「悲しみにさよなら」「勇気100%」……作詞家 松井五郎が明かす、名曲誕生の裏側 時代との向き合い方についても聞く

作詞家 松井五郎の仕事論

「勇気100%」に教えられたこと

ーー「勇気100%」(TVアニメ『忍たま乱太郎』主題歌/1993年~)も時代を超えた名曲。もともとは光GENJIの楽曲ですが、その後、Hey! Say! JUMP、NYC、ジャニーズJr.などがカバーしています。

松井:作った当初は番組が30年も続くとは思ってなかったし、この曲が主題歌として使われ続けることも想像してませんでした。「勇気100%」の歌詞を書いたときは僕もまだ若くて、俯瞰して物事を見る余裕もなくて。仕事量も多かったし、目まぐるしい毎日を送っていたので、いま思えば、この曲の本質みたいなものに気づいてなかったかもしれません。年数を重ねるなかで、この曲がどういう意味を持つのかを教えられた気がします。

ーー“普遍的な歌詞”を狙って作ることも不可能ですからね。時代の流れに耐えうる歌かどうかは、実際に時間が経ってみないとわからないので。

松井:「勇気100%」が歌い継がれているのも、自分の力ではないと思っていますし、運もあったのかなと。いずれにしても、形にしないと何も起こらないんですよ。「この仕事はやってもしょうがない」と値踏みしたり、「やったらどうなるか?」と頭のなかだけで想像してみてもしょうがなくて。もしその作品がヒットしなかったとしても、次につながることもありますからね。実際、「これはやらなくてもよかった」という仕事は一つもないし、まずはやってみる、作ってみることが何より大事なのかなと。“会議でモノは生まれない”が基本ですかね(笑)。

勇気100%

ーー平原綾香さんの「明日」(2004年)も、作り手の想像を超えて広がった曲ですね。

松井:そうですね。もともと僕は(「明日」作曲者の)アンドレ・ギャニオンの音楽が好きで、ファンとして聴いていたんです。ご縁があって彼のエージェントとつながって、「アンドレ・ギャニオンのメロディに歌詞をつけてみませんか?」と言っていただいて。その時点では誰が歌うかも決まってなかったんですが、3つほど歌詞を書いたんですよ。そのまま1年くらい経って、「あの話は立ち消えになったのかな」と思っていたら、平原綾香さんが歌うことになり、無事にリリースされて。さらに数年後、倉本聰さんが脚本を書かれたドラマ『優しい時間』(フジテレビ系/2005年)の主題歌にしていただき、新たに挿入歌(「ありがとう」/平原綾香)の歌詞も書かせていただいたんです。倉本さんの次のドラマ『拝啓、父上様』(フジテレビ系/2007年)の主題歌(「パピエ」/森山良子)の歌詞も担当させてもらい、そこから森山良子さんとのつながりも生まれて。

明日

ーー縁がつながっていった、と。

松井:もともと段取りを決めていたわけではなくて、細い糸がつながったといいますか。それもすべて、モノづくりの熱量がもたらした結果だと思うんですよね。あとから振り返れば「この作品がここにつながったんだな」と道筋が見えますが、同じようにやろうとしても上手くいくわけではないので。

ーー「また君に恋してる」(2007年)も思いもよらないつながりでヒットを記録した曲ですね。もともとはビリーバンバンのシングルとして発売され、その後、坂本冬美さんがカバー。『NHK紅白歌合戦』(第60回、第61回)で歌唱されました。

松井:坂本冬美さんのカバーは2008年から「いいちこ」のCMソングとしてオンエアされたのですが、僕もテレビで見て、初めて知って(笑)。その後、冬美さんのシングルのカップリング曲として収録され、CMの効果もあり、徐々に聴かれるようになって。当時は着メロが流行っていましたが、若い世代の方もダウンロードしてくれたようです。ビリーバンバン、冬美さんが歌ったので大人の恋愛の曲に聞こえますが、歌詞のストーリーとしては二十代の恋愛としても成立する内容ですからね。

坂本冬美 - また君に恋してる

ーー松井さんは光GENJI、V6、KinKi Kids、タッキー&翼、Sexy Zone、A.B.C-Zなどにも歌詞を提供。アイドルグループの作品に関わる際に意識していることはありますか?

松井:メンバーが集まれる時間がなかったり、今日の明日で歌詞が必要なこともあって、スピードを求められることは多いですね。歌詞と曲名が決まれば、ジャケット写真やMVなどにも取り掛かれるし、プロモーションも展開しやすい。歌詞が決まらないとどうしても全体の動きが遅くなるんですよ。あとはライブのことも意識しますね。ほとんどの曲にダンスがつきますし、ショーとして見せることも必要。さらにコール&レスポンスなど観客が参加できる場所を作ることも大事なので。

アーティストをとりまく環境を立体的に見るように

ーーここ数年は、藤澤ノリマサさん(アルバム『La Luce-ラ・ルーチェ-』『Changing Point』)、中村萌子さん(アルバム『Wish upon a star』)、中江有里さん(アルバム『Port de voix』『Impression』)プロデュースを手がけています。

松井:最初から「プロデュースをお願いします」という話ではなかったんですけどね。歌詞を書いていると、メロディやアレンジはもちろん、制作費だったり、アーティストをとりまく環境を立体的に見るようになるんですよ。「コロナが明けたら、ライブで一緒に歌ってほしい」など、近い未来に起こることも想像しているので、それがプロデュースのような形につながっていくこともあるんです。もちろん予算には限りがあるので、映像やリリックビデオを自分で作ることもあります。僕としても技術が高まるし、勉強にもなるので、楽しみながらやっていて。言葉と映像では脳の使い方も違うので、刺激になるんですよ。

La Luce-ラ・ルーチェ-

愛するかたち

ーー歌詞、言葉によってプロジェクト全体に波及するという。

松井:頭のなかで考えているだけでは物事は動かないし、具体的な作品がいちばん説得力があるんです。打合せの段階で8割くらいは歌詞のイメージを固めているし、場合によってはその場で歌詞を書いていくこともあって。

ーー打ち合わせの段階で歌詞ができているんですか?

松井:はい。あらかじめデモ音源を送ってもらって、打ち合わせまでに数日あれば、歌詞を書く時間があるので。そうすれば共通の認識を持てるし、スピード感を持ってプロジェクトを進めていけますからね。スタッフ、クライアント、歌手などもそうですが、関わる人たちの想像を超えていかないと面白いものはできないと思うんです。まずはスタッフのなかで驚きや感激があり、熱量が生まれる。そういう“現場のムーブメント”がモノづくりの基本みたいなところがあるので。

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