角野隼斗、 クラシックとジャズの垣根を自由に行き来する独自のクリエイティブ “音楽の楽しさ”体現したツアーファイナル

 ピアニスト 角野隼斗が今年1月から行っている『角野隼斗 全国ツアー2022“Chopin, Gershwin and…“』。その東京公演が2月20日、有楽町・国際フォーラムにて開催された。

 本ツアーは岡山シンフォニーホール(1月10日)を皮切りに、大阪や愛知、北海道などこれまで8カ所で行われてきた。タイトル通り、前半はフレデリック・ショパンの楽曲に自身のオリジナル曲を織り交ぜたセットリストで、後半は時折鍵盤ハーモニカをフィーチャーしながらジョージ・ガーシュウィンの代表曲を披露するといった内容。昨年は朋友の反田恭平や、小林愛実らとともに『ショパン国際ピアノコンクール』を賑わせ、ブルーノート公演ではガーシュウィンを取り上げた彼にとって集大成といえるものである。しかもツアーファイナルとなるこの日の東京公演は、東京フィルハーモニー交響楽団を迎えてガーシュウィンの「ピアノ協奏曲ヘ調」を披露することが発表されており、5000人を超える会場は始まる前から静かな熱気に包まれていた。

 客電が落ち、ステージ両端に備え付けられた大型モニターに角野の昨年の活動の様子がモノクロームのダイジェスト映像となって流れ出す。最後に本公演のタイトルが大きく映し出され、それと同時に角野がステージに現れた。

 正装に身を包み、軽い足取りでステージ中央のグランドピアノへ向かう角野。フロアに一礼し、椅子に座って一瞬ピアノと心を通わせるかのように静止したのち、すらりと伸びた5本の指を鍵盤の上でリズミカルに上下させる。いつものように、「華麗なる大円舞曲」という名で知られるショパンの代表的なワルツ曲「変ホ長調 作品18」からこの日のコンサートはスタートした。華やかで意気揚々とした主旋律の、1音1音の強弱やリタルダンドまで完璧にコントロールした演奏に、あっという間に惹きこまれてしまう。大型スクリーンには角野の指さばきも随時映し出されていたが、まるで羽根のように軽やかに舞う右手と、雷のごとく力強く打ち付けられる左手のコンビネーションに何度も目が釘付けとなる。

「みなさんこんにちは。早いもので、もうファイナル公演。嬉しいような寂しいような複雑な気持ちです。5000人ってすごいですよね……来てくださって本当にありがとうございます。今回のツアーは自分の集大成のような気持ちで毎回挑んでいます。今日も全て出し切るつもりで来ましたので、最後まで楽しんでいってください」

 そう挨拶し、続いて演奏したのは角野のオリジナル曲「大猫のワルツ」。実家で飼っている大きな猫のために書いたワルツ曲で、猫が軒先を歩いている様子が目の前にありありと浮かんでくるような、前半のリズミカルな演奏が心地よい。かと思えば後半では無調と思わせるほどのカオス空間が訪れるなど、ピアニシモからフォルテシモまでレンジを広く使ったダイナミックな演奏で、しなやかかつ雄大な猫の仕草、可愛らしさの中に潜む野生の本能などを見事に表現してみせた。

 続く「胎動(Movement)」も角野のオリジナル曲。というより、ショパンの「練習曲作品10-1」をモチーフに角野が自らメロディをつけた、いわば「時空を超えたコラボ曲」ともいえるものだ。右手は鍵盤の端から端まで凄まじいスピードでアルペジオを奏で、力強く振り下ろされた左手がドラマティックかつロマンティックなメロディを紡ぎ上げていく、個人的に最も心揺さぶられた楽曲の一つである。

 不思議な響きを持つイントロの和声と、優雅に跳躍する主旋律が印象的な「マズルカ ハ長調 Op.24-2」、まるでジェットコースターに乗って急降下しているような気分を味わえる「エチュード イ短調 作品25-11『木枯らし』」を経て、本ツアーで初お披露目した「追憶(Recollection)」(角野隼斗/ショパン)は、なんと角野が自宅から搬入したというアップライトピアノを使った演奏に。解像度の高いスタインウェイのグランドピアノとは一味違う、暖かくまろやかな音色が会場いっぱいに広がっていった。

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