SHE’S、結成10年のキャリアで結実したオリジナリティ アニバーサリーツアー日本武道館公演を振り返る
井上がグランドピアノで演奏する楽曲のチョイスと、そこに至るMCも気が利いていた。絶対ではないが、30歳までに武道館公演を経験しておきたかったこと、親に武道館公演を知らせると安心したのか、バンド活動については心配されなくなったが、今度は結婚の心配をされるようになったと言う。声には出せないが誰もが笑った場面だろう。
そこから大事な誰かや、メンバーが結婚するときに歌いたいと思って作った曲と説明し、「White」を歌う。この曲も続く「Letter」も親密な手紙のようで、純度の高い思いが包容力となって、観客に魔法をかけているように見えた。演奏に没入することで得られる安心感。どこの誰かも知らない人たちと共振することの安堵感。これはSHE’Sのライブで体感できる真骨頂だと思う。「Chained」での、再び加わったストリングスとホーンの演奏を信じて、どこまでも伸びる井上のロングトーンも会場の空気感を映していたのかもしれない。
また、「Clock」では木村のある種、プログラミングを生音に代替したかのような、抜き差しが見事なドラミングに息を飲む。ストリングスが加わった「Ghost」の後奏部分では、積み重なってきたさまざまな思いを燃やしつくすような服部のソロを披露。そこを起点として、とかく冗長に感じがちな長いインスト部分を、むしろもっと聴いていたいと思わせた。潔いエンディングも、この曲のようにエモーションをぶつけ合うような長い後奏も、すべては楽曲が求めるもの。ロックバンドSHE’Sのエッセンスを最も濃厚に体感できた場面だった。
後半に新曲「Blue Thermal」を配置したのも、すでに場のグルーヴができていたことでよい効果を生んでいたし、アンセミックな楽曲が続く終盤の起点としても大いに機能していた。ファンがクラップで心ゆくまで参加できるゴスペル調の「Imperfect」、井上がハンドマイクに持ち替え、ステージを左右に大きく移動する「Dance With Me」ではステージ左右のライトもワイド感を演出していて、SHE’Sの音楽性と光の効果の相性をとことんまで突き詰めている印象を持った。「The Everglow」では、どこかThe BeatlesやOasisという、ここに立った先人バンドを想起させる普遍的で大きなメロディを聴かせるのだが、そこからさらに滑空させるストリングスのスケール感と、レーザーやミラーボールの演出が見事にハマっていた。
本編ラスト前のMCで井上は、「今日一体何度『ありがとう』と言っただろう」と笑いながら、「だって一人ひとりにLINEでありがとうって送りたいけど、みんなの番号も、俺の番号も知らんもんな。音楽を作ることが逃げ場で、その音楽を伝えていつもみんなに救われて。だからこれからも、ただの音楽好き同士の関係でいよう」と、いかにも彼らしい10年間の謝辞を述べた。
決してスピーディな歩みではなかったけれど、折に触れて聴き続けるだろうSHE’Sの音楽。そこに意味を見出し、自信と実力を蓄えてきたバンドならではの感謝だったのだ。10年を振り返り、メンバーやファン、ともに歩いてきた人たちに贈るこの上ないラストナンバーは「Stand By Me」。〈大袈裟だって言うけど 心から伝えるよ 出逢えてよかったんだ〉ーー歌の意味はどんどん育っていくものだな、と2019年リリースのこの楽曲の今の演奏に感慨深さがこみ上げた。
アンコール含め約2時間10分。いい緊張感を保ったまま、しっかりと自分たちの音楽を観客に印象づけたSHE’S。容易ではなかったコロナ禍の中のアニバーサリーイヤーを歩き続けたことで、タフさも11年目に向かう新しさも身につけたSHE’Sのドキュメントと言えるライブになった。