Kan Sano、シンガーソングライターとしての素顔 自身と向き合い生まれる“言葉”への深いこだわり

 Kan Sanoが通算6作目となるニューアルバム『Tokyo State Of Mind』を発表した。ドラマ主題歌として知られる「Natsume」、ともさかりえをフィーチャリングに迎えた「Play Date」、フィッシュマンズの名曲「いかれたBaby」のカバーなどを収録した本作は、キーボーディスト、トラックメーカー、プロデューサーといった多彩な顔を持ちつつ、近年シンガーソングライターとしての側面も強めてきたKan Sanoによる「日本語ポップス」の傑作だ。そこで今回はそんな作品の特徴をより深く掘り下げるべく、「歌詞」に重点を置いてインタビュー。シンガーソングライターとしてのルーツから日本語に対する作家としてのこだわり、そして、現在38歳のKan Sanoが自らの年齢と向き合って書き綴った言葉の裏側にあるパーソナルな想いなど、貴重な話を聞くことができた。(金子厚武)

シンガーソングライターとしてのルーツを振り返る

――Kan Sanoさんは作品を重ねるごとにシンガーソングライター的な側面が強まり、歌詞も英語から日本語の割合が増えていって、新作の『Tokyo State Of Mind』はまさに「日本語ポップス」の作品になっていますね。

Kan Sano:origami PRODUCTIONSから最初のアルバムを出したのが2014年で、そのとき初めて全国ツアーを回り、やっぱり日本のお客さんの前で日々演奏すると、日本語で歌を届けることの強さや面白さを実感するようになって。それから徐々に、この数年で日本語の歌ものが増えてきたんですけど、今回はそこに振り切りました。

――これまで発表してきた楽曲のなかで、「日本語で歌う」という意味において、「この曲ができたことは大きかった」という曲を挙げていただけますか?

Kan Sano:いくつかあるんですけど、ひとつはアルバム『k is s』のときに作った「Magic!」という曲で、ライブでやっててもすごく楽しいです。日本語の歌ものではあるんですけど、今と比べると言葉数が少なくて、まだ何も考えずに書いていたというか(笑)。

Kan Sano - Magic! / YABITO FESTIVAL 2020

――まだ英語と日本語が半々で、「音」としての要素の方が大きかった印象です。

Kan Sano:そうですね。僕はもともとサウンドから入っていくタイプで、歌詞を書くということはあまりしてこなかったですし、言葉に対して疎かったので。でも「Magic!」を書いたあたりから、日本語で歌詞を書くことの面白さに気付いていきました。あとはShin Sakiuraさんと「ほんとは」という曲を作ったことも自分の中では大きかったかもしれないです。

――それはどういった部分で?

Kan Sano:シンガーソングライターとしてようやく自信が持てた曲です。僕はやっぱりシンガーソングライターであることとか、歌詞を書くということに対してすごくコンプレックスがあるんですよ。ずっと楽器しかやってこなかったですし、歌い始めたのも遅いですし……なので作品を作っていくなかで、少しずつ成長させてもらってるような感じがあって。未だにすごく自信があるとは言えないですけど、でも「ほんとは」みたいに、「これはいいかもな」っていう曲がときどきできるので、そのときはすごく嬉しいですね。

【Kan Sano & Shin Sakiura ①】共作曲『ほんとは feat. Kan Sano』の制作秘話 / プロデュースとアーティスト活動の違いとは【OTOGIBANASHI】

――そうやって積み上げてきたものが今回のアルバムでは見事に開花しているように思います。昨年リリースされた「Natsume」の〈今にも消えそうな日々だな 言いたいこと歌にするくらい良いよね〉なんて、まさにシンガーソングライターの歌詞だと思いますし。

Kan Sano:そうですよね(笑)。録音の仕方も前は声をいっぱい重ねてたんですけど、「ほんとは」くらいからシングルで録音するようになって。そうすると、声の出し方もよりシンガーっぽいというか、以前よりはっきり歌うようになって、それに応じて歌詞も変わってきてるかもしれないです。よりストレートというか、具体的な言葉も使うようになっていますし。そういう意味では、「Natsume」も「ほんとは」を作れたからこそできた感じがしますね。

Kan Sano - Natsume [Official Lyric Video]

――日本語で歌詞を書く上でのルーツや影響源というと、どんな名前が挙がりますか?

Kan Sano:あんまり誰の影響っていうのはない気がするんですよね。歌詞を書くようになったときに、「みんなどうやって書いてるんだろう?」と不思議に思って、いろんな人のインタビューを読んだり、いろいろ調べたんですけど、結局どうやったらいいのかわからなくて(笑)。だから、よくわからないままずっと続けてるんですけど、続けていくことでちょっとずつ形になっている感覚で……でも2011年に初めて七尾旅人さんの弾き語りのライブを観て、そのときの衝撃はすごかったです。歌とギターだけでこんなことができるんだっていう、それが自分で歌うことに興味を持ち始めたきっかけだったかもしれないですね。あとは長谷川健一さん。2人とも僕のアルバムに参加してくれてるんですけど、シンガーソングライターとしての表現に興味を持ち始めたきっかけがその2人だと思いますね。

――ロマンチックだけどどこか影があるというか、サッドなフィーリングも感じさせる歌詞は3人の共通点のような気がします。

Kan Sano:だとしたら嬉しいです。特にピアノで弾き語りをするときは、すごく2人の影響を受けてる気がします。2人ともピアノじゃなくてギターですけど、やっぱりタイム感というか、弾き語りの人は時間の流れ方が独特ですよね。バンドは一定のテンポで進んでいくけど、一人で歌うと自由にテンポを変えられるので、そこが面白くて。最近だと寺尾紗穂さんもめちゃめちゃ好きで、そういう影響はあるかもしれないですね。

――歌詞に関して、たとえば小説だったり、音楽以外からインスピレーションを受けることもありますか?

Kan Sano:僕は短歌が結構好きで、岡野大嗣さんや木下龍也さんなど、今は若手の作家で面白い人がいっぱいいて。僕のメロディはワンフレーズが短いから、言葉をそんなに詰められないんです。なので、少ない言葉でどうやって言い切るか、表現するかに関して、短歌にヒントがあるんじゃないかと思って読んでるんですけど……直接的な影響はちょっとわからないです(笑)。

――理想としては、短歌のように少ない言葉数で何かを言い切ったり、逆にいろいろ想像できるような歌詞を書きたい?

Kan Sano:そこには自分の歌のスタイルも関係していて、僕は歌があまり上手くないので、難しいメロディとか、長いフレーズは歌えないんです。だから、自分が歌いやすいメロディってなると、どうしてもシンプルなものになって、言葉数が限られてしまう。だから今後歌がもっと上手くなれば、使う言葉も変わってくるかもしれません。それこそ「Natsume」は結構チャレンジで、あえて言葉数をかなり詰め込んで、録音したときは「ライブでどうしよう?」と思ってたんですけど、繰り返し演奏するとだんだん慣れてきて、最近やっとライブでもちゃんと歌えるようになってきました。

Kan Sano - Natsume(FUJI ROCK 21)

――実際に曲を作るときの「詞先/曲先」でいうと、やはり曲先でしょうか?

Kan Sano:まずベーシックトラックを作って、メロディを考えながら同時に歌詞も考える、みたいなパターンが多いですかね。メロディを完全に作ってから歌詞を考えることはあまりなくて、メロディがなんとなく決まってきたら、サビだけでもAメロだけでもいいので何か言葉をハメてみて、上手くいきそうだったらそのまま進めることが多いです。

――それもシンガーソングライターっぽいですね。普段から言葉をメモしてたりもしますか?

Kan Sano:面白い言葉があったら書き留めておこうと思って、コロナ禍に入って手帳を買ったりもしたんですけど、結局全然使ってないです(笑)。iPhoneに歌詞のフォルダを作って、そこに気になる言葉をたまにメモしたりはしてるんですけど……それもストックと言えるほどではないですね。曲を作り始めて、それから考えることがほとんどなので、歌詞を書くのに一番時間がかかります。最初の2、3行ができると、あとは結構スラッと書けるんですけど、最初の取っ掛かりが一番難しいですね。

――歌詞を書くにあたって、もちろん意味を考えつつ、日本語の音や響きについても考えると思うのですが、何かこだわりはありますか?

Kan Sano:小っちゃいこだわりはいろいろあるんですけど……たとえば、体言止めをあまりしないとか。

――それはなぜですか?

Kan Sano:ラップとかでもそうですけど、言葉で終わるとバシッと決まって、簡単にかっこよく聴かせられるんですよね。でも普段喋っていて、言葉で終わることってあまりないので。こういう話を環ROYさんもされていたんです。彼は日本語の響きとか、日本語の始まりみたいなことにもすごくこだわってる人だと思うんですけど。漢字は中国から来たものなので、日本語の響きによりこだわるなら、「愛」よりも「あいしてる」とか「いとしい」とか、同じ意味でもなるべく日本語らしい響きを選びたいっていう……それは僕もあるかもしれないですね。だから、漢字を使うときは意識的に使っていて、たとえば「Natsume」には〈具現化〉って言葉が出てきますけど、ああいう言葉は強いので、使うポイントを意識的に少なくしてるかもしれないです。

――それこそ「Magic!」のころはまだ英語的な響きの日本語という感じもありましたけど、近作はより日本語ならではの響きを大切にされている印象があります。

Kan Sano:旅人さんもハセケンさんもそうですけど、僕はフォーク的な音楽が意外と好きなので、その影響は自分が日本語で歌う上でもあると思っていて。だから、歌詞に関しても洋楽っぽさというより、日本のフォークっぽいものの影響の方が強くなってるのかもしれないですね。

――たしかに、旅人さんもいろんな曲調がありつつベーシックにはフォークがあると思うし、ハセケンさんはまさにフォークの人で、Kan Sanoさんのジャズを軸とした音楽的なバックグラウンドを考えるとそこは不思議ではありますよね。

Kan Sano:普段から弾き語りの作品をよく聴いていて、海外でもジョニ・ミッチェルとかボブ・ディランとか、そのあたりがすごく好きなので、そういう人たちからの影響が徐々に自分の作品にも出てるのかもしれないです。

――自分で歌い始めるにあたって、ソウルシンガーのように強く歌えるわけではないから、参考になったのがもともとお好きだったフォークシンガーで、今ではブラックミュージック的なトラックとフォークシンガー的な歌と言葉の組み合わせがKan Sanoさんのオリジナリティになっているのかなと思いました。

Kan Sano:そうだと思います。あと僕が好きなブラックミュージックって、アメリカが抱えてる社会問題、黒人差別の問題とか、そういうものが根底にあるので、そういう歌詞を自分が真似して書こうとしても書けないんですよね。僕は普段日本で暮らしていて、人種差別の問題に日々直面しながら生活をしているわけではないので、リアリティがないことは書けないんですよ。

――逆に言えば、『Tokyo State Of Mind』にはKan Sanoさんが東京で暮らしている中で実感したことが、しっかりと言葉に落とし込まれているように感じます。

Kan Sano:そうなったらいいなと思ってました。東京で暮らしてもう16年くらいになるんですけど、自分が今東京で暮らしてるっていう匂いとか、足跡みたいなものを作品として残しておきたくて、タイトルに「Tokyo」という言葉を入れたんです。それは歌詞も同じで、今自分が感じてること、今の日本や東京が抱えてるムードとか、そういうものが作品に入ればいいなと思ってましたね。

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