シティポップ(再)入門:寺尾聰『Reflections』 “奇跡の年”に生まれた名実ともにシティポップの頂点

 『Reflections』の成功の大きな要因に、寺尾聰のボーカルを引き立てる絶妙なアレンジの力がある。全編のアレンジを手掛けたのは、当時注目され始めていた井上鑑だ。井上鑑は先述の山下達郎と同い年の1953年生まれ。キーボード奏者としてピンク・レディーの諸作など数々のセッションに参加して実力を上げていったが、この当時は伝説的なフュージョングループ、パラシュートに在籍していた。パラシュートは、今剛、松原正樹、林立夫、マイク・ダン、安藤芳彦、斉藤ノヴという錚々たるメンバーによるスーパーバンドで、TOTOやAirPlayなどと比較されることも多かった。そして、『Reflections』には、このパラシュートのメンバーが全面的に参加している。もともと洗練された寺尾聰の楽曲を、さらにスタイリッシュに仕立て上げたのは、井上鑑とパラシュートのメンバーの力量といえるだろう。他にも上原裕、浜口茂外也、向井滋春といった名うてのミュージシャンが何人もクレジットされているが、彼らを取りまとめた井上鑑という天才アレンジャーは、本作になくてはならない存在だったのだ。

 また、歌詞の世界観も、大人の男のかっこよさを演出した大きな要素のひとつだ。10曲のうち7曲を有川正沙子、3曲を松本隆が書き下ろしている。それぞれ特徴はあるが、共通しているのが非常に映像的な感覚で描かれているということ。どの曲にもドラマチックなストーリーがあり、まるでヨーロッパ映画のワンシーンを観ているような感覚にさせられる。生活感を一切排除し、俳優・寺尾聰のパブリックイメージをそのまま歌の世界へと落とし込んだことは、本作において非常に重要である。徹底したダンディズムに彩られている上に、キャッチーな要素も取り入れた言葉の使い方は特筆すべきだろう。

 そして、こういったサウンドや歌詞などのスタッフワークに見事に応えられたのは、寺尾聰の器の大きさがあってこそ。ボーカリストとしては声を張り上げるわけでもなく、テクニカルなタイプでもないが、一度聴いたら忘れられない独特の声質と、ダブルを駆使したボーカル処理によって、他にはない独特の雰囲気を生み出した。そして忘れてはいけないのが、本作で全曲の作曲を寺尾聰自身が手掛けていることだ。おそらくジャズやヨーロピアンポップスに影響を受けたのだと思われるが、彼が書くメロディはアメリカ的な陽性ではなく、どことなく翳りがある。少しタイプは違うが、大貫妙子や加藤和彦のヨーロッパ志向と相通じるところもあり、その稀有な作曲センスが非日常的な都会派ポップスを生み出したのである。そして、卓越した歌詞やアレンジによって、唯一無二の世界観を具現化し、歴史的な成功に導いたのだ。

 テレビの歌番組での露出や、俳優としての知名度、そして「ルビーの指環」の大ヒット効果もあって、寺尾聰の音楽に歌謡曲という印象を持っている方は多いだろう。しかし、『Reflections』を聴いてみると、アーティスティックな才能を持ったシンガーソングライターが、隙のないスタッフワークのもとに作り出した極上のシティポップアルバムであることに気付かされるはずだ。ちなみに先述した大滝詠一の『A LONG VACATION』では、松本隆が歌詞を書き、井上鑑もミュージシャンのひとりとして参加している。さらに突っ込んで言及すると、井上鑑は大滝詠一に気に入られて、『NIAGARA SONG BOOK』(1982年)というインストゥルメンタル作品のアレンジを任されている。そう考えると『A LONG VACATION』と『Reflections』は表裏一体ともいえる。そして『Reflections』は、1981年という奇跡の年が生み出した名実ともにシティポップの頂点なのだ。

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