんです。
ーー「JUPITER」「ドレス」から直近の「太陽とイカロス」まで、サヘルさんは星野英彦さんの作曲がお好きなようですね。
サヘル:すごく好きです。ヒデさんの曲には消えてしまいそうな匂いがずっとあって、空に手が届きそうで届かないっていうニュアンスを強く出していると思いました。「太陽とイカロス」の中で、ヒデさんの息吹きを感じたんです。
差別を描いた作品と「MISS TAKE~僕はミス・テイク~」のリンク
ーー今井寿さんの曲に対してはいかがですか?
サヘル:今井さんの楽曲は、いい意味で変態的なところが好きです。本当に褒め言葉です。あのぐらい変態じゃないと、あの音楽は生まれてこないですから。いい音楽を奏でる男性の方って、女性のエスコートが上手なのではないでしょうか。進化し続けているBUCK-TICKさんだからこそ、常に新作が「ベスト1」なんです。
ーーライブには行ったことがないけど、ライブ映像はご覧になってるとおっしゃっていましたが、ライブにも興味はあるんですね。
サヘル:はい。以前に映像で拝見したのですが、西川貴教さんと「ドレス」のコラボをされたことがあって。西川さんが「ドレス」を歌っているところに、櫻井さんが入ってきた瞬間の化学反応がすごかったんです(abingdon boys school × 櫻井敦司)。櫻井さんの表現がとっても好きで、特にライブパフォーマンスでも、目はもちろんですが、手の動きがとても印象的。時々、舞台をやらせていただいていますが、BUCK-TICKさんの世界観に宿る音色と空音は、寺山修司さんなどの作品でアートワークを手がけている、宇野亜喜良先生とどこか共通するところがあると思います。
ーーサヘルさん自身が舞台で演じることとBUCK-TICKの表現にも通じるところがありますか。
サヘル:お芝居で役をいただいた時は、その役の心臓音を代弁する曲、その役柄と噛み合う曲を、本番前のスイッチとして聴いています。14年間、変わらないルーティンです。もちろん、BUCK-TICKさんに出会った時は、まだ今のような表現の道に入ってはいませんでしたが、孤独の中で自分と自問自答している時、話し相手になっていてくれたのがBUCK-TICKさんの曲でした。表現活動を始めてからは、今日も明日も、私にとってBUCK-TICKさんの曲が安定剤であり、分身です。
ーー具体的に、曲と役が結びついた例があれば教えてもらえますか。
サヘル:例えば、去年再演させていただいた、(ジャン=ポール・)サルトル原作の主演舞台『恭しき娼婦』は、黒人差別が激しかった時代が舞台で、私はリッジーという売春婦を演じました。引っ越してきた矢先、無実の罪を着せられ、逃げて来た黒人をかくまうことに。しかし、自分を守るのか、正義を貫いて黒人青年をかばうのか。サルトルが普遍的なテーマとして差別を題材としている作品の中で、そのリッジーを生きる時、私は毎日、安定剤として「MISS TAKE~僕はミス・テイク~」を聴いていました。
ーー「月世界」で役作りしたことは?
サヘル:役作りというよりも、むしろ自分が1日1回は必ず聴いているのが「月世界」なので。帰り道、駅から家までずっとエンドレスで聴いています。
ーー「月世界」は言葉からイメージを喚起させられる曲ですよね。
サヘル:中学時代から私も負の感情をよく詩の中に閉じ込めていました。ペルシャ語の詩などもBUCK-TICKさんには合うと思うので、夢物語ではありますが、いつか私の言葉がBUCK-TICKさんの音楽の中で生きて欲しい。BUCK-TICKさんの音楽そのものがいい意味で無国籍で、日本という枠を飛び越えたどこにもとらわれないものになっていると思うんです。櫻井さんの表現や存在感は、山口小夜子さんにも通じると思っています。