『One Man Tour “BOUNDARIES”』

キタニタツヤ、“境界”を越えてオーディエンスと交わした想い 東名阪ツアーファイナルレポ

 開演予定時間5分前、ライブ配信の画面には突然、自室のデスクに座るキタニタツヤの姿が映し出された。自身のYouTubeチャンネルで放送されている生配信番組『キタニタツヤを解放せよ』を彷彿とさせる演出で、普段通り陽気にツアーグッズを紹介するキタニ。現場ではなく配信での視聴を選んだリスナーをも充分に楽しませようとするサービス精神の旺盛さが垣間見えたが、数分後、その穏やかな表情は孤高の歌い手の顔へと変貌を遂げた。

 キタニタツヤの東名阪ツアー『One Man Tour “BOUNDARIES”』が、7月10日に渋谷TSUTAYA O-EASTにて終幕を迎えた。当日の模様はライブ配信も行われたが、モニター越しに見える会場のフロアはソーシャルディスタンシングを設けながらもすっかり満員となっていた。

 オープニング映像として、本公演のリハーサルの様子やツアー各所の模様、そして渋谷の街並みを俯瞰した映像が流される。まるで映画のような演出が印象的だったが、ライブ本編も生配信ならではの臨場感と映像作品のような完成度を兼ね備えていて、まるで実録映画を観ているようだった。

 1曲目は「逃走劇」。黒く塗られた爪をマイクスタンドに添わせたキタニは、陰影の強い照明の中、晴れやかな笑顔すら見せながら歌い始める。今回ツアーを共に巡ってきたバンドメンバーによる盤石のサウンドに身を委ね、微かに口角を上げながら歌う彼の様子からは、今日という日を迎えられたことへの心の底からの喜びが滲み出ていた。見事なカメラワークで映し出されるキタニ、そしてバンドメンバーの躍動する姿が、これから始まる日常からの“逃走劇”への期待を高める。

 2曲目の「ハイドアンドシーク」ではハンドマイクにチェンジ。妖しげな緑色の照明の中を泳ぐキタニは巻き舌を駆使し、時に瞳をきらきらと輝かせ、時に射るような眼差しでオーディエンスを捉え、そのフロントマンとしてのカリスマ性を遺憾なく発揮していた。キタニはパフォーマンススタイルを曲に合わせて目まぐるしく変化させる。ギターを持ち、リフを奏でながら力強く歌い上げたかと思いきや、次の曲ではハンドマイクを駆使して妖艶な所作と歌声を見せつける。ファルセットや伸びやかなロングトーンなど、その縦横無尽な表現力が多彩な楽曲の根底を成していることがひしひしと伝わってきて、すでに世間に周知されつつあるソングライターやトラックメイカーとしての才能をも凌駕するほどの、歌い手としてのスキルの高さに改めて圧倒された。

 なかでも、中盤で2曲続けて披露された「クラブ・アンリアリティ」と「悪魔の踊り方」は、今回のライブの山場のひとつと言って良いだろう。この好対照な2曲は、現在のキタニタツヤのライブを代表する表裏一体のアンセムだ。

 「クラブ・アンリアリティ」では虹色のレーザービームを発しながら回るミラーボールの下、コールアンドレスポンスができない代わりにリスナーから募ったコーラス音源を重ね、夢の中のような幸福感溢れる空間が作り出された。それはまるでコロナ禍以前のライブハウスの光景のようでもあり、コーラス中に唇に人差し指を当ててフロアに微笑みかけるキタニの表情からは包容力すら感じられる。

 一方で、「悪魔の踊り方」のイントロが始まった途端、キタニの一挙手一投足はまるでスイッチが切り替わったかのように豹変した。彼は首をうなだれ、挑発的な眼差しでフロアを見渡し、まるで何かに取りつかれたかのように髪を振り乱しながら歌う。バンドもこの楽曲特有の緊迫感を完璧に表現しており、舞台全体に充満した狂気のような雰囲気に息が詰まりそうになった。振れ幅の大きな自身の楽曲の世界観を、キタニはたった2曲だけで表現してみせたのだ。

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