緑黄色社会ら輩出した『閃光ライオット』、9年ぶり復活の背景 関係者4名が語る2023年に開催する意義

 10代アーティスト限定の音楽イベント『閃光ライオット』が9年ぶりに開催される。『SCHOOL OF LOCK!』(TOKYO FM/JFN)とソニーミュージックがタッグを組んで行われる本イベントは、これまでもGalileo Galilei、緑黄色社会、ねごと、GLIM SPANKY、片平里菜、ぼくのりりっくのぼうよみ(現たなか)といった数々のアーティストが参加し、10代アーティストの登竜門とも言える存在に。

 今回の『マイナビ 閃光ライオット2023 produced by SCHOOL OF LOCK!』では、1次の音源・書類審査、2次のスタジオ審査、3次のライブ審査を経て選ばれたファイナリストが、8月にZepp DiverCity (TOKYO)のステージに立つことができるという仕組みだ。そして、その日最も良いライブをしたアーティストが優勝となる。

 今回は『SCHOOL OF LOCK!』を制作するTOKYO FMのプロデューサー 大橋竜太氏、『閃光ライオット』初期から運営に携わる清水綾氏、ソニー・ミュージックエンタテインメント SDグループ開発部所属の佐藤大氏、向島明子氏の4名による座談会を実施。『閃光ライオット』復活の背景や、出場アーティストに期待することなどを語ってもらった。(伊藤美咲)

『閃光ライオット』9年ぶりの復活に至るまで

ーーまずはみなさんの自己紹介をお願いいたします。

大橋竜太(以下、大橋):僕はTOKYO FMで『SCHOOL OF LOCK!』のプロデューサーをしています。一時期離れていたんですけど、2015年ごろからまた担当しています。

清水綾(以下、清水):私も元々TOKYO FMにいて、大橋さんと一緒に『SCHOOL OF LOCK!』の立ち上げ時からスタッフをしていました。これまでの『閃光ライオット』の実務もメインで担当していて、独立後は外部プロデューサーという形で番組に携わっています。

大橋:清水さんは『閃光ライオット』をきっかけに独立したんですよね。

清水:そうなんです。『閃光ライオット』に出る10代の子たちの一生懸命な姿を見て、自分の人生を考え直したくなって。「このまま会社員でいいんだっけ? 独立するなら今しかない」と思って、フリーになりました。10代のアーティストたちから受け取るものがあまりにも大きくて、人生が変わっちゃいましたね。

佐藤大(以下、佐藤):僕はソニーミュージックのSDグループ開発部という新人開発をするセクションで、プロデューサーをしています。

向島明子(以下、向島):私も同じくSDグループで開発部と制作部を兼任しています。

佐藤:ソニーミュージックは『閃光ライオット』のオーディション運営を担いつつ、企画内容を『SCHOOL OF LOCK!』のスタッフのみなさんと話し合いながら進めています。

ーーこの夏、『閃光ライオット』が9年ぶりに復活します。まずは、再び開催することになった背景を教えてください。

大橋:もともと『閃光ライオット』は2008年に始まり、2015年から2019年までは、レコチョクさんと組んで『閃光ライオット』の意思を継ぐ『未確認フェスティバル』を開催していました。2020年以降はコロナの影響もあって開催できずにいたのですが、ソニーミュージックの方と「『閃光ライオット』良かったですよね」と話す機会があったんです。その後、僕らとソニーミュージックさん側の「またやりたい」という気持ちが一致し、打ち合わせを経て開催することになりました。

ーー復活の話が出たのはいつ頃でしょう?

佐藤:2022年の年明けに、SDグループ内で新規企画を考えていたときに「10代に向けたオーディションをやりたい」「『閃光ライオット』を復活させたい」という声が出ていたんです。大橋さんとソニーミュージックのスタッフがちょうどそういう話をしていたと聞いていたので、大橋さんにご連絡させていただきました。実際にお話ししたのは2022年の2月か3月ごろだったと思います。

ーーちょうどライブやイベントが復活してきた頃ですね。

大橋:その通りです。コロナが明けたら「そろそろ何かやりたいな」という思いがありました。

ーーティーンからも『閃光ライオット』復活の希望の声が上がっていたんですか?

大橋:最後の『未確認フェスティバル』からも3年経ってしまっていたので、そもそも『閃光ライオット』を知らない子たちも結構いて。10代の3年間は、僕らの7〜8年分くらいのスピード感じゃないですか。だから最近はティーンからの復活を望む声はそこまで見かけなかったですけど、なくなった翌年は多かったですね。

ーー今、改めて『閃光ライオット』を開催する意義について、どのように考えていますか?

大橋:今は、誰もが打ち込みで曲を作れる時代になったじゃないですか。もっといえば、楽器が弾けなくても曲を作れる。でもやっぱり『閃光ライオット』はステージ上で輝ける人に賞をあげるイベントにしたいという話は打ち合わせでも話しましたね。僕は『SCHOOL OF LOCK!』を離れていた時期もあったので、ずっと『閃光ライオット』を見てきた清水にも意見をもらいながらリブランディングを進めています。

ーー『閃光ライオット』復活の告知が出たときにSNSでもかなり盛り上がっていましたが、実際反響はいかがでしたか?

大橋:めちゃくちゃ反響がありましたね。

清水:Twitterでもトレンド入りしてましたし、『閃光ライオット』出場バンドの緑黄色社会の長屋晴子さんをはじめとするたくさんのアーティストの方々が、復活を喜ぶ気持ちを書いてくださったんですよね。10代の子たちが「『閃光ライオット』に出たいから誰かバンド組みませんか」と声かけをしているのも見て、すごく手応えを感じました。

 『閃光ライオット』初年度の準グランプリを獲得した、Brian the Sunの森良太くんからは「今これをやるのはすごくいいと思います、後輩バンドに声かけてみます」と熱いメッセージをもらったり、GLIM SPANKYの松尾レミちゃんは「閃光ライオット出身メンバーで何かイベントやりたい」と言ってくれていました。

ーー過去の『閃光ライオット』では応募者の傾向はいかがでしたか? 時代やトレンドによっても変わると思いますが。

清水:『閃光ライオット』がスタートした2008年からしばらくは、BUMP OF CHICKENに憧れているであろうバンドが多かったですね。あと、YUIさんがブレイクしたときは、あぐらをかいてアコギを弾く女の子が多かったのをすごく覚えています。応募してくれる子たちを通じてそのときの流行りがわかるというか。

大橋:『未確認フェスティバル』として開催した2018年頃からは、打ち込みで曲を作ってくる子が増えました。2018年に出場した諭吉佳作/menは、ステージ上のパフォーマンスはまだ拙い部分があったけど、当時の特別審査員の蔦谷好位置さんが曲を大絶賛していて。「荒削りだけど才能がやばい」ということで審査員特別賞を差し上げました。

関連記事