『グラミー賞』ラップアーティスト選定はなぜ賛否両論? 第65回ノミネートから考える、ヒップホップ評価を取り巻く課題
ラップのカテゴリは毎年物議を醸しているが、今年『Melt My Eyez See Your Future』をリリースしたデンゼル・カリーは、Twitterで今年のラップカテゴリを痛烈に批判している。彼は「ノミネートされたアルバムより良いアルバムは最低でも10個ある。ケンドリックとプシャ・Tはいいけど、それ以外は……考えてみろよ」(※2)とツイートしており、多くのヒップホップファンが賛同している。
『Rolling Stone』誌も「グラミー賞はラップを正しく認識できていない」とコメントし、ジャック・ハーロウとDJキャレドのアルバムは最優秀ラップアルバム賞にノミネートされるべきではなかったという旨の記事を公開している。それではどのアルバムがノミネートされたらヒップホップファンは納得するのだろうか。先述の『Rolling Stone』誌ではヴィンス・ステイプルズの『Ramona Park Broke My Heart』と、アール・スウェットシャツの『Sick!』が挙げられている。
個人的には今年のヒップホップを語る上で欠かせないアルバムを挙げるとしたらJ.I.Dの『The Forever Story』と、フレディ・ギブスの『$oul $old $eparately』だ。『The Forever Story』は、J.コールのレーベル<Dreamville Records>に所属するJ.I.Dにとって4年ぶりのアルバムであり、そのキャリアはソロアルバムをリリースしていない4年間にも大幅に飛躍した。彼が2021年に参加したImagine Dragons x J.I.Dの「Enemy」は、Billboard Hot 100の5位にチャートイン。「Enemy」はゲーム『リーグ・オブ・レジェンド』の世界をベースとしたアニメシリーズ『Arcane』のオープニング曲であり、同作はNetflixでの公開から1週間を待たずして『イカゲーム』が40日間守っていた首位を奪取した。J.I.Dは、巧みな言葉遊びと、フロウにおけるリズムパターンの多様さが非常に高く評価されており、彼を天才ラッパーと呼ぶ声も目立つ。
『$oul $old $eparately』は、長年インディペンデントで活動してきたインディアナ州出身のラッパー フレディ・ギブス初のメジャーリリースであり、特徴的な声と、どんなトラックでも自分のものにできるスキルが伝わってくるアルバム。ギャングスタな内容が多いフレディ・ギブスであるが、今作では自分の人生を顧みる形で、今の地位にたどり着くまでにとったリスクなどについて語られている。彼が2020年にリリースしたアルケミストとのコラボアルバム『Alfredo』は、『第63回グラミー賞』で最優秀ラップアルバム賞にノミネートされ、多くのヒップホップファンがその選定を称賛していた。惜しくもナズの『King’s Disease』に敗れたが、今回は『$oul $old $eparately』が受賞することを期待していた人も多いだろう。マッドリブとリリースした2枚のコラボアルバム『Pinata』『Bandana』も高評価であり、J.I.Dとともに2020年代の“グレイテストラッパー”になり得る。
他には、先述のデンゼル・カリー『Melt My Eyez See Your Future』、スミノ『Luv 4 Rent』、ミーガン・ザ・スタリオン『Traumazine』、リル・ダーク『7220』、ケニー・ビーツ『Louie』などがノミネートに値すると言えるだろう。グラミー賞のラップカテゴリの選定は今までも批判されており、2014年の『第56回グラミー賞』では、白人のマックルモア&ライアン・ルイスの『The Heist』が、文化的にも大きなインパクトを残したケンドリック・ラマーの『good kid m.A.A.d city』を抑えて受賞したことで、ヒップホップ業界はグラミー賞に呆れていた。今回ももし、ジャック・ハーロウの『Come Home The Kids Miss You』が、ケンドリック・ラマーの『Mr. Morale & The Big Steppers』を抑えて受賞した場合、ヒップホップ業界はグラミーを完全に見限るだろう。
(※1)https://www.grammy.com/news/2023-grammy-nominations-complete-winners-nominees-list
(※2、筆者訳)https://twitter.com/denzelcurry/status/1592570571644375041?s=20&t=FchXQMsn0QjlYy0AmwvjpQ