Sir Vanity 桑原聖、インディーズで活動する哲学を語る 1stアルバム完成でより明確になったバンドのスタンス

 「自分たちの表現したい旬な音楽や関わりたい作品などを、誰かにやらされるでもなく、自分たちで選んで行動に移せる時点で、それこそが何よりも自惚れた活動」だと語った前回のインタビュー(※1)から約1年。Sir Vanityの“自惚れ”が、いよいよアルバムという形になった。

 2020年4月の結成以来、声優の梅原裕一郎と中島ヨシキ、音楽プロデューサーの桑原聖、クリエイティブディレクター&VJの渡辺大聖と、業界を賑わす錚々たるメンバーが集結しながらも、あくまで“自分たちの趣味”としてインディーズ活動を続けてきた彼ら。そんなバンドの現在地を示すのが、6月17日に発売された1stアルバム『Ray』である。

 同作をきっかけに、「費用対効果が最悪」ながらも「その時間がものすごく愛おしい」と笑顔で語る制作の裏側から、作品プロモーションの難しさといった“インディーズならでは”の気づきややりがいまで、メンバーの桑原が詳しく語ってくれた。取材中には「アイツらの音楽性も変わっちまったな」と言われてみたい、という意外な野望が漏れ出る場面も。2021年夏の取材時に比べて、バンドとしてのスタンスがますます明確になった彼らの音楽について紐解いていきたい。(一条皓太)

Sir Vanity / 1st Album「Ray」クロスフェード

「本当にインディーズならではの経験だなと」

ーー前回の取材が、配信シングル『HERO』を発表した2021年夏のこと。あの当時は、Sir Vanityが1年後にアルバムを発売するまで、活動を活発化させるとは恐れ多くも思ってもいませんでした。

Sir Vanity 桑原聖

桑原聖(以下、桑原):1年前とは比べ物にならないですよね。昨年6月に配信シングル『紫陽花』を発表してからはかなり精力的な活動ができましたし、もう2年分くらい動いた気がします(笑)。とはいえ、アルバム発売を具体的にいつ決めたのかは覚えていないんですよ。

ーー前回の取材時での進捗状況は?

桑原:「いつかアルバムを出せたらいいね」と話していたくらいですね。明確なリリース時期なんてまったく。そこから「紫陽花」「goldfish」「finder」と、いわゆる“失恋三部作”を制作していく最中、舞台『東京リベンジャーズ ―血のハロウィン編―』主題歌タイアップのお誘いをいただいたあたりで、「この制作ペースを維持できるなら」と、ようやくアルバムという形が見えてきた気がしたんです。せっかくなら活動2周年のタイミングも目指したいなと、昨年末あたりに相談していたのかな。

ーーそんな記念すべき1stアルバム『Ray』は、本取材時点で発売からまだ数日足らず。現状の反響はいかがでしょう。

桑原:正直なところ、まだ色々と実感がわかず(笑)。ありがたいことに、オリコンランキングにチャートイン(※2)するなど健闘こそしているものの、宣伝展開に改善の余地ありですね。僕らのことをもともと知っている方にはリーチできたのかなと思いつつ、純粋な音楽ファン、アニメや声優さんが好きな方々にもっと作品が認知されてほしいのが本音です。

ーー自主制作だからこその難点があると。

桑原:僕らはアルバム制作、ライブ会場やグッズの準備だけで完全に頭がいっぱいで……。今回のようにメディア向けの取材を組んでもらおうとか、本当に何もしなかったんですよね(笑)。大手レコード会社であれば実現できるところなので、インディーズならではの経験だなと。でも、それがとても新鮮な感覚でしたし楽しくもあって。何より、作品自体には「やりきった」と感じているので、その点については満足をしています。

ーーさて、今作はなぜタイトルを『Ray』に?

桑原:Sir Vanityというバンドは、とにかくカッコよく、自惚れられる活動をしたいと願っていて。そんな僕たちの活動に青白い光の筋が見えてきて、その光を「次にどんな色にしていこう?」という期待感までを、今回のアルバム、そして表題曲「Ray」を通して描こうと決めたんです。たしかそれ以外にタイトルの候補も出なかったかな。

ーーバンドの生配信企画「生鯖レディオ」によると、それこそ一瞬でタイトルが決まったとか。

桑原:そうなんです。そもそも、メンバー全員で話し合う場所もLINEのグループチャットや「生鯖レディオ」など限られていて。『Ray』というタイトルも、締め切り当日にあった「生鯖レディオ」の前後30分〜1時間くらいの準備時間で決まったものですね。

ーー桑原さんが手掛けた、表題曲のトラックについても教えてください。

桑原:メンバーと相談の上、アップテンポすぎないアップテンポで、前向きなイメージを抱ける表題曲にしようと考えていました。でも、全然明るくならなかった(笑)。いいんです、僕のなかでは暗すぎなくて好きなので。

ーー(笑)。

桑原:それと、今回のアルバムでは使用する楽器にも制限を設けていて。それこそ、アニソンなどの普段の曲作りではストリングスやブラスを多用するのですが、勝手なイメージながら、インディーズバンドとなるとそんなに壮大さを引き出す楽器は鳴らないなと思い、あくまでバンド主体の構成を意識しましたね。ストリングスを使ったのは「will」だけ。あとは生音を録りそうな場面でも、シンセサイザーで代用するなどしています。

ーー桑原さんの考えるインディーズバンドらしさの哲学があると。

桑原:インディーズバンドでよく、ファンの応援があってメジャーデビューした後に「アイツらの音楽性も変わっちまったな」なんて揶揄されることがあるじゃないですか。万が一、Sir Vanityがメジャーデビューなんてこともあれば、ぜひ言われてみたいです。

ーーまさかの言われてみたい側なのですね(笑)。

桑原:言われたい(笑)! インディーズバンドはそこまであってワンセットだなと。ただ、今のところはサウンドも派手にしすぎず、あくまで自分たちが向き合える範囲での楽器選びをしています。そう言っておきながら、このままのバンドスタイルを永遠に貫くかもしれないですが(笑)。

ーープロの音楽作家である桑原さんが本気を出せば、どんな楽曲でも制作できるでしょうから。

桑原:(笑)。だからこそ、逆にこうしたシンプルなバンド活動というものがすごく新鮮で。僕もバンドをルーツにしていながら、基本的にはアニソンを作ることがほとんどなので、Sir Vanityの活動を通して「バンドってこんな感じだった!」という懐かしさを思い出しています。

ーー“新鮮さ”という話でいえば、梅原裕一郎さんが歌う「rain」、中島ヨシキさんの「酔狂」など、ソロ曲が用意されていることも驚きでした。

桑原:ボーカル2人がずっと歌っていると、同時にギターで弾けるフレーズが限られてしまうんですよ。それよりも、お互いがボーカルとギターのどちらかだけに専念できる楽曲がほしいなという声も出てきたし、その方がステージ映えもすると思ったんです。僕がかつて好きだったバンドも、複数ボーカルであればそうしていたイメージもあるので。

ーーたしかに。私自身も「rain」「goldfish」について「ギターが今っぽくてカッコいい」と取材前にメモしていました。

桑原:ありがとうございます。「rain」「酔狂」の2曲は、ボーカルのレンジも行ったり来たりするような、上下広めの高い難易度にしています。歌いながらではギターを弾けないと思って、もう潔くボーカルに専念してもらおうと。今までは何となくでもボーカルとギターを両立できるフレーズが多かったので、そうしたある種の制約を取り払えた点で、僕としても作っていて楽しかったですね。

ーーなかでも「rain」には、梅原さんが考える等身大の男臭さが表現されています。

桑原:歌詞が秀逸ですよね。実はこの楽曲、デジタルチックなK-POPをリファレンスにしているのですが、完成版は全然違う仕上がりになりました。K-POPベースとは思えないですよね?

ーー想像もつかないです。

桑原:僕はもともと、同じ楽曲を繰り返し聴かないようにしているんです。最初に聴いて、コードや展開を確認するくらいなので、今回も案の定まったく違う楽曲に仕上がりましたね。やはり、繰り返し聴いていると意図せずとも真似たメロディが出てきてしまいますから。

ーーなるほど。「酔狂」の制作エピソードは?

桑原:当初は、8分の7、8分の6といった、変拍子のなかでも入り組んだ変拍子が入り乱れる楽曲を作りたかったんです。ただ、それだとメンバーが弾き慣れていないなと。そこで、純粋に4分の4のリズムだけど演奏が難しい楽曲として「酔狂」が出来上がりました。

ーーどのあたりが難しいのですか?

桑原:オシャレに聴こえるコードって、弾くのが難しいんですよ。これまでもテンションコードなどは使用してきましたが、「Ray」や「will」などでは可能な限りストレートなコードを選んでいて。一方で「酔狂」には、自分が持つありったけのインテリジェンスを詰め込みましたね。もう趣味全開の一曲です。メンバーには怒られましたけど(笑)。

ーー「こんなの弾けない」と(笑)。

桑原:ポジティブに考えるならば「酔狂」のボーカルとギターを両立させられたら、何でもこなせるアーティストになれるので。むしろ、そこまで努力を重ねることが上達の近道ですからね。もしその域まで達することができたら……そうですね、凛として時雨さんみたいなものすごいバンドになれると思います(笑)。

ーー個人的には、前回の取材時に飛び出た「紫陽花」制作秘話の「梅原くんにディレイを弾かせたい」発言が大好きでして。今作にも機材先行で生まれた楽曲を収録していたり?

桑原:今回は残念ながら。むしろ「Ray」では2サビ後のセクションでギターとベースを無音にするなど、逆に楽器を弾かないパートを設けてみました。その部分にはコーラスが入っているので、全員で歌ったらQUEENみたいでカッコよさそうなんて考えています。

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