「スローモーション」インタビュー
にしなは なぜ“正しさ”から逸脱するのか 歪なラブソングから滲むアーティストとしての本質
昨年4月に1stアルバム『odds and ends』をリリースし、その後も「U+」「東京マーブル」「夜になって」「debbie」と配信シングルをコンスタントに発表しながら、新たなチャレンジを続けてきたシンガーソングライター、にしな。初めてづくしだったデビューイヤーを経て、2022年の最初にリリースされるのが、新曲「スローモーション」だ。
バンド感と打ち込み感の混じり合ったシンプルなトラックに乗せて歌われるのは、切なくて激しい愛の姿。これまでもさまざまな愛を描いてきた彼女だが、この曲に書かれている心情は、実はすごくにしなというアーティストの本質に近いものなのではないかという気がする。
MVを気鋭の映像作家・UMMMI.がディレクションしたことでも話題の同曲についてはもちろん、激動の2021年を過ごす中で感じたこと、そしてこれからやりたいことまで、たっぷり語ってもらった。(小川智宏)【最終ページに読者プレゼントあり】
根本にある感情は「相手と一致したい」みたいな気持ち
ーー今年第1弾の新曲「スローモーション」ですが、これはいつ頃作った曲なんですか?
にしな:わりと前からあった曲で、弾き語りのライブでよくやっていたんです。作り始めのときは「こういう曲にしたい」みたいな参考曲があって。気持ちありきで書いたというよりも、曲の構造みたいな部分から考えていきました。具体的には椎名林檎さんの「ギプス」がイメージとしてあって、そこからメロディラインとかはすぐに決まっていってきました。
ーー歌詞はどういうことを考えながら書いていったんですか?
にしな:根本にある感情というのは、「相手と一致したい」みたいな気持ちで。たとえば今、悲しい気持ちや怒っている気持ちがあったとして、それをわかってほしいからうまく言葉で伝えようとするけど、結局想像の範囲内でしか一致はできないじゃないですか。でもそれを一致させたいっていう。それを恋愛としてわかりやすく書いています。恋人同士のうちどちらかが相手を裏切ったとして、裏切られた側が同じように裏切った側を傷つけることで、ちゃんとわかってもらうっていう。
ーー書いてから結構時間が経っていると思うんですけど、今見返した時にどんなことを感じます?
にしな:でも、そこまで過去の私だなとは思わないです。「そうだよね」みたいな。
ーーうん、そうだと思うんです。聴かせていただいて、にしなというアーティストの本質の部分がすごく出ている歌詞だなと感じたんですよね。〈わざと狂わすチューニング掻き鳴らす夜〉という1行目の歌詞から独特のフレーズだと思うんですけど、ここはどういうイメージだったんですか?
にしな:私、結構ひねくれているので(笑)、悲しかったら「悲しい」って言ったほうが人として可愛げもあるし、たぶん望む未来が手に入るんですけど、そうできないんです。その感覚を書き表したっていう感じです。正しくてきれいな音が鳴らない感じというか。
ーーその「チューニングが狂う」っていうところにすごく感情がこもる人なんだなっていうのを改めて感じますよね。きれいなものよりも、乱れたり歪だったりするもののほうに目がいくというか。
にしな:そうですね。可愛げはないと思います。先日占いに行ったのですが、占い師さんにも言われました、「あなたは甘えられないからね」って(笑)。確かにそうだなって思います。たとえば「私を幸せにしてくれる人」っていう考え方だったり、「私を幸せにして」って思ったことがないかもしれない。それよりも「私が幸せにする」みたいな考え方になるところが、占い師さん曰く甘え下手なんだよっていう。
ーーその裏には「本当は甘えたいんだけどな」っていう欲望もあるんですか。
にしな:甘えられるのなら、世の中の人みんなに甘えて生きていきたいですよ(笑)。でも気づくと「あれ?」ってなることが多いです。
ーー実は僕、今日のインタビューで一番聞きたかったところがそこなんです。まさに今までにしなさんが書いていた曲たちは、甘えていなかったと思うんです。どんな場面でも、常に「私がどうする」っていう意思があって。
にしな:ああ、そうですね。
ーーでもこの曲は〈愛して欲しいんだもん〉って歌っている。その違いはなんなんだろうって。
にしな:確かにそうですね。椎名さんに憧れて書いてる部分が少しあるような気がします。「ギプス」の魅力って、すごく凛として強い女性なのに、すごい少女性が感じられるところだと思うんです。無邪気さというか。それをこの楽曲にも入れたかった。自分だけから出るときに〈愛してほしいんだもん〉とは書かない……どうなんだろう。私の中にもあるとは思うんですけど、その無邪気さみたいなものをいつもよりも足したかったんです。でも、常に思ってはいますけどね。愛されることがあるんだったら、いつだって愛して欲しいんだもんって。