星野源、自由な創作で追求する独自のグルーヴ 「不思議」から「喜劇」へ続くサウンドへの意欲

 星野源が2022年最初の新曲「喜劇」を4月8日に配信リリースした。過酷な現実と、そのなかで生まれるささやかな愛について描いた同曲は、TVアニメ『SPY×FAMILY』(テレビ東京系)エンディング主題歌として書き下ろされ、家族や大切な人の存在を浮かび上がらせるような1曲に仕上がっている。先鋭性と包容力に満ちたサウンドにもきめ細やかなこだわりが詰まっていて、「不思議」に連なる、星野の進化を象徴する新たな代表曲になったと言えるだろう。『SPY×FAMILY』とのリンク、今のモードが自然に注ぎ込まれていったという歌詞表現やサウンドについて、「喜劇」完成直後の星野源に話を聞いた。(編集部)

喜劇

『SPY×FAMILY』と自分の世界を両方描く

ーー今回エンディング主題歌を提供することになった『SPY×FAMILY』については、昨年夏の『星野源のオールナイトニッポン』(ニッポン放送)ですでに原作漫画をおすすめされていました。改めて『SPY×FAMILY』のどんなところに惹かれたのか、教えてもらえますか?

星野源(以下、星野):設定自体がシリアスであるにもかかわらず、コメディをしっかりとやりきっていて。そのなかで登場人物のシリアスな過去や傷が見えてくることで、フォージャー家の疑似家族としての愛おしさも浮かび上がってくる。このバランス感覚は今まで見たことがなかったので、すごく好きですね。

ーー楽曲の制作にあたっては、アニメ側から「家族をテーマに」とのオーダーがあったそうですね(※1)。星野さんが家族を題材にした曲といえば「Family Song」が思い浮かびますが、『SPY×FAMILY』の物語を踏まえて今回はどんな家族像を描こうと思いましたか?

星野:『SPY×FAMILY』の家族像は疑似家族でありながらも心の繋がりみたいなもの、それぞれがこの場所を大切にしたいと思っているところがすごく愛おしくて。その感じが自分が好きな家族像と似ていたんです。血が繋がっていようが、繋がってなかろうが、お互い大事に思えていて、一緒にいたいと思える人……それは別に人間じゃなくても動物でもいいと思うんですけど、そういう誰かと一緒にいたいと思える気持ち、ちゃんと繋がっている感覚が大事だと思っていて。だから『SPY×FAMILY』の家族像と自分の想い、そのどちら側から見ても腑に落ちる曲としてうまく書くことができたら、主題歌としても自分の歌としても、有効なものになるだろうと思って作りました。

ーー星野さんは「喜劇」のリリースを告知したInstagramのコメントで「喜劇と悲劇は表裏一体で、なかなか引き剥がすことができないものだと思っています」(※2)と書いていました。『SPY×FAMILY』はホームコメディの体裁を取りながらも設定自体はシリアスな要素を含んでいて、まさに「喜劇と悲劇は表裏一体」を感じさせる物語だと思います。そして「喜劇と悲劇は表裏一体」というフレーズは「so sad so happy」を掲げていた星野さんが一貫して取り組んできたテーマとも言えると思うのですが、『SPY×FAMILY』の世界を表現するにあたって星野さんが歌い続けてきたこととの相性の良さは感じましたか?

星野:そうですね。実際に歌詞を書くにあたって困るようなこと、自分の思いを捻じ曲げないと主題歌にならないようなことは全くなかったです。歌詞に関しては素直に書けば大丈夫だろうという感覚だったので。楽曲制作には3~4カ月ぐらいかかっているんですけど、アニメのエンディング尺の歌詞(1番の歌詞)を書き上げたのは結構早かったと思います。2番以降も実質2~3日で終わったから、比較的短い方ではありますね。

星野源 – 喜劇 (TV-SPOT/アニメ「SPY×FAMILY」Ver.)

ーー「喜劇」は『SPY×FAMILY』の家族像と星野さんの家族観、その双方が見事に両立/共存しているのに加えて、なおかつそれが生活に根差した普遍的な歌として成立している点が素晴らしいと思いました。さらに言うと、2022年のまさに今求められていた歌にもなっているのではないかと考えていて。この歌詞のバランス、特に今の気分を歌うことについては意識しましたか?

星野:「まさに“今”の歌ですね」とよく言っていただけるのですが、実はそんなに意識していなくて……アニメのエンディングで流れるテレビサイズの歌詞と曲を完成させて、先にアニメサイドに提出したんですけど、それはロシアのウクライナへの軍事侵攻が起こる前だったんです。『SPY×FAMILY』の時代背景と、自分が感じている世界を両方描くということをやっただけなんですけど、あれから曲が持つリアリティの性質が一気に変わってしまった感覚がありました。

ーー『SPY×FAMILY』が冷戦を背景にした物語である以上、その世界を丁寧に描いていけば自ずとそういうニュアンスは入ってくるのかもしれませんが、「喜劇」は有事に力を発揮する曲というか、有事に寄り添ってくれる曲になっていると思います。今はまさにその有事なわけですが、毎日どんな顔をして生きていけばいいのかわからなくなりそうななか、「喜劇」を聴いてちょっと救われた気持ちになりました。

星野:そう思っていただければ嬉しいです。でも、現在起きていることを書いたというよりは、もともとの楽曲のコンセプト、それからアニメ側からテーマとして提案された「家族」、この2つを中心にして自分の歌にするべく作っていきました。

ーー「喜劇」はいろいろな感情や思いを喚起させる力を持った曲になっていて、家族を題材にしながらも、とても広い射程を持った曲だなと思います。

星野:家族はあくまでテーマでしかないので、どちらかというとInstagramに書いたような、悲劇があるなかでも喜劇を作り出して、そこにフォーカスしていく人が好きだという気持ちが大きくて。自分も同じようなベクトルのものを作るんだという思いが強くありました。

ーータイトルの「喜劇」に関しては、これまで星野さんが歌ってきたことを端的に言い切った言葉のように思いました。

星野:あぁ、なるほど。

ーー星野さんのこれまでのキャリアと作品が、「喜劇」という言葉に深い奥行きを与えているところが確実にあると思うんです。このタイトル自体はすぐに思い浮かんだのですか?

星野:曲を作っているちょうど真ん中ぐらいで出てきたんですよね。できていく過程の歌詞やメロディにしっくりくるなと。確か〈君となら喜劇よ〉という歌詞ができる前だった気がします。いずれにしても歌詞からタイトルに持ってきたわけではなく、「喜劇」という言葉がポンと出てきて「すごく合う」と思って。それで歌詞を書き進めていくなかで、サビのフレーズも出てきたような流れですね。やっぱりポジティブな歌詞を書くときに、それ以外の部分を書かないと楽しい部分が信用できないところがあるので。喜劇の裏側には、どうしたって悲劇があることはすぐに考えると思うんですけど、僕の楽曲を聴いてくれている人は特にそうなのかもしれないです。

ーー桜の花を撮ったアートワークも素敵ですね。先に音源をもらって何度もリピートしたあと、最初に目にしたときには歌詞と相まってちょっとウルっときてしまいました。

星野:あの写真はアートディレクションの石塚俊くんが美術作家の村田啓さんを連れて撮ってきてくれたんです。2番に〈顔上げて帰ろうか/咲き誇る花々/「こんな綺麗なんだ」って/君と話したかったんだ〉という歌詞があるから、打ち合わせのときに「(アートワークは)花もいいね」なんて話をしていて。道に咲く花ではなくて、うつむいていた顔を上げた先にある木に咲く花だということをイメージとして伝えたら、今の季節はやっぱり桜になるんですよね。今ならギリギリ間に合うだろうということで、先週(リリース前週)撮りに行ってくれました。

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