歌唱と表現力で確かな爪痕残した4組の原石たち 『Enjoy Music! New Wave Generations Vol.2』神戸公演レポート
中野大地
三番手に登場するのは、大阪で活動するシンガーソングライターの中野大地だ。3ピースのバンドスタイルで登場すると、1曲目「雫が零れ落ちたら」から、持ち前のハイトーンボイスを響かせ、会場を優しく包み込む。空気に溶け込むような柔らかな歌声で、一つひとつの言葉を大切に、丁寧に紡いでゆく。続く「bittersweet」は爽やかなギターポップナンバーで、聴き心地の良い真っ直ぐなアプローチでオーディエンスの心をしっかりと掴んでゆく。
「大人になるにつれて、自分のことだけじゃなくて、人の気持ちを考えるようになった」という中野は、“私”というジェンダーレスな視点で「枯れてしまえば」という切ないラブソングを歌う。コンピレーションアルバムに参加するにあたり、保本がプロデュースした楽曲だ。息の合ったバンドアンサンブルは、音源よりもエモーショナルで力強い。ラストのサビ前に訪れるブレイクが、楽曲の持つ切なさをより一層際立たせた。爽やかな印象は一転、続く「この恋は夜に溶けて」はムーディな雰囲気を漂わせ、どろりとした愛の模様を歌う。神秘的に思えた中野の歌声は、途端に大人びて艶やかな印象に。楽曲によって歌声の聴こえ方が変わるのもまた、中野大地というシンガーの魅力だ。
MCを経て、“真っすぐな自分でいられたらいいのに”という大人のうやむやさを歌う「スリーコードの曲みたいに」、失った愛情を懐かしむように甘く歌い上げる「隙間がないくらい」と続く。時折掠れる中野の歌声が、涙と共感をますます誘った。
10月よりmodern times Bloomというバンドを始動させた中野。最後にバンドの1stデモから、現在MVが公開されている「epilogue」を披露する。心の声を零すような繊細な声色で、〈君が嫌いだ〉〈それでも愛しているんだ〉という天邪鬼な気持ちをしっとりと歌い上げる。吐息一つまで聴き逃すまいと、オーディエンスたちは最後まで耳を澄ませて聴き入った。今後はバンド活動も精力的に行っていくとのこと。バンドにソロシンガーと、これまでも音楽の道を歩み続けてきた中野は、さらなる高みを目指してバンド活動を飛躍させていくことだろう。そう感じさせる見応え十分の7曲を披露し、ラストアクトにバトンを繋いだ。
きばやし
本公演のラストを飾るのは、神奈川県出身のシンガーソングライター きばやし。深紅のドレッシーな衣装に身を包み、ステージに登場。その佇まいは凛々しく、独特の空気を纏っている。開口一番、深く唸るようなハスキーボイスが鳴り響いた。キーボードと歌のみで構成された「独生」は、彼女の圧倒的な歌唱力を見せつけるにふさわしい1曲だ。マイクなど不要だといわんばかりの声量と全身を震わせるビブラートに、場内にいる誰もが彼女に釘付けとなった。
きばやしがアコースティックギターに持ち替えると、照明はたちまち明るくなり、バンドメンバーの全貌が明らかとなる。バックには、Dr.StrangeLoveでの活動やCoccoのプロデュース、サザンオールスターズやポルノグラフィティなどの著名なアーティストの活動にも携わる根岸孝旨(Ba)を筆頭に、西川進(Gt)、平里修一(Dr)、オオノシオリ(Key)という豪華な面々が揃う。重厚感のあるロックサウンドが場内を埋め尽くす中、きばやしの歌声は薄れるどころかより一層強く響き渡る。これほどの音圧に一歩も引かない歌声を持つ女性ミュージシャンは、プロでもそうはいないだろう。MCで観客への挨拶を済ませると、〈恋人になれないなら猫になりたい〉と歌う「猫の夢」を弾き語り、コンピレーション収録曲である「嘘」をバンドバージョンで披露。バンドの多層的なアンサンブルによって奥行きが出ることで、楽曲が持つパワーが最大限に活かされ、迫力を増した状態で我々の耳に届いた。
メンバー紹介を終えると、「音楽って“聴いている”という事実だけで生きている意味になりませんか?」とオーディエンスに問いかける。音楽が自由であることを忘れないで、と伝えたのち「皆さんの心の自由を見せてください」とオーディエンスに立つよう促した。そのまま最後の曲となる「熟す」を披露。歌謡曲とオルタナティブロックを掛け合わせたようなエモーショナルな楽曲に全身で聴き浸る。そこにはライブハウスならではの光景が広がっていて、演者とオーディエンスの両方のボルテージが上がっていくのが肌身でわかるようだった。豪華メンバーをバックに堂々と歌い上げるきばやしの姿は、早くも“ロックの女王”としての風格さえも感じさせた。
本編が終了すると、すぐに会場からはアンコールの拍手が沸き起こった。再びステージに上がったきばやしは、「他の曲がまだないので、もう一度同じ曲を演奏してもいいですか?」と言い、2曲目に演奏した「眼鏡」を再度披露。初演よりも、よりエネルギッシュでアグレッシブなパフォーマンスで会場を圧倒し、華々しいラストを飾った。
2月のイベント延期を経て、満を持して開催された『ジョイミューBig Waves Live Tour! in Tokyo & Kobe』。若きアーティストたちが等身大で挑んだ公演に、多くの音楽リスナーたちが胸を打たれたはずだ。『Enjoy Music!』主催者である保本によって見出された原石たちは、今後さらなる輝きを放ち、その才を開花させていくことだろう。コンピレーションアルバム『Enjoy Music! New Wave Generations』には、本公演に出演した4組はもちろん、様々なアーティストのジャンルレスな楽曲が収録されている。これからの音楽シーンを担う新世代アーティストたちをいち早くチェックしてほしい。