キャンティ、YMO、シティポップ……すべてはつなががっている 村井邦彦×川添象郎×吉田俊宏 鼎談【後篇】

村井邦彦×川添象郎×吉田俊宏 鼎談【後篇】

その時代の風をいかにしっかり表すか

『「モンパルナス1934」KUNI MURAI』イメージ

吉田:村井さんの作曲活動55周年記念コンサート(2022年7月3日、池袋・東京芸術劇場)はどんな内容になるのでしょうか。

村井:コンセプトは2つあるんです。まず、いわゆる懐メロはやりたくない。

吉田:村井さんはたくさんヒット曲を書かれていますが、今回はやらないわけですね。

村井:もちろん「翼をください」とか、札幌オリンピックのテーマソングになった「虹と雪のバラード」のような僕のシグネチャーソング(名刺代わりになる代表曲)はやりますが、それ以外は過去20年ぐらいに作った新しい曲をやります。

吉田:もう1つは。

村井:オーケストラ・アンサンブル金沢と一緒ですからマイクは立てません。歌手にはマイクを立てますが、それ以外はすべて生音。それがもう1つのコンセプトです。以前はYMOから始まって電気的な音もずっとやってきたんだけど、結局、僕が好きなのは生の楽器の音なんですよ。狭い部屋で室内楽を聴くとか、そういうのがだんだん好きになってきた。生の音の良さを皆さんに伝えたいというのが、今回のコンサートの主眼ですね。

川添:今は打ち込みばっかりで温かみがなくなっているから、それはすごくいいね。

吉田:「モンパルナス1934」のテーマをブダペスト・スコアリング交響楽団の演奏でレコーディングしたのは、やはり生音でやりたいという村井さんの強い意志の表れですね。

村井:はい、そういうことです。

吉田:村井さんやクリスチャン・ジャコブさんはロサンゼルスにいてリモートで指示を出し、ハンガリーのオーケストラが現地で演奏するなんて、そんなことができる世の中になったのですね。

村井:いやあ、もう本当に時代が変わりましたね。ところで象ちゃん、この「モンパルナス1934」の小説は絶対に映画化したいから、いろいろ協力してよ。

川添:もちろん。あのさ、ウディ・アレン監督の映画があるじゃない。懐かしいパリが出てくる。

村井:「ミッドナイト・イン・パリ」(2011年)だね。

川添:そう、それ。あの映画をほうふつさせるね。

村井:画家とか作家とかがいっぱい出てくるんだよね。

川添:サルバドール・ダリとアーネスト・ヘミングウェイがめちゃくちゃおかしかったよ、あの映画。

村井:川添紫郎さんはそういう人たちと一緒にいたんだもんね。

吉田:公式の記録にはなかなか出てきませんが、川添紫郎さんはヘミングウェイとも会っているんでしょうか。

村井:会っていると思うよ。

川添:絶対、どこかで会っているよ。親父の親友だったロバート・キャパはスペイン内戦でヘミングウェイと行動を共にしたわけですからね。

村井:そういえば思い出したけど、アルファの標語はすごかったね。

川添:あははは。あれはクニが考えたんでしょ。

村井:そうそう。

吉田:どんな標語だったのですか。

村井:まずは「犬も歩けば棒に当たる」。ともかく歩けっていうこと。あっち行ったり、こっち行ったりで、いろんな経験をしろと。バカバカしいけど、意外とまともでしょう? 次は何だっけ。

川添:毒を食らわば皿まで。

村井:そうだった。ユーミンをやって「売れない、売れない」と言っていたけど、もうこれは最後までやるんだ、とね。それなりに意味があるよな、この標語も。

川添:3番目は「ダメでもともと」。

村井:あはははは。

吉田:ダメでもともと?

村井:パートナーの梁瀬(次郎)さんから「村井君、それは経済人として問題だよ」とたしなめられたけどね。

川添:ははっ、それが「社是」だもんね。

村井:良いものを作るために何かをやってみて、どうしてもダメだったら、それでいいじゃないかってね。何もないところから始めたんだから、目いっぱい行っちゃえばいいんだよ。

川添:その「ダメでもともと」の精神が遺憾なく発揮されたのがYMOプロジェクトですよ。だって3000枚ぐらいしか売れていないアーティストだよ。それを1億円ぐらいかけてロサンゼルスに連れていってね、コンサートをやっちゃおうなんて、めちゃくちゃだもん。それが当たっちゃったってのがすごいね。

吉田:成算はあったわけですよね。

村井:うーん、全くダメだと思っていたわけじゃないけど、ワンチャンスはあるから、そこに…。

川添:賭けちゃえ。

村井:そう、賭けちゃえってことだよね。だって人材はいるんだもん。象ちゃんみたいな現場に強い人はいるしさ。だから僕は「象ちゃん、ロサンゼルスのグリークシアターに行って全部仕切ってよ。こっちはジェリー・モスとかA&Mレコードの幹部にバックアップ体制を作らせるから」と言ったんだ。そういうコンビの仕事がうまくいったよね。組み合わせが良かった。

川添:本当だよね。それに演出も良かったんだよ。自己紹介とか余計なしゃべりは抜きにしてさ、ぶっ続けに40分間演奏しちゃえとかね。その前に、向こうの舞台監督に賄賂をやってさ、ちゃんと音を出さないとショービジネスの世界で飯を食えなくなるよと脅してね。はははっ。それでちゃんとした音が出た。意外とそれは大きいよ。

村井:あははは。

川添:それに全部で3日間の公演だったからさ、1日目に大当たりしたのを見て、すぐにビデオクルーを入れたわけ。それで録画テープを日本に送ったら、クニがすかさずNHKのニュースに持ちかけてくれてね。視聴率22%の番組に出たんだから、一発でプロモーションができちゃった。だいたいニュースって暗い話ばっかりでしょ。そこに日本のバンドがアメリカで大当たりっていう映像が流れたものだからね。土俵際の逆転うっちゃりみたいなプロジェクトだったね。

吉田:YMOのメンバーにトーク抜きで演奏させたのは、象郎さんのアイデアだったわけですか。

川添:そうそう。まだ3人とも英語はできなかったしね。まともにしゃべれるのは僕だけだったんですよ。

村井:あっはっは。

川添:だからステージで余計なことは考えないで、ともかくバーッと演奏しちゃえと言ったの。「ライディーン」の一発で盛り上がっちゃったね。夏のロサンゼルス、世界で初めてのテクノポップ、しかもすごくダンサブルで調子のいい音楽でしょ。それを日本人が全員制服を着て、無表情で演奏している。みんなぶっ飛ぶよね。

吉田:当時の世界における日本人のイメージを象郎さんが逆用したわけですね。

川添:そう。その時代の日本人のアイデンティティーを前面に出すようにしたわけ。制服、無表情、コンピューター。そこでしか勝負できないわけよ、海外では。日本人がアメリカでロックンロールを歌ったって、かないっこないんだから。

吉田:ロックンロールではダメだけど電子音楽なら行ける、と。

川添:日本がハイテクで世界を席巻し始めた時代にちょうどマッチしたんですよ。やっぱりポップミュージックっていうのはね、その時代の風をいかにしっかり表すか、いかにポップであるかということで勝負が決まるみたい。

村井:戦後の経済的な復興のピークだったんだよね。YMOの後になったら、プラザ合意(1985年9月。事実上、アメリカの対日貿易赤字を解消するため円高・ドル安に誘導。日本のバブル景気とバブル崩壊、後の経済的な長期低迷の起点ともいわれる)を機にどんどんアメリカ人にやられてね。今に至るまでね。

川添:やられっ放しだね。

村井:国力、経済力、すべて落ちていますが、芸術的にはまだまだ可能性はあると思うんですよ、日本には。だから吉田さんと一緒に連載している小説「モンパルナス1934」には、日本が世界の中で何度か成功しそうになって、結局、蹴落とされてちょっとまずい状況になっている今、思い出してほしいことを書いているんだよね。

吉田:はい。

川添:そんな中でも日本の2000年の歴史はやっぱり力になるよね。

村井:自分のベースになるものだからね。

川添:うん。基盤があるから。そこに日本の活路があるんじゃないの。

村井:そういう意味でも、僕は仲小路彰さん(歴史哲学者、1901~84)の本をもう1回よく読んでみようと思っているんですよ。仲小路さんと川添紫郎さんはすごく仲が良かったみたいね。まるで兄弟のように。

川添:うん、本当に仲が良かった。

吉田:象郎さんの目から見た仲小路さんはどんな人物でしたか。

川添:アインシュタインみたいな外見でね。すごく洞察力があって、聡明な人で、富士山のふもとの山中湖に隠棲していたんだけど、あそこは空気がいいからね。そんな土地で研究に没頭するというのは賢明ですよね。東京の浮世から離れているから、聡明な判断ができたんじゃないですか。佐藤栄作元首相がノーベル平和賞を受賞したときも山中湖の仲小路先生のもとに報告にいったらしいですよ。政財界の大物に対して、仲小路さんが陰でいろんなアドバイスをしていた可能性は十分ありますね。

吉田:戦前から政府の要人や軍の中枢に対していろんな提言、忠言をしていたようですね。

川添:そうなんです。

吉田:先ほど映画「ミッドナイト・イン・パリ」の話が出ました。あの映画は現代と1920年代のパリを往還する話ですよね。「モンパルナス1934」が映画化されるとすれば、1930年代にパリで奮闘した若き日の紫郎さんや岡本太郎さん、坂倉準三さん、原智恵子さんたちの姿がまずあって、そこに1950年代にアヅマカブキを欧米に紹介した紫郎さん、1960年代にキャンティを拠点に活躍を始めた村井さんや象郎さん、1970年代にYMOの世界進出を実現させたアルファの村井さんと象郎さん、さらに往年のアルファの音楽に胸を躍らせている2020年代の若者たちなどを重ねながら、日本の若者が時空を超えて世界の舞台で活躍する姿を描けるといいなと夢想しています。

村井:うん、いいですね。

川添:全くそういう切り口になるでしょうね。1930年代から現代までつながってきますね。

村井:そうだよ、みんなつながっているんだよ。

川添:そういうことだね。

村井:今日はこのあたりでお開きにしようか。2人ともどうもありがとう。もうすぐ日本に行くから、今度はリモートじゃなくて久しぶりに直接会いましょう。

■書誌情報
『象の記憶 日本のポップ音楽で世界に衝撃を与えたプロデューサー』 
川添象郎 著
四六/並製/312頁(予定)
予価:本体2,300円+税
ISBN978-4-86647-175-4
https://diskunion.net/dubooks/ct/detail/DUBK324

■村井邦彦、新曲録音プロジェクト
小説「モンパルナス1934~キャンティ前史~」のテーマ曲「MONTPARNASSE 1934」のレコーディング費用を募るクラウドファンディングです。
スティーブ・ガッド・バンド、クリスチャン・ジャコブ、ブダペスト・スコアリング交響楽団という超一流ミュージシャンの編曲、演奏によるレコーディングで、支援者には「MONTPARNASSE 1934」のデジタル音源をはじめ、サイン入り楽譜やコンサートゲネプロへの招待、村井邦彦とのオンラインミーティングやランチ会などの返礼品がございます。
詳細は以下「うぶごえ」のページをご確認ください。

村井邦彦、新曲録音プロジェクト:https://ubgoe.com/projects/192

■公演情報
村井邦彦 作曲活動 55 周年記念コンサート
『モンパルナス 1934』KUNI MURAI
2022年7月3日(日)開場 16:00 開演 17:00
東京芸術劇場 コンサートホール
演奏:オーケストラ・アンサンブル金沢 指揮︓森亮平
出演:村井邦彦 海宝直人 真彩希帆 田村麻子
チケット:12,000 円(全席指定・4歳以上入場可)
企画:オフィスストンプ 制作協力:アースワークエンタテインメント
主催:読売新聞社 オフィスストンプ
お問合せ:キョードー東京 0570-550-799 オペレーター受付時間(平日 11:00〜18:00/土日祝 10:00〜18:00)

■関連情報
『The Melody Maker -村井邦彦の世界-』
『ALFA MUSIC LIVE-ALFA 50th Anniversary Edition』
ALFA MUSIC YouTube Channel

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