横浜銀蝿、ファイナルツアーへの思い 4人で叶える真の夢

横浜銀蝿、ファイナルツアーへの思い

40年の時を経て立ったNHKホールの舞台

ーーアルバムには各自のソロ曲も収録。昭和から生きている親父たちだからこその説得力、伝えられるメッセージがあると感じます。TAKUさんの「OYAZi ROCK」は、まさしく親から子に向けたメッセージソングです。

TAKU

TAKU:昔、嵐さんが「親父」という歌を出して、それは子である自分が親の背中を見ているという歌だった。戦争を体験して、多くを語らない親父の背中を見て、「俺もいつか!」みたいな。時代が変わって俺らがその年代になり、ちょうど息子が大学を卒業して巣立った時期だったのもあったし。娘もいるけど、息子はやっぱり少し違うじゃないですか、男同士みたいなところがあって、いろいろ思うところがあったんです。きっと俺と同じように思っている親父たちが、世の中にはいっぱいいるだろうなと思いながら書きました。初めて息子が喧嘩して泣かされて帰ってきた時も、いろんなことを思ったんだけど……。その息子も今では身長185センチ、体重も100キロ以上あって俺よりデカいんです(笑)。

ーーファンにも子を持つ親父は多いと思うので、きっとみんな泣いていますね。TAKUさんの声は甘さがあって、昔から変わっていない感じがしました。

TAKU:だいぶ変わったんですよ。正直、キーがだんだんきつくなって。DISC 2の「Drive On シャカリキカリキのRock’n Roll is 大好き」は、半音下げて歌っているんです。

ーーテンポも少し遅くなっていますよね。

Johnny:昔が速すぎだったんです(笑)。

TAKU:今、当時の曲を聴くとムチャだよなって思う。

Johnny:半ば意地になってやっていたところがあったよね(笑)。

ーー嵐さんの「おはよう」は日常感というか、当たり前の大切さを改めて実感させられます。

嵐:自分の生活の一部です。俺はこうやって生きているよって。曲を作ろうと思った時に、ほかのメンバーに負けたくなくて、ふと思ったのは、自分の生活の一部を切り取ったらどうかと。ほかのメンバーとは全然違う生き方をしているから、生々しいけど面白い曲になるんじゃないかと思って。

ーーにわとりの声で始まるという。

嵐:にわとりの声は、こいつ(TAKU)が勝手に入れたの。でも、すごく気に入ってるよ。

TAKU:嵐さんは俺の好きなようにやらせてくれるから、やりたい放題やりました。でもああいう「コケコッコー」なんて、今はどこでも聞けないよね(笑)。

ーーJohnnyさんの曲「蒼い夜に抱かれて」は、翔さんの作詞です。翔さんの歌詞をJohnnyさんが歌うのは、これが初めてだったそうですね。

Johnny:そうなんです。俺と翔くんは高校生の時からの同級生で、ずっとバンドやったりしてきて。俺が作曲で翔くんが作詞という共作曲もすごく多いんですけど、俺がソロで翔くんの歌詞を歌ったことは1回もなかったんですよ。だから、これが最後の機会だと思って、「翔くんちょっと書いてよ」って頼んだんです。『雨の湘南通り』みたいにグッとクる少しキザな、聴いてて恥ずかしくなっちゃうようなやつでいいから」って(笑)。

翔:Johnnyから聞いて、「そうだったっけ!?」って自分でもびっくりしました。いつもJohnnyの曲でもTAKUの曲でも作詞する時は、俺が歌うことを前提に書くんだけど、Johnnyとは付き合いが長いのもあってか、曲を聴くだけで情景と色が浮かぶんです。そこにJohnnyが歌うこともイメージしたら、どんどん筆が進んで本当にあっという間に書けました。

Johnny:まさしく「そうそうこんな感じ!」という歌詞でしたね。〈今でも俺は好きだぜ〉っていう歌詞があるんですけど、そこは恥ずかしがらずになり切って歌いました。

翔:考えてみてくださいよ。約35年現役を退いて63歳になった今のJohnnyが、往年の銀蝿ファンに「今でも俺は好きだぜ」って歌うんです。想像したら、俺も「キャーッ!」ってなっちゃって(笑)。作品としての完成度もあるけど、作詞の面白さってこういうところにもあるなと思いました。もっと早くからJohnnyが歌う曲の歌詞を、俺が書かせてもらっておけば良かったなって。それくらい作詞が楽しかった曲です。

ーーまた、「ツッパリHigh School Rock’n Roll(在宅自粛編)」と「逢いたくて 逢いたい」は、コロナ禍だからこそ生まれたもの。「ツッパリHigh School Rock’n Roll(在宅自粛編)」は、SNSで反響が大きくYouTubeで100万回再生を記録しました。

嵐:「ツッパリHigh School Rock’n Roll」は、「登校編」や「試験編」などいろんなパターンがあるから、それだけでアルバムが出せるんじゃないかと(笑)。

Johnny:すごく反響があって、そのおかげで初めてNHKに出られました。NHKは80年代当時、ラジオ番組に1回出ただけ。それが40年を経て今回、ネットで見た担当者が面白がってくれて、NHK『うたコン』に出させていただいたんです。

翔:NHKホールで歌えたのは、すごくうれしかったです。『紅白歌合戦』には出られなかったから、「ここが『紅白』をやっているNHKホールか~!」って感慨深かったです。

ーーそして「逢いたくて 逢いたい」は、このタイトルの二言だけで構成された歌なのに、実に様々な思いが伝わってきます。アルバム発売延期やツアー開催延期を受けて、制作された曲とのこと。

翔:最初は、「仲間と会えない時間はつまらない」という思いから始まって。ツアーが2回も3回も延期になって結局1年できなかったんだけど、その間にファンの子たちから「早く会いたい」というメッセージをすごくたくさんいただいて、「申し訳ないな」という思いも重なって。そんな矢先に医療従事者の友だちと話す機会があったんですけど、毎日人を助けることに精一杯で、親や友だちに会いたいとか考えなくなったと聞いて、そのことに、すごくショックを受けたんです。それって本当に異常なこと。それで、会いたい人に会いたいという、その気持ちを思い出させる歌を作りたいと思った。言わば応援歌です。そういう気持ちで歌詞を書こうとしたら、何時間もかかってすごく苦労したんだけど、結局ほかの言葉はいらない、1番ほしかった「逢いたくて 逢いたい」という言葉だけで歌を作るところに行き着いたんです。

嵐:最初の歌詞カードを見た時は、「舐めてんのか!」って思いました(笑)。それが楽曲として聴いたら、「こういうやり方だったんだ」って、びっくりして感動した。余計な言葉がない分、聴く人それぞれが会いたい人に重ねることができるから、すごくいいよね。

TAKU:この曲は、スタジオで翔さんが目の前で弾いて歌ってくれたんだけど、仮歌詞だと思ったんです。まだ歌詞が上がってないから、適当にメロディと雰囲気だけ伝えてくれているんだろうと。だからずっと、「いつ歌詞が付くんだろう?」と思っていて、完成したら「そういうことね!」って、後追いで知ったみたいな(笑)。

翔:好きなように聴いてくださいというのが、ここに込められた思い。久々に、自分の中から湧き出て作った曲です。

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