P!NK、ツアードキュメンタリーが伝えるスター/母としての素顔 ファンと家族を笑顔にする姿を見つめて
あれは2012年夏、6枚目のアルバム『トゥルース・アバウト・ラヴ』のリリースを前にP!NKにインタビーした時のことだ。ちょうど1年前に娘ウィローを出産した彼女に「自分はどんな母親だと思いますか?」と訊ねると、ニヤリと笑って「I’m a fun mom!」と答えた。確かにこの人の旺盛なユーモアや飾らない豪快なキャラを考えれば、“楽しいママ”は想像するに難くなくて、子供はさぞ楽しいだろうと思ったものだ。
その後、2016年になって息子ジェムソンも誕生し、二児の母になったわけだが、他方で『トゥルース~』以降のスタジオアルバムは全て全米No.1を獲得しており、スーパースター業のほうも多忙を極めるばかり。ツアーの規模はどんどん大きくなって、今やスタジアム級の会場を一杯にするファンと、“楽しいママ”を必要とする子供たち、双方の全く異なるニーズに応えながら、どちらもハッピーにするというチャレンジと、彼女は向き合っている。そんなことは果たして可能なのだろうか?
映画『グレイテスト・ショーマン』で知られるオーストラリア人の映像作家、マイケル・グレイシーが監督した『P!NK: All I Know So Far』(Amazon Original Movie)は、言わばこの疑問に「イエス!」と答えているツアードキュメンタリーだ。それはもちろん容易ではないし、精神的・肉体的負担は途方もなく大きいーーという但し書き付きではあるものの、だからこそ、P!NKが得ている充足感をじわじわと伝える作品でもある。
ここで言うツアーとは、2018年3月に始まった『ビューティフル・トラウマ・ワールド・ツアー』のことを指す。監督は、ツアー会場の中でも観客動員数では最大級となる、2晩にわたるロンドンのウェンブリー・スタジアムでのソールドアウト公演(8万人収容)に向けてテンションを上げながら、家族ーー当時7歳のウィロー、2歳のジェムソン、元モトクロス選手の夫ケアリー・ハートーーを連れてヨーロッパを旅するP!NKをカメラで追い、彼女とのインタビューをふんだんに織り込んで本作を構成している。
まずは本ツアーの規模を説明しておく必要があるだろう。1年半の間に世界各地で敢行した公演数は約150回にのぼり、販売されたチケットの枚数は300万枚。4億ドル弱の収益はなんと歴代11位の数字で、上にはThe Rolling StonesやU2がいるのみというマンモスプロジェクトであった。また、精力的なツアーを通じてファンを増やしてきたところもあるP!NKの場合、ジャンルレスな音楽性にも匹敵する型破りなライブパフォーマンスが有名で、大掛かりな舞台セットやダンス、映像を駆使するといったスタンダードな演出に加え、ほかの誰も真似できない、サーカス並みの空中芸も見どころのひとつ。映画の中ではその誕生秘話を振り返っているシーンもあるが、彼女は、観客の頭上を飛びながら、もしくは宙返りをしながら歌うという驚異的な試みで、ファンを沸かせてきた。
そんなパフォーマンスを夜な夜なこなしていながら、P!NKはアーティストとしての自分と母親としての自分の間に、一切壁を設けていない。家族で街に繰り出して観光を楽しみ、サウンドチェックにも子供たちが一緒にやってきて、会場で自由に遊び回り、ライブが始まればステージ脇でケアリーと彼女の雄姿を眺めている。そしてステージを降りた瞬間、P!NKは“楽しいママ”に戻るのだ。ウェンブリーの大舞台をこなして8万人の喝采を浴びた直後に、余韻に浸る間もなく息子のワガママに付き合うのだから、そのギャップは鮮烈だ。要するに、彼女がいる場所全てが仕事場であり、同時に我が家でもあり、広い意味でファンもスタッフもバンドもみんな家族なのである。そういうスタンスには当然いい面もあれば悪い面もあるわけだが、P!NKにしてみればそれが、母親業とアーティスト業を両立させ、母親としてもアーティストとしてもパーフェクトであることを目指す、唯一のアプローチということなのだろう。
彼女は同時に、その“家族”というテーマについて様々なアングルから、とことん率直に語っている。自分と両親の複雑な親子関係、それを踏まえて抱いていた母親になることへの不安感、子育て観……といった具合に。そして、常にフィルターなどなく、自分の内面を覗き込んで曲を綴ってきたソングライターの目を子供たちにも向け、幼いふたりを対等な人間と見做して、それぞれのパーソナリティを深く分析している。そこには愛情だけでなく敬意に近い想いも感じ取れるし、同時にケアリーとの関係にも、本作は改めてスポットライトを当てている。
ファンにとってもケアリーはお馴染みの存在で、2001年に交際を始めてから、P!NKのソングライティングに数多の題材を提供。ふたりの関係のアップダウンは曲を通じて赤裸々にさらされ、ケアリーは時に妻に罵倒されたり、ジョークのネタにされたりもしてきた。映画ではそんな彼が、子供の面倒を甲斐甲斐しく見ながら、終始控えめに妻に寄り添う姿が一種の安心感と安定感を与えており、「夫は私を自分自身から守ってくれる砦」というP!NKの言葉があまりにもよく似合う。まさに内助の功、偉大なアーティストの影にも素晴らしいパートナーがいるのである。