中川英二郎が語る、トロンボーン4重奏の楽しみ方 SLIDE MONSTERSが表現する“リスナーと共に作る音楽”

中川英二郎、公演インタビュー

 ジャンルを越境し国内外で活躍するトロンボーン奏者の中川英二郎が、ニューヨーク・フィル首席でトロンボーン界のレジェンドであるジョゼフ・アレッシらと共に結成したトロンボーン4重奏「SLIDE MONSTERS」の日本ツアーが2022年9月に開催される。2018年にセルフタイトルのデビューアルバムを携え行われたツアーが大きな話題となった彼ら。今回のツアーは2020年、2021年に予定されていたものの、コロナ禍で2度にわたる延期・中止を経てようやく実現される。ジャズやクラシック、ファンク、ポップスなど様々なジャンルを融合した唯一無二のアンサンブルを、生で堪能できる絶好の機会を見逃すわけにはいかない。幼少期にトロンボーンの魅力に取り憑かれ、これまで様々なレコーディングに参加してきた中川に、これまでの歩みを振り返ってもらいつつ「トロンボーン4重奏」の楽しみ方についてじっくりと聞いた。(黒田隆憲)

「シング・シング・シング」のイントロを聴いて衝撃を受けた

ーーまずは中川さんが、トロンボーンという楽器に出会った経緯を聞かせてもらえますか?

中川英二郎(以下、中川):家族がみんな音楽をやっていましたから、家には様々な楽器が置いてありました。物心がついた時には、おもちゃで遊ぶような感覚で楽器を触っていましたね。トロンボーンに出会ったのは6歳の頃。トランペット奏者だった父のライブを観に行った時に、ジャズのスタンダードナンバー「シング・シング・シング」のイントロを聴いて衝撃を受けたんです。家になぜかトロンボーンだけ置いてなくて、だからこそ気になったのかもしれない。とにかく「あの楽器がやりたい!」と強く思ってやり始めたのが、トロンボーンとの最初の出会いでしたね。

ーーすぐに吹けるようになりましたか?

中川:僕はいまだに練習は好きじゃないのですが、ステージに立って人前で演奏するのは楽しくて。それを父が見抜いていたのか、子供の頃から演奏をする機会が非常に多かったんです。昔、青山にあったジャズクラブへ遊びに行っては深夜までジャムセッションをしていました。それで上達していったところはありますね。

ーー当時まだ小学生ですよね?

中川:さすがに次の日の授業は大変だったのは覚えています(笑)。ジャズクラブの雰囲気が子供ながらにすごく好きだったんですよ。ピアノを囲みながらお客さんがお酒を飲んでいたり、ハンバーガーやステーキなどがメニューに並ぶアメリカンスタイルだったり。そういう大人びた空間に混じっているのが楽しくて仕方なかった。そういう環境でジャズミュージシャンとしてのキャリアがスタートしました。

ーー「仕事」として演奏するようになったのは?

中川:どこからがプロなのか線引きが難しいところなのですが、演奏してギャラをもらうことがプロなのであれば小学生の頃ですし、デビューを基準として考えるなら高校生の頃に<キングレコード>から作品を出したのが最初ですかね。スタジオミュージシャンとしても、父の友人であるジャズトランペッターの第一人者・数原晋さんの紹介で、中学三年生の頃から活動を始めていました。

ーーずっとジャズを演奏していたのですか?

中川:きっかけはジャズだったのですが、父親から「まずは基礎となるクラシックを学ばなければ」と言われ、10歳くらいの頃から先生に師事してクラシックを勉強していました。練習同様、決して勉強は好きではなかったのですが、高校からは音楽科へ行くようになって。学校ではクラシックを学び、ライブハウスでジャズを演奏し、スタジオではポップスや劇伴のレコーディングをするという生活をしていましたね。

ーー好きで聴いていた音楽は?

中川:最初は父の影響でディキシーランド・ジャズを聴いていました。20世紀初頭にニューオリンズで誕生したジャズのルーツともいえる音楽で、非常にシンプルかつ底抜けに明るいところが好きでした。それと同時に、なぜかオールディーズにハマっていた時期があったんです。リトル・リチャードやビル・ヘイリー、エルヴィス・プレスリーなど、いわゆるロカビリーが大好きになって、車の中でひたすら聴いていましたね。その延長で、ヒューイ・ルイス&ザ・ニュースみたいなアメリカンロックにも夢中になっていました。むしろ、The Beatlesなどは大人になってから聴くようになったんですよね。

ーーへえ!

中川:最初に触った楽器がドラムだったので、まずはリズムに惹かれていたのかもしれない。ジャズやロック、ポップスの楽しさをリズムから見出しているところはあったんじゃないかなと。なので、M.C.ハマーやRUN DMCのようなヒップホップもすぐ好きになったし、90年代半ば頃はThe ProdigyやThe Chemical Brothers、Fatboy Slimなどビッグビートと呼ばれる音楽に夢中になっていた時期もありました。そういう音楽を聴きつつ、ライブハウスでは日野皓正さんと一緒にストレート・アヘッドなジャズを演奏するような日々でしたね。

#中川英二郎 TRAD JAZZ COMPANY 2019-20 TOUR

ーージャンルを問わず様々な音楽を聴いていたことが、演奏にも反映されていると思いますか?

中川:それはかなりあると思います。むしろジャズを「聴く」ことが、10代の頃はあまりなかったんですよ。あくまでもジャズは「演奏する音楽」で。

ーージャズ以外の音楽からの影響を、ジャズというフォーマットに落とし込んでいくというか。

中川:すべての音楽は「リズム」なので、自分の中に確固たるグルーヴが構築されてさえいれば、繊細な音楽を演奏した時であってもそこに「リズム」を感じさせることができる。音楽は「時間芸術」ですから、「時間」すなわちリズムをどう捉えているかがとても重要なんです。もちろん、スタイルやジャンルによってその表現は様々ですが、意識の部分はどんな音楽でも共通だと思いますね。

常にアンサンブルの「中間」を縫うように動いている

ーー興味深いです。「シング・シング・シング」のイントロを聴いてトロンボーンに魅せられたとのことですが、トロンボーンという楽器の魅力はどんなところにありますか?

中川:まず中低音のサウンドに衝撃を受けて、そのあとアンサンブルの中での役割に魅力を感じました。トロンボーンという楽器は、時には主旋律を奏でることもあれば、伴奏に徹することもある。常にアンサンブルの「中間」を縫うように動いているんです。特にディキシーランド・ジャズにおいては、主旋律に対して合いの手を入れたり、ベースラインを弾いたり、アンサンブルの中で「つなぎ」としてとてもしっかりと機能している。そこが個人的にグッとくるポイントだったんですよね。

ーーサッカーでいうところのミッドフィルダー的な役割というか。

中川:そういうポジションが自分的には心地よかったのだと思います。

ーーアンサンブルを俯瞰する能力は、アレンジや作曲にも生かされそうですね。

中川:トロンボーン奏者がアレンジャーになる確率が高いのは、きっとそういうことなのでしょうね。アンサンブル全体を引きで見ながら、自分の役割や他の奏者の役割を考える癖がついているというか。ただ、それって側から見ていると地味な役目なので(笑)、あまり魅力を感じにくい楽器なのかなとも思います。だからこそ、このトロンボーンという楽器の魅力をたくさんの人に伝えたい、共有したいという思いが強くなっているのでしょうね。

ーーとはいえ、演奏している時の派手さやダイナミックさは、他の楽器にない魅力ですよね。決して「地味」ではない。

中川:演奏していて大きさが変わる楽器はトロンボーンくらいですからね。そういう意味で子供たちにはとても人気がある。トロンボーンという楽器の形状で最も特徴的なのは、その伸び縮みする「スライド」部分です。もともとは、ピッチの安定した楽器が作れなかった時代、合唱の人たちのためにサポートをする役割があったんです。

ーーなるほど。スライドを用いれば、ピッチを細かく調整できますね。

中川:いわゆるテールゲート奏法やポルタメント奏法、グリッサンド奏法などは、そうしたスライドの構造を利用した後付けの演奏法なんです。「ラッサス・トロンボーン」(トロンボーンの名手 ヘンリー・フィルモア作曲)という曲は、カウボーイが投げ縄(ラッサス)を投げた時の動きを模したような、ずっとスライドでウネウネさせるのが特徴ですが、こういう曲はトロンボーン以外の楽器で再現するのは不可能です。そうやって、どんどん独自の路線を築いていった楽器なんですよね。

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