伊東歌詞太郎×芦名みのる、『夜猫』を通じて考える“ペットと人間の関係性” 亡き愛猫への想いを昇華した「ひなたの国」制作秘話
責任感を持ってほしいという思いはある(伊東)
伊東:よかった! 動物が好きな方に響いているとしたら、正解でしたね。猫を飼ったことがない人でも「動物ってかわいいな」と思ってもらえたらなと。もちろん、本当に飼うときは責任も伴うんですけどね。僕、保護犬や保護猫のNPO法人に関わっていて。
芦名:めっちゃ偉いな。
伊東:いえいえ。僕の場合、猫を飼っていいことばっかりだったんですけど、責任感を持ってほしいという思いはあるので。
芦名:病気になれば治療費がかかるし、命とともに歩む覚悟は必要ですよね。犬や猫の場合、自分より先に死ぬことが多いじゃないですか。もちろん悲しさはありますけど、看取れるって、いいことだと思うんです。
伊東:確かにそうですね。僕が後悔していないのは、手の中でみみちゃんが死んでいったからなので。僕が通っていた病院の獣医さんはすごく誠実で、治療費も最初にしっかり金額を提示してくれたんですよ。猫の場合は金額による治療内容の違いはそんなになくて、「ペインケアにどこまお金を使えるか?」ということなんですね。そういう部分も丁寧に教えていただけたのですごく信頼できたし、納得して最後まで治療に向き合えたのもよかったです。
芦名:僕も大変そうな仔の場合は最初に「治療費はいくらまで出せますか」とハッキリ聞きますね。猫の飼い主には「10歳を超えたあたりから貯金しておいてほしい」とも言っています。よく思うんですけど、動物を飼って、家族にした時点で“負け”なんですよ。飼い始めたら、最後まで一緒にいるということだから。ただ、厄介なのは人間のほうなんですけどね。
伊東:わかるような気がします。僕、家庭教師をやっていたことがあるんですけど、猫を飼っている元生徒から「動物は裏切らない。人間の業の方が怖い」と先日言われて、「確かにそうだよね」と思いました。
芦名:人間は社会やしがらみに捉われてるから、余計に業が深くなるんですよね。だからこそペットを見ると癒されるのだと思います。そういえばこの前、獣医師を目指す学生に“人を好きでいること”をテーマに話をしたんです。
伊東:どういうことですか?
芦名:治療を途中で辞めたり、病院に来る頻度が落ちたりすることもあるし、動物の病気の向こうには、飼い主の問題があることが多いんです。若いときに「飼い主を直すことも獣医師の仕事だよ」と言われたことがあるんですが、メッチャいいこと言うなと。
「猫っていいね」と思ってもらえるだけでいい(芦名)
伊東:そういう意味では、キュルZさんはキュルガを本当にしっかり見ていることが漫画を通して伝わってきますよね。五感全部で猫を捉えて、それを見事に絵にしていて、いち飼い主としてとても素敵だなと。芦名:客観的な観察力が抜群だよね。
伊東:そうなんですよね。たとえばキュルガがフータくんに寄っかかる場面もそう。信頼している飼い主に対しては、“全部いきます”という感じで体重を預けてくるんですけど、その感じがめちゃくちゃリアルに描かれていて。あとは猫の柔らかさ。脇を持って持ち上げると体がビヨーンと伸びるし、持ち上げた位置から降りるときは、液体みたいに“ドルン”という感じになるんです。「これをどうやってアニメにするんだろう?」と思ったんですけど、芦名監督が獣医師だと知って、「なるほど」と。そのときに思い浮かんだのは、レオナルド・ダ・ヴィンチなんですよ。ダ・ヴィンチは人体解剖学にも長けていて、骨格、筋肉を熟知したうえで絵を描いたことで、ルネッサンスにつながった。芦名監督がやられていることも、そういうことだと思うんですよ。
芦名:確かにアニメーターと“動き”の話になると、「体の構造を理解してる?」ということを言いますね。それに『夜猫』は音響もすごく重要で。リアルな猫の音にするのか、マンガ的な音を付けるのかは考えました。
伊東:なるほど。キュルガがフータくんの手を舐めるシーンがありますけど、舐めるときのザラっとした音も抜群でした。猫の舌ってちょっと痛いんですけど、その感じがすごく伝わってきて。
芦名:声優陣も素晴らしいですね。キュルガの声優のオーディションのとき、音響監督の郷文裕貴さんに「監督からは『“猫キャラ”は要らない。“ガチ猫”でオーダーが来てます』と伝えて」と言っていたんですよ。オーディションには160人も参加してくれて。仕事とは言え、160人の“ニャーン”を聞いてると、ゲシュタルト崩壊するよ(笑)。
伊東:(笑)。キュルガ役の高垣彩陽さん、すごいですよね。
芦名:そうなんですよ。じつはフータくんの声の日野聡さん、ピーちゃん(フータ君の妹の高校生)の声の種﨑敦美さんも、キュルガ役の最終選考に残っていたんですよ。アフレコのとき、日野さんがめっちゃ悔しがってました。「キュルガやりたかった!」って(笑)。
伊東:気持ちはわかります。『夜猫』の曲を他のアーティストが担当してたら、僕も絶対悔しかったと思うから(笑)。
伊東:猫好きの人の猫愛、ときどき怖いよね(笑)。音響のことで言えば、キュルガの喉がゴロゴロいう音もいろいろ試したんですよ。自分が飼ってる猫の“ゴロゴロ”も録ってみたんだけど、なかなかうまくいかなくて。高垣さんが「私やってもいいですか」と言ってくれて、録ってみたら素晴らしかったんです。音響監督と二人で、録音しながら「超たのしい!」と盛り上がってました(笑)。
伊東:すごい(笑)。そもそも猫って、あまり鳴かないじゃないですか。キュルガが鳴く頻度も適切で、回によってはほとんど声を出さないこともある。
芦名:高垣さんが“ゴロゴロ”言ってるのみっていう(笑)。じつは『夜猫』は声と音だけでも「猫がいる」と分かるように作っていて。音響的にかなりチャレンジしてるんですよ。関わるスタッフが最高のクオリティを出し合って、いい意味で殴り合っているアニメですね。
伊東:もちろんアニメなのでデフォルメされているところもあるし、可愛く描かれているんだけど、動きや音はすごくリアル。そのバランスがいいんですよね。猫を飼っていたことがある人が見れば「わかる〜」って思うだろうし、そうじゃない人も必ず「かわいいな」と感じるというか。奥深いアニメだし、いろんな人に楽しんでもらえると思いますね。
芦名:うれしいです。
伊東:さっきも言いましたけど、もし猫を飼うんだったら責任を持つべきだし、治療のことも考えなくではいけない。でも、このアニメからは、そこまで考えてほしいとは思っていなくて。あくまで「猫ってかわいいな」と思ってもらえたり、動物への愛を感じてもらえるだけでも、すごくいいことだと思うんです。
芦名:好きだなとか、いいなと思えば、その対象に優しくなれますからね。たとえば隣の部屋の猫の声が気にならなくなったり、保護猫に興味を持つかもしれない。伊東さんが言う通り、「猫っていいね」と思ってもらえるだけでいいなと。そして、キーが高くて僕は歌えないけど、最後は「ひなたの国」でアニメの余韻を楽しんでほしいですね。
伊東:最後まで(笑)。今度一緒にカラオケに行きましょう!