the band apart 木暮栄一「HIPHOP Memories to Go」第12回 3rdアルバム制作時に見た“アンダーグラウンドvsメジャー”の対立

バンアパ木暮、3rdアルバム制作を振り返る

思わぬところから浮かんできた“両国国技館でのライブ”というアイデア

 日本のインディーズシーンに話を戻せば、Hi-STANDARDはその人間らしい紆余曲折を含め、大いなる前例として後進の行く道を作ってくれた。そしてその背中を見て、若者らしい肌感覚でそこに追随していったバンドがたくさんいた。かくいう我々も然りである。

 Hi-STANDARDが活動方針のヒントにしていたであろうUSパンクシーンのインディペンデントな活動が内包していた思想や哲学……遡れば80年代のハードコアパンクまで行き着くそんな歴史などこの時期は全く知らず、「Hi-STANDARDのやり方はアメリカじゃ当たり前らしい(そんなことないんだけど)、これがクールなバンドのあり方なんだ」といった無邪気な気分でインディーズでの活動を選んでいた。

 そんな僕たちと違って、20代でレーベルを立ち上げ、複数のスタッフも抱えるようになったKは、会社経営者らしい利益感覚と実際的な視点を伴わせながら、最近の言葉を借りれば「いかにしてバズらせるか」ということを日々考えていたのだと思う。

 そんな彼が考えたプロモーションアイデアのうちのひとつが両国国技館でのライブである。

 今では割とポピュラーなライブ会場になってきたイメージもあるが、2006年当時は「え、国技館って音楽のライブできるの?」という認識の会場であり、その目の付け所と話題性の作り方はさすがだったとしか言いようがない。

 Kがドヤ顔でそれを告げてきたミーティングでは、原昌和(Ba)が「だせえ」とそのアイデアを一刀両断し企画自体が流れかけたが、Kの粘り強い説得の甲斐もあって、3rdアルバムのツアーファイナルは両国国技館、ということになった。あとは無事3rdアルバムを完成させ、リリースするのみである。

 このミーティングがあった時点でレコーディングはもちろん終わっていなかった。重複するが「曲がないのにレコーディングに突入」しているのは前作録音時と何も変わっていないし(今もだけど……)、順調とは程遠い進行状況も同じ、もしくは微妙に悪化している。

 しかし、大きく変わった点もある。各メンバーがそれぞれ作った曲が収録された初めてのアルバム、それが『alfred and cavity』だ。

木暮栄一による『alfred and cavity』全曲解説

「72」

 ヒップホップのアルバムには「intro」とか「skit」と題されたショートトラック、あるいは寸劇のようなものが、次曲の導入としての役割を担いながらアルバム全体の潤滑油として配置・収録されていることがある。そんなイメージで特に何の打ち合わせもなく一発録音したのがこの曲。遊びに来ていた当時のローディ 鈴木健の奇声がうっすらとオーバーダビングされている。

「Still awake」

 アルバム収録予定のデモを聴いていたKが「もうちょっとノリのいいやつもあったら良いな〜」と言い、それを聞いていた荒井岳史(Vo/Gt)がこの曲の原型を作った。当初はシンプルなギターロックだったが、この頃の制作スタイルには取捨選択の「捨」がほぼなかったので、よく聴くと各パートがそれぞれ忙しいことになっている。カオティックなアウトロは原のアイデアだったと思う。

「SOMETIMES」

 イントロのギターリフがキャッチーで個人的に好きな曲。目まぐるしい展開、1曲の中に複数曲になり得るアイデアが詰め込まれているのが、当時の原の嗜好だったのだろう。サビで盛り上げるアレンジが日本の歌謡曲の典型だが、それに迎合しないサビでの落ち着き方も彼らしい。デモの時から素敵な曲だと思っていたので、その雰囲気に即した歌詞を書くのに苦労した。歌詞といえば、このアルバムから英詞の監修と発音指導で長年の友人でもあるジョージ・ボッドマンが参加してくれている。

「the same old song」

 このアルバムまでの英詞は基本的に僕が書いていたが、この曲では作曲者でもある荒井のイメージをジョージが英訳してメロディに当てはめていくという方式で作った記憶がある。日本育ちながら英国人の父を持つ彼の英語はネイティブ同様だったので、メロディに対する言葉の当て方など、僕自身も非常に勉強させてもらった。作曲者以外は全体像をあまり理解していない状態で各パートをアレンジするという荒業から生まれた曲なので、本来の曲調に対し、今となっては為し得ないバランスで成立していると思います。

「headlight is destroyed」

 川崎亘一(Gt)が全体を作り、そこに僕のアイデアが若干入り込んでいる。ギタリストらしいフレーズが各所に散りばめられている。同じリズムがほとんど出てこない展開はやはり目まぐるしいが、不思議とあっさり聴ける。忙しいバックトラックに乗るメロディの主張が他の曲に比べて薄いのがその一因かもしれない。アウトロは今聴いても良い雰囲気だと思う。そう言えば、この部分をセルフサンプリングして作った曲をMySpaceにアップしたこともあったっけ。

「Circle and Lines」

 FRONTIER BACKYARDのTGMX氏が手放しで褒めてくれた曲。たしか「原XTC」という仮タイトルが付いていたくらいだから、原自身もXTCのクリーンなアレンジを参照していたのだろう。他の曲の忙しさに比べると、アルバム収録曲中でも飛び抜けた整合感がある。歌詞は「the same old song」と同じく、原のイメージをジョージが膨らませて英訳している。派手ではないけど、時代に左右されない要素を多分に含んだ佳曲になっているところが原さん印。

「led」

 アルバム制作前のシングルから収録された曲なので、いろいろな面で音に余裕がある。来日していたMock Orangeの面々に、良い歌詞だね、と言われて嬉しかったのももう15年前の話。

「Stanley」

 ここまで書いてきたように、このアルバムには忙しいアレンジの楽曲が多かったので、その中での箸休めになるようなイメージで作った曲。音に関してもなるべくローファイな、誰かが忘れていったデモテープのような質感にしたかったので、二十畳の駄々広いスタジオの隅っこにわざわざドラムをセッティングしてマイク3本だけで録音した。自分の作った曲はなかなか冷静に聴けないことは前回も書いたが、この曲はシンプルでなかなか良いなと思います。

「stereo」

 カナダに住んでいた1994年の12月に、近隣各校の音楽クラスによる合同クリスマス演奏会が、家から少し離れたコミュニティセンターであった(僕の担当はシンバル)。会自体はつつがなく終わり、迎えに来た両親や自分の車で帰っていく同級生たちを横目に、僕は20分ほどの距離を歩いて帰った。なぜ徒歩で帰ったのかは忘れてしまったが、その帰り道に見たクリスマスの電飾に彩られた夜の住宅街、異国情緒、思春期の感傷……そういったものがごちゃ混ぜとなって合わさり、鮮やかなひとつのイメージとして記憶に焼き付いている。その感触を10年後に音楽で再現しようと頑張ったのがこの曲。頑張ってるなー。

「beautiful vanity」

 当初のアルバム制作期間に間に合わず一曲だけ後から追加する形で録音した曲で、その猶予期間に全員じっくり楽曲と向き合えたからか、アレンジや演奏から「led」と似た音の余裕を感じる。このアルバムの中でもトップクラスの頻度でライブ演奏する機会が多いので、他の曲のような客観的な感想が書きづらい。あえて言えば、バンドの一側面を上手く象徴しているような……そういった構造的強度があるのかも? と感じた次第であります。

「Can’t remember」

 90年代のヒップホップアルバムに1曲は収録されていた“バック・イン・ザ・デイズもの”、我々の初期で言えば「k.and his bike」であり、この曲であるだろう。40歳を超えた今よりも20代の頃の方が、そういった昔を懐かしんで感傷に浸る頻度が高かった気がするのはなぜだろう。「k.and his bike」の歌詞がほとんど僕の個人的体験から得たイメージ描写であるのに対し、この曲には僕たちが原のマンションの一室に吹き溜まっていた頃の場面ごとのキーワードが羅列されている。サビの歌詞はジョージが考えたんじゃなかったかな。

「KATANA」

 荒井とセッションしながら原型を作った曲。そこに原と川崎が思い思いのフレーズを足して行った結果、なぜか微妙に時代劇感がある仕上がりになったので、悪ノリ(「このフレーズ、ダサくないすか?」「ダサい。採用」みたいな感じ)でアレンジを進めていった。途中のコーラスにかかるエフェクトや歌詞の内容も含め、エンジニアの速水直樹氏やジョージも巻き込みながら今作中で最も楽しんで作った記憶がある。そんな“ふざけ”の集大成であるアウトロは、先ほど久しぶりに聴いてもやっぱり笑ってしまった。そういう意味では「beautiful vanity」とはまた違ったベクトルでバンドの一側面が集約されている曲と言えるだろう。バンドの20周年記念に行った楽曲人気投票では、謎に第一位を獲得。

 ようやくここまで書いた現在、外はすっかり初夏の陽気である。レコ発ツアーも始まったが、信じられないことにアルバムの録音はまだ終わっていない。何度も締め切りをすっ飛ばして、SくんとReal Soundにはご迷惑をおかけしました。そんなお詫びと共に、今回は筆をおきたいと思います。

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