Dios、3人の調和が生む不思議で濃密な音楽世界 1stフルアルバム『CASTLE』完成について聞く

Dios、3人の調和が生む音楽世界

 たなか(前職・ぼくのりりっくのぼうよみ)、Ichika Nito、そしてササノマリイによるバンド・Diosが、活動の開始から約1年、1stフルアルバム『CASTLE』を完成させた。聴けば聴くほどに深淵な迷宮に誘われるような、濃密なアルバムである。Ichikaによる、聴き手の頭に情景を流れ込ませるような饒舌なギター、ササノの、ときに繊細でときに大胆なサウンドメイク、そして、たなかの虚実をまたぐような言葉と、それを伝える滑らかなフロウ――と、こうして3人の役割を書き分けてしまうのを野暮に感じるくらい不可思議な、しかし、甘やかでポップな楽曲たちが並んでいる。リアルな生活感情や人生観と、幻想的なビジョンがときに融和し、ときに魅惑的な反発を生み出しながら紡がれる、音楽世界。私は果たして、この音楽を見つめているのか、それとも、見つめられているのか――あまりにも独特な「聴後感」とでも言おうか、そういうものを覚える1作である。

 Diosの3人に、このアルバム『Castle』について、そしてバンド活動における手応えについて、話を聞いた。(天野史彬)

3本の線がようやく1本の太い線になってきた

――Diosは3人の個々の活動があったうえで始まったバンドですが、今それぞれにとってDiosというアウトプットを得たことにどんな意味を感じていますか?

たなか:そもそも、僕はひとりでアレンジができないので、音楽を作るとなると誰かの手を借りなきゃいけないんです。そういう点では、ぼくりりの頃とDiosではフロー上の違いはないんですけど、意味合いは全然違うんですよね。今は3人で「Dios」という作品を作っているような感覚があって、それはやりやすいし、楽しいことです。

ササノ:僕としては、個人での活動の中で自分の限界を感じることもあったんですけど、ふたりとDiosをはじめてみて、自分だけじゃできないことや見えないことが見えたり、新しい出会いや経験をさせてもらうことが増えて。それは、僕自身の音楽を作るモチベーションや技術に繋がっている感じがしています。

Ichika:僕は信頼できる仲間ふたりと一緒に、お互いの実力も、世間からの評価も含めて成長できているっていう、そのサクセスストーリーを体感できているのが嬉しいです。このバンドを始める当初は、まさかこういう気持ちになるとは思っていなかったんです。国内でバンドをやって、音楽シーンに自分たちの才能を轟かせたいという気持ちで始めたんですけど、それがもっと深い意味を持ち始めたというか、いろんな感情が積み重なった、貴重な体験ができていますね。

――Ichikaさんがおっしゃった仲間とサクセスストーリーを共有している感覚って、たなかさんはいかがですか?

たなか

たなか:現在進行で感じていますね。特にライブに関しては、毎回成長を実感するようになっていて。僕たち3人とも、バンド形式でのライブをあまり経験してきていないんですよ。なので1回1回が手探りだし、裏側は本当にお見せできない(笑)。

ササノ:そうだね(笑)。

たなか:でも、それを構築していくのがすごく楽しくて。

――ご自分たちとしては、観客との間にどんな空間が生まれていると思いますか?

Ichika Nito

Ichika:ライブに関していうと、今はまだお客さんと僕らの接続を深めていくというより、僕ら3人の接続を深めている段階で。3人とも、個人としてそこまでライブをやってきたアーティストではないけど、そんな3人がバンドという形をとっている。しかも少数精鋭なので、一人ひとりが担う責任が大きくて。バンドだから、お互いがそれぞれ頑張ればいいわけじゃなくて、3人の噛み合いや空気感を読み合うことがすごく大事になってくるけど、最初はそれが全然できていなかったんですよ。

たなか:1+1+1っていう感じだったよね。でも、最近やっとライブが楽しくなってきた。

Ichika:そう、今ようやくできるようになってきた。3本の線がようやく1本の太い線になってきた感じがしていて。これがもう少し太い幹になってきたら、お客さんたちとの接続を考えられるようになるのかなって思います。

たなか:あと、やっぱりライブは目の前にお客さんの表情が存在するわけじゃないですか。そこに感慨もありますね。ライブの回数を重ねるにつれて、緊張を伴った、次元が高いの「楽しい」を感じられることは増えてきているので、その質をもっと高めていきたいです。

「Castle」という言葉にどういうイメージを付与していくか

――フルアルバム『CASTLE』は、歌詞の中に通底するテーマが見られたりもして、非常にコンセプチュアルに作られた作品に感じたのですが、事前に考えられていたアルバムのテーマなどはありましたか?

Ichika:たなかがパワポで資料作ってきたりしたよね?

たなか:そうね(笑)。僕がビジュアルイメージとかの資料をざっくり作ってみんなに投げました。そもそも、「Castle」っていう単語をたまたま目にする機会があって、「これ、いいな」と思ったんですよ。Dios全体の雰囲気と合っていたというか、このモチーフを膨らませていけばいいアルバムができそうだなと思って。一般論になりますけど、そもそもメタファーって、単語から引き出されるもののような気がしていて。「どういうアルバムを作るか」ということよりも、「Castle」という言葉にどういうイメージを付与していくかということのほうが大事な気がしたんですよね。なので、「Castle」という単語を持ってきた段階では、正直なところ、具体的にどうしていくかはそこまで意識していなくて。「Castle」という単語をみんなでこねくり回していくうちに、いろんな情景が沸いて出てきて、そのときに僕たちの中でも「Castle」という言葉の意味合いは変わっていくだろうと。そして、アルバムをお客さんに聴いていただいたときに、そこにはまた別の「Castle」ができていくだろうというイメージがありました。

――意味が先にあるというより、言葉に意味を付与していくように作っていった。そもそも、たなかさんが「Castle」という言葉に惹かれたのは、感覚的なものだったんですか?

たなか:本当にたまたま遭遇したんです。近所のマンションの名前だったんですけど。

Ichika:すごい名前だな(笑)。

たなか:すごいよね(笑)。実際はボロいアパートみたいな感じなんだけど、祈りを込めてその名前を付けたんでしょうね。アルバムを作ってみて僕なりに思ったのは、「Castle」っていうのは、僕たちが遠くへ羽ばたいていくための拠点としての「城」なのかなって。このアルバムは、Diosの原点となる景色のようなものを閉じ込めた「城」になったのかなと思います。『スーパーマリオ64』っていうゲームがあるんですけど、お城の中にいろんな絵画が飾ってあるんです。その絵画の中に飛び込むと、別の世界に行けて、そこを冒険できる、不朽の名作で。僕にとっての「Castle」は、あのイメージに近いです。「城」の中にあるいろんな曲にアクセスすると、森の中とか、真っ暗な部屋とか、いろんな世界に繋がっている。

――曲作りやサウンド面はIchikaさんとササノさんが担う部分が大きいと思うのですが、おふたりは「Castle」という言葉をどのように咀嚼していったんですか?

Ichika:僕自身は、あまり「城」というテーマは意識せずに曲を作っていきましたね。ただ、僕もファンタジーが好きだったりするので、西洋ファンタジーのような雰囲気を出すための情景づくりに時間を費やした感じかな。

ササノマリイ

ササノ:僕もできる限りテーマについては考えなかったです。「Virtual Castle」が顕著だと思うんですけど、音として「Castle」感というのはほとんどないと思うんですよ。僕があまり言葉やテーマにこだわりすぎてしまうと、良くも悪くも察しよく動いてしまって、そうするとあまり面白味のないものになってしまうかもしれないので。

たなか:結果として、今回のアルバムは音のテクスチャーと文字のテクスチャーが実は異なっているんですよね。色合いは統一されているけど、質感は違う。例えば、Ichikaのギターは情報量が多くて、ワンフレーズで聴いている人を森の中に飛ばせるんですよ。そういう音楽による空間作り自体はササノとIchikaのふたりに任せて、僕はどちらかというと心情描写を担当する。特に今回は内省的な方向に行っていると思うんですけど、そこから生まれる揺らぎがあるんじゃないかと思うんですよね。

Ichika:その音と言葉の違いが妙な気持ち悪さになっているし、聴いたときに「おっ」と思ってもらえる部分なんじゃないかと思う。

たなか:3人ともそれぞれルーツは違うのに、調和している。それが、Diosの音楽の不思議さに繋がっているのかもしれないね。

ササノ:確かに、3ピースという形ではあるけど、誰かがフロントに立って指揮をとっているわけではなくて、本当にいろんな地点から混ざり合っているから。僕は今回のアルバム制作を通して、音に対して自分の中にある偏りをものすごく明確に自覚できたなと思っていて。自分が聴いている音と人が聴いている音って、一見同じ音を聴いていても全然違う。色ですらそうなんですよね。人によって捉え方が全然違う。そういう部分で、視野を広げるきっかけになったと思います。

Dios - Virtual Castle (Official Music Video)

体積を求める積分は人間の愛や営みに似ている

――歌詞に関しては、どのように書かれていったんですか?

たなか:歌詞については、コンセプチュアルではあるけど、ストーリーまではないっていう感じでした。その感覚が心地よかったんですよね。そのタイミングで書きたいことを書いていくような感じで。

――ぼくりりの頃と比べて、歌詞の生まれ方に変化はあると思いますか?

たなか:いや、生まれてくる流れは変わっていないんですけど、単純に「書く人が変わった」っていう感覚ですね。僕が書いているのは変わらないけど、僕の感じ方の違い、価値観の違いが出ているのかなって。最も変わった部分で言うと、ぼくりりの頃って、「文学的ですごい!」みたいな打ち出し方をされていたんですよ。難しい語彙を使っていることを「文学的」と言われる程度の解像度の話なので仕方がないんですけど、今思えば当時の僕は全然「文学的」ではないんですよ。むしろ、文学的なものにある「情緒」のようなものに対する憎しみすらあったというか(苦笑)。つまり、なんというか……「詩の力ってくだらない」みたいなことを言いたかった。否定したがっていたんですよね。

――なるほど。

たなか:でも、今は素直に言葉で世界を描写することを愛せているし、世界そのものを純粋に愛せているなと思うんです。そういう意味で、文学への接近みたいなものが今回はあると思う。

――ぼくりりの頃よりも、今のほうが文学へ近づいているというのは、なるほどなと思います。アルバムを聴く限り、今のたなかさんが世界を言葉によって描写しようとしたときに、先ほど「内省的」とおっしゃいましたけど、どこかほの暗さを感じさせる言葉の並びが多いような気がするんです。

たなか:そうなんですよね。これはよく言うんですけど、僕、花火より入れ歯とかの方が好きなんですよ。

――花火より入れ歯(笑)、なるほど。

たなか:花火って、美しいじゃないですか。美しいものを作るためにずっと受け継がれてきた文化だし、美しいものを作るためにみんなが頑張ったんだから、美しいに決まっている。それは素晴らしいことだと思うんですけど、僕は例えば、深夜の台所にポツンと入れ歯が置かれていて、そこに光が当たっている、みたいな光景のほうが好きなんです(笑)。営みの中で自然発生的に生まれる謎の趣みたいなもののほうが、そそられる。そういう部分が歌詞には出ているんでしょうね。でも、一応、頑張って花火を作ろうとしている曲もあるんですよ。

Ichika:「劇場」とかね。

たなか:そう。あと「逃避行」とか。

Ichika:「Bloom」もそう?

たなか:割とそうかも。そうやって、曲によって入れ歯度合いと花火度合いが違うっていう感じです(笑)。

Dios - 劇場 (Dios - Theater / Official Music Video)
Dios - 逃避行 (Dios - "Runaway" Official Music Video)
Dios - Bloom (Official Audio Video)

――たなかさんの入れ歯に美を見出す感性を、Ichikaさんとササノさんはどのように受け止めていますか?

Ichika:たなかと僕は感じ方が近いぶん、そこまで特別に意識することもないんです。これはふたりに話したこともあるんですけど、僕は偶然による産物が大好きで。自分の力でどうこうなるものって、そこで出る結果も当たり前だし、面白くないなと思ってしまう。でも、さっきの入れ歯の話って、予期せぬ場所に置かれているものがあって、そこに陽が当たるという自然現象によって、美しく見える瞬間が偶然あったということですよね。その偶然の掛け合わせで生まれる一瞬には、僕もすごく惹かれる。音楽をやっているのも、そういう瞬間を求めている部分もあるので。

――ササノさんはどうですか?

ササノ:そうですね……僕は僕で、人と話したり人に評価してもらうときに、自分が「いい」と思うものは何かしらズレているらしい、ということに段々気づいてきて。

たなか:え、気づくの遅くないか……?

Ichika:30年かかってる(笑)。

――(笑)。ササノさんとたなかさんの共振具合というと、どうなんですか?

たなか:違うところはたまに見受けられますね。

Ichika:恋愛観とかね(笑)。

たなか:そうそう(笑)。同じことを言っていると思うんだけど、ササノが積分に詳しくないだけだと思う。

――すみません、積分というのは?

たなか:「断面」という曲に〈積分しようよ〉という歌詞があるんです。ここは、世界を認識する方法を考えたときに、人間が世界全体を長い時間を通してまるっと認識する術は存在しない、ということ言いたくて。人間のシステム上、「今」しか知覚できないじゃないですか。過去は想起するしかないし、未来は想像するしかないし。それでも、「未来も含めて愛していきたいよね」と思ったときに、これって体積を出す積分に近いなと思ったんです。積分って要は、図形があって、式を使って、なんやかんやあって、体積が出てくるっていう話じゃないですか。その「なんやかんや」の部分の知覚不可能さ。見ることは叶わないけど、結果だけが存在しているというところが、人間の愛や営みに似ているような気がしたんです。長く添い遂げた老夫婦が、過去を振り返ったときに、その数十年の時間を正確に描写することってできないじゃないですか。でも、愛として蓄積してきたものは、なんとなく残っているし、「これは確かにあるものなんだ」と実感できる。その実感と過程にあるブラックボックスが、体積を求める積分という行為に似ているような気がしたんです。

Dios - 断面 (Dios - Integral / Official Audio Video)

――なるほど……面白いです。この話が、ササノさん的にはピンとこなかった?

たなか:積分の話が上手く伝わってなかったんですよ(笑)。この話をしたときに、ササノに「いや、愛は計算できないものだと思う!」って反論されたんですけど、要は僕もそういうことを言いたかった。積分は、一瞬一瞬を足し合わせて、体積を求めるっていう話だから。人間も日々を積分することによって、そこにある愛に至れるよねという話。

ササノ:うん……すごくいい歌詞だと思う。

Ichika:今のたなかの話って、考え方が『魂の駆動体』(神林長平)の冒頭に書いてあったことに似ているよね。あそこに書いてあった時間と未来と過去の概念に似てる。時間をミクロに見ていくっていう。

たなか:そうそう!

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