『25』インタビュー

春野、表現者として幸せを追い求めることの肯定 自由な創作を目指したターニングポイント『25』を語る

 ボカロPとして音楽活動を開始以降、多彩な音楽性で才能を発揮しているシンガーソングライター/プロデューサーの春野。2月2日に、約1年半ぶりの新作となるEP『25』がリリースされた。

 本作には、シンガポールのR&Bバンド・brb.や、時代を代表するシンガーへと駆け上がっているyama、さらにShin Sakiura、A.G.Oといったサウンドプロデューサーが参加。国境もシーンも跨いだ音楽を作り上げる春野ならではの一作が完成した。

 春野の音楽はいつも、「僕とあなた」にまつわる感情や景色、匂いが立ち上がってくるものであったように思う。このインタビューで彼は、自身の年齢をタイトルに掲げた『25』に込めたパーソナルな出来事と心情について、秘密を明かすように語ってくれた。過去を清算し、新しい未来の扉を自らの手で開いて幸福になろうとする表現者の決意と祝福が、ここにある。(矢島由佳子)

春野 - EP ”25” Official Trailer

「過去を清算しても大事な経験だったと思いたい」

ーーまず、このEPに『25』というタイトルをつけた背景から聞かせていただけますか。

春野:今の僕の年齢から取りました。このEPは、今までとこれからの人生観のターニングポイントにしたいなと思って。今まではネガティブな感情を音楽制作に昇華していたんですけど、そういう作り方ってすごくカロリーを使うし、若いエネルギーだと思うんですよね。そういうところから離れて、ひとつステップアップしたいなと思ったんですよ。今までの自分の想いとか、失敗とか、恥ずかしい感情とか、「あのときって若かったよな」と今なら思える行動を、25歳の自分が客観視してしまうことで次に進むきっかけにしたいと思ってこのタイトルにしました。

ーー今作もこれまでも、春野さんの音楽は手に入れられないものや満たされないもの、失ってしまったものに対する視点から描写されているという印象があって。今までは、具体的にどういった経験や想いを曲にすることが多かったですか?

春野:失恋だったり、してしまった失敗とか、失ってしまったものを悔しんだり憂いたり、そういう感情を膨らませて「自分は悲しかった」と位置づけることで「今の自分は誰よりも寂しい人間だから」という歌を歌っていたんですよ。そればかりで、春野はこうあるべきだという位置づけにもしちゃってたんですよね。そこに嫌気が差してしまって、これからどうなっていきたいんだろうと、5年後、10年後のことを考えるようになった中で浮かべた像に向かっていこうとする感情が、今作には出せていたらいいなと思います。

ーー若い頃ってルサンチマンに陥りやすかったり、そこから抜け出せなかったりもしますけど、春野さんが区切りをつけようと思えたのはどういう出来事があったから、もしくはどういう考え方の変化があったからですか?

春野:自分の人生の中で2つ3つ、とても大きな分岐点があったんですけど、それらがこのEPを制作する前あたりで解決してしまって。解決したことで自分の中のトゲを保ち続けることができなくなって、春野としての立ち振る舞いができなくなってしまったんですよ。そこで自分を見つめ直す時間を設けなきゃいけなくなって、その過程で音楽も作らずに生活を営む中で哲学めいたことを考えて、その中で先への進み方を見つけたのかもしれません。

ーー2つ、3つの大きな分岐点について、具体的に話してもらうことはできますか?

春野:具体例を言ってしまうとダサくなってしまうんですけど……21歳のときにした失恋が、自分の中で作品に昇華するためのパワーとして一番大きかったんです。すごく性格の悪いお話なんですけど、相手が自分を手放したことを後悔してほしかったり、できればその人より自分の方が幸せでいたかったり。「その人より」という比較で強くあろうとしたり恨みを募らせたりというのが、何よりも大きな表現のモチベーションとしてずっとあったんですよね。

ーーなるほど。

春野:そのひとつが解決してしまったときに、僕の心の中がすっからかんになって歌詞が書けなかったんです。やっぱり人間なので、新しい人とは出会うじゃないですか。そしたら、よりよい自分や、幸せになっていく自分を否定し続ける理由がなくなってしまって。もしかしたら自分は幸福になってもいいんじゃないかと思ったときがあったんですよ。そこから、次に出す作品は自分の中でその想いに至るまでの物語にしよう、そこから先はこれからの将来の話をしよう、と決めて。今までをまとめ込んでしまうというか、自分を納得させるための歌詞を書こうと思いました。これからは幸せになっていいよ、だからここまでは不幸せな自分を歌ってやろうっていう、そんな気持ちで『25』というタイトルになりました……恥ずかしいですね。

春野 - Love Affair (lyrics)

ーーすごく大事なことを話してくれてありがとうございます。今のお話で言うと、4曲目の「21」とかはもうまさに……。

春野:やっぱり恥ずかしいのでどこかうやむやにしたくて最初は違うタイトルだったんですけど、この先の人生でまだ引きずりたくないなと思って。皆さんにしてみれば何でもない数字だと思いますし、誰に共感してもらいたいわけでもなく、自分が納得できる、いわゆる日記みたいな形として残しておこうと思って、直接的なタイトルになりました。

ーー「Angels」については、どういったことを綴ろうと思って作っていきましたか?

春野:21歳のときにあったターニングポイントについて言及していると思ってもらって構わないんですけど。過去を清算して解放されていくときに、それでも自分の人生の中で大切な経験であったと思いたくて。「何でもなかった」って片づけてしまいたくはなくて、それは相手も同じであったら嬉しいなという気持ちから書いたリリックですね。だからサビで〈時々はあなた/思い出して/あの悪魔のような季節を〉と歌っています。25歳になった今振り返るからこそ“悪魔のような季節”と表してますね。将来に向かっていくための気持ちを書いている曲なのでEPの最後に配置しました。

ーーしかもEPを締め括るのが〈これから会おうよ〉という一行で、すごくドキッとさせられます。今のお話を聞くとポジティブなニュアンスもあるし、でもリスナーの捉え方次第だという部分が大きいですよね。

春野:共感してほしいとか、理解してほしいとか、同情してほしいとか、そういった気持ちが僕にはまったくなくて。誰かに何かを伝えたいわけではないんですよ。僕がリリックを書く中で一番大切していることは、自分の人生を映し取ることで。音楽って、自分が死んでしまったときに遺るものだと思うんです。だから、僕がどういう人生を歩んできたかを遺しておきたいんですよね。それゆえに抽象的になってます。抽象化されているから、もしかしたら誰でも思い当たる節があるかもしれなくて、それで感情を揺さぶられる方がいるかもしれない。その余地を文章の美しさや抽象的な箇所に残しておきたいと思ってるから、こういう歌詞になってますね。

「幸せになるための自分探しをしたい」

ーー抽象化でいうと、春野さんの歌詞に〈雨〉や〈傘〉がよく出てきますよね。それらをどういうふうに捉えて、どういう場面や感情のメタファーとして使っているのでしょうか。

春野:実はそれらはメタファーではなく、僕にとって大切な要素として残っているものなんです。リスナーの方にはもしかしたらメタファーとして何かを連想させるかもしれないし、それでもいいなと思っているんですけど、僕が書いている意図としては、ある一場面を切り取っているんですね。2017年にボカロ曲として出した「深昏睡」にも〈雨〉とか〈傘〉が出てくるんですけど、僕の中では同じ事柄について言及していて。「深昏睡」を書いた当時の心境と、このEPの制作期間中において過去を振り返って書いた歌詞とでは、“思い出”なので同じ事実だとしても湾曲してしまうけど、そういったところを僕は大切にしたいなと思っていて。人生という時間軸の中のどの辺りで立ち返ってどういう感情を抱いたかによって、同じひとつの事実を描くにしても全然変わって聴こえると思うんですよ。なので遠慮しないで同じワードを使うようにしています。別に意識的ではないけど、避けようとはしていないという感じですかね。

ーー25歳までの自分を振り返って区切りとなる作品を完成させたことは、春野さんの人生においてどういった経験になったと思っていますか?

春野:これからの人生を考える、いいきっかけになったのかなと思っています。希死念慮的なところを自分のスタイルのひとつとして大切にしていたんですけど、一生それだけ歌っていても面白くないじゃないですか。春野という人間がポジティブに変わっていくところを作品に昇華していきたいといいますか……この言葉を使ってしまうと、ちょっとダサくなってしまうんですけど、復讐するために精一杯だった自分からは一転して、幸せになるための自分探しをしたいなって。不幸せでいたい自分から、『25』を完成させてようやく次に進めるんじゃないかなと晴れやかな気持ちになっていますね。形にして終わらせたからといって、この記憶が綺麗さっぱり消えてなくなるわけではないんですけど、その先のことを考えていきたいと思える自分に今はなれているんじゃないかなと思っています。

ーー憎しみや悲しみなどの負の感情は創作の原動力になりやすいですけど、一人の人間として幸せを求めることはすごく大事だからこそ、ずっと不幸せで表現していくのが表現者にとっていいのかというとそれは違うし……そこのバランスっていつの時代も表現者たちが悩むものではありますよね。

春野:そうですね。仮に結婚をしたとして、不幸せでいたいと思い続けるのは相手の方にも失礼じゃないですか。だから、自分が今まで持ってきた感情はどこかで必ず捨てなきゃいけないなと思っていたんです。そういうところで、ここ1〜2年、僕の価値観の変化はとても大きかったんじゃないかなと思います。

ーー今作では様々なコラボレーションがありますが、まず、シンガポールのR&Bバンド・brb.とコラボすることになった経緯から聞かせていただけますか?

春野:brb.を知ったのは2年くらい前ですかね。Spotifyでディグってる中でアルバム『relationsh*t』に入っている「whoops」という曲を見つけて、そこからファンになったんです。去年の3月に出た「honeymoon」という曲があまりにも好きすぎて、ひと月それしか聴けないくらい本当にドツボにハマってしまって。ただの一ファンだったんですけど、どういう参加の仕方でもいいから一緒に名を連ねて曲を出したいと思って、ダメ元でマネージャーを頼って、たくさんの人が仲介してくれて、どうにか繋がることができました。

ーーそんなに好きになった理由は何だったんですか?

春野:僕はシンガーソングライターという肩書きで活動してますけど、アレンジメントも自分でするので、楽曲に対してサウンドエンジニア的な視点から聴くことが多いんです。ここ2〜3年、韓国を筆頭にアジアのシーンのレベルがすごく上がってきているので、そこに注目してディグっているんですけど、「とびきり音がいいアーティストを見つけた!」と思ったのが最初でした。しかも、よくよく聴いていくとリリックも内向的で、自身を見つめ直すような美しいものだったんですよね。僕のスタイルとしてあまり共感を求めないってお話しましたけど、彼らもそういう節があって、そこにシンパシーを感じて。ただの一ファンなはずなのに一緒にやりたいという想いが出てきたのは、そういった共通点を見出せたからなんじゃないかと思います。

春野 - cash out feat. brb. MV

ーー「cash out feat. brb.」はクレジットが「編曲:brb.」になっていますが、実際はどういった作業があって、でき上がったものに対してはどう思いましたか?

春野:最初、僕がトラックを作って仮歌まで入れて渡したんですよね。でも、brb.のマーク・リアンが「もうちょっとよくなるよ。こういうのはどう?」ってアレンジ済みのデモを4曲ぐらい投げてきてくれたんですよ。すごく気合の入った返信が来たのでびっくりしちゃって、しかもトラックがよかったんです。なので当初の予定では僕が編曲だったんですけど、1個トラックをボツにして、brb.の編曲になりました。

ーーすごく熱量の高い制作が海を越えてできたということですね。

春野:そうですね、ありがたい限りです。僕が好きという一方的な想いから、brb.も協調して参加してくれたので、すごく思い入れの強い曲になりました。EPの中では、サウンド的にも他の曲とはちょっと違ったエッセンスが出ていて、いい意味でなじまなかったので1曲目というリード的なところに配置しました。

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