『Save Your Life ~AYAKA HIRAHARA All Time Live Best~』インタビュー
平原綾香、“自分らしい歌”を更新し続けてきた軌跡 「人生の勉強は全部ステージの上だった」
平原綾香の新作『Save Your Life 〜AYAKA HIRAHARA All Time Live Best〜』は、2013年〜2019年のライブ音源を厳選し、全43曲(初回限定盤はボーナストラック2曲含む全45曲)、CD3枚組にまとめた“オールタイム・ライブベストアルバム”だ。デビュー曲「Jupiter」、トリノオリンピックNHK放送テーマソング「誓い」、ドラマ『風のガーデン』主題歌「ノクターン」(フジテレビ系)、NHK連続テレビ小説『おひさま』主題歌「おひさま 〜大切なあなたへ」といった代表曲ほか、ジャズ、ミュージカルの名曲カバーなども収録。卓越したライブパフォーマンスを通し、彼女のキャリアを追体験できる作品に仕上がっている。(森朋之)
「やっぱりコンサートはいいな」と思ってもらえるアルバム
ーー『Save Your Life 〜AYAKA HIRAHARA All Time Live Best〜』は2013年から2019年までのライブ音源をコンパイルした作品ですが、このアルバムはコロナ禍になる前に企画されたそうですね。
平原綾香(以下、平原):そうなんですが、結果的には「今しかない」というタイミングでリリースすることができました。今年はツアーを回らせていただきますが、去年はコンサートツアーがすべて中止・延期になってしまい、どうしても延期ではなく、中止にせざるを得ない公演もありました。残念がっているファンの方もたくさんいらして、皆さんにぜひこのアルバムを手に取っていただいて、ライブに来ているような気持ちになってほしいなと。
ーーライブの臨場感に溢れた作品ですからね。MCやお客さんの声も入っていたり。平原:今回の作品には5人のエンジニアの方に携わっていただいたんですが、曲によっては、“ライブミックス”をやってもらったんです。普段のライブと同じように、音源を聴きながらその場でミックスするという方法を取り入れたことで、より臨場感が増したのかもしれないですね。「やっぱりコンサートはいいな」と思ってもらえるアルバムになったと思います。
ーーCD3枚組、43曲というボリュームなので、たっぷりライブの雰囲気を堪能できますね。
平原:少しずつコンサートができるようになったとはいえ、「行きたくても行けない」という方もいらっしゃるだろうし、長い時間をかけて楽しめる作品にしたかったんです。こんなに曲数が多くなるとは思ってなかったのですが(笑)、お客さんの反応が良かった曲、たくさんの方に聴いてもらえた曲などを中心に、スタッフの皆さんに選んでもらって。私としては「この音源はちょっと......」というものもありましたが、みんながいいと言うなら、それでいいかなって。
ーーライブの表現も変化しているだろうし、本人としては思うところがいろいろありますよね。
平原:ライブの音源って、「どうしてこういう歌い方になったんだろう?」というものも結構あるんです。そのときの状況によって変わるというか、例えば踊ったり走ったりしながら歌っていると、普段とは違う場所でブレスしていたり。「この曲、どうしてこんなに荒々しく歌ってるのかな?」と思ったら、「あ、そうだ。このとき、ミュージシャンと目を合わせて歌ったからだ」とか(笑)。ただ、以前から「CDよりもライブのほうがいい」と言ってもらえることも多いので、そういう声に背中を押されたところもありますね。
ーー以前はモニター環境の違いによって、ライブのクオリティが安定しないことに悩んでいた時期もあったとか。
平原:そうなんです。ライブはとても好きですが、会場の響きや環境によって音が変わるのは当たり前で、どんなにスタッフと頑張っても難しいことはあります。サックスの場合、口と楽器が触れているから、音の振動で何を吹いているかが分かって、何とかなることもあるんですが、歌の場合は、自分の声が想像しているように聴こえないとしっくりこなくて……。その状態から脱するきっかけは、母の言葉だったんです。あるとき「1ミリでも声が聞こえたら、歌えるよ。大丈夫」と言われて、「その通りだな」とハッとしたんです。それ以来「どんな環境でも絶対に歌う」と思えるようになったし、最高な音を作って皆さんに聴いてだけるようにみんなで努力して、上手くいかないことがあっても、そこまで落ち込まなくなったんですよね。みんなで最善を尽くした結果だし、それが今の自分なんだからって受け止められるようになったというか。大人になるって、そういうことかな(笑)。
ーー自分で受け止める覚悟ができたことで、歌手として成長できた。やはりステージで得るものは大きいですね。
平原:そう思います。青春をすべて歌にかけてきたし、人生の勉強も全部ステージの上だったので。そのせいか、20代の頃はよく「世間知らず」と言われてました(笑)。音楽一家に育ったので、音楽のことは人よりも知っていたかもしれないけど、人生のことは全然だったので。例えば誰かとお付き合いしたり、失恋して傷ついたり、そういう機会が本当になかったんですよ。作詞家の松井五郎さんに「ズタズタに傷ついた綾香ちゃんに向けて歌詞を書いてみたい。きっといい作品になるよ」と言われたこともあるんですけど、「そんなのイヤです! 幸せでいたいです!」って言いました(笑)。
「Jupiter」は何度歌っても心が喜ぶ楽曲
ーー代表曲・ヒット曲を通して平原さんのキャリアを体感できるのも、このアルバムの魅力だと思います。まずは「Jupiter」(Disc1収録)。2003年のデビュー以来、ステージでも数えきれないほど歌ってきた楽曲ですが、現在の平原さんにとってはどんな存在ですか?
平原:確かに一番多く歌ってきた曲なんですが、すごく希望が持てるのは、まだ「完成した」と思えないことで。1年前に歌った「Jupiter」を聴くと「若いな。今だったら、こういう歌い方はしない」と思うし、自分に満足できていないことこそが救いだなって。デビュー当時は、1週間前の音源でも「若いな」なんて思ってたんです(笑)。それくらい急速にいろんなものを吸収して、自分なりのスキルもどんどん身に付けていたんだろうなって。さすがに今はそんな感覚も減ってきましたが、それでも納得できたことは一度もなくて。だからこそ成長できるんだと思うし、何よりも「Jupiter」はいつ歌っても、何度歌っても自分の心が喜ぶ楽曲なんですよね。たまに「飽きないですか?」って言われますけど(笑)、全然飽きないし、大好きな曲です。
ーーアレンジを変えてヒット曲を歌うアーティストもいらっしゃいますけどね。
平原:私って、自分が好きなアーティストにも、「できればCD通りに歌ってほしいな」と思っちゃうんですよ(笑)。そういうファン心理も自分のなかにあるので、「みんなもきっと、そこまで変えないで歌ってほしいだろうな」と思うんです。テレビ番組などで歌わせてもらうと、SNSなどで「また『Jupiter』?」なんて言われたりもするけれど、私自身もこの曲に救われているので、感謝していて。求められるのであれば、喜んで歌いたいです。年齢を重ねて声も少しずつ変わってきて。幹が太くなって、枝が増えている感覚もあるし、常にその時のベストを突き詰めている感覚なんですよ。今は“37歳の「Jupiter」”をしっかり歌いたいし、皆さんにもぜひ聴いてほしいです。
ーーアルバムにはレジェンド級のミュージシャンとの共演による貴重な音源も。チック・コリアさんとのセッションが実現した「アランフェス協奏曲〜Spain」(Disc1)のパフォーマンス、本当に素晴らしいですね。平原:あのときは私もビックリしました。目を開けるとチックさんがいて、私を見てくれていて……夢の世界にいるようでしたね。実は今年も一緒にコラボさせていただく予定だったのですが、チックさんが天国に行ってしまって。彼は最後に、「世界はより多くのアーティストを必要としている」「(共演したミュージシャンの)皆さんから学び、皆さんと一緒に演奏できたことは幸せであり、名誉なことでした」という言葉を残されて。コロナ禍で思うように活動ができない状況のなか、大事なことを改めて教わりましたし、涙が出ましたね。
ーーDisc2の1曲目は「JOYFUL, JOYFUL (Live Tour 2018 Ver.)」。高校の頃から歌っていて、デビューのきっかけになった曲ですね。
平原:ライブでもすごく盛り上がるし、この曲の力に頼っているところもありますね。いろんな要素を集めた大曲なんですよ、実は。ベートーベンの「第九」から始まって、R&B、ゴスペル、レゲエっぽいテイストもあって、私がやりたい音楽を1曲で体現しているから大好きですね。
ーーこのアルバム全体に言えることですが、平原さんの音楽は本当にジャンルレスですよね。クラシック、ジャズ、R&Bをはじめ、様々な音楽がハイブリッドされていて。
平原:以前はそれが悩みだったんです。もう少しジャンルを決めたほうがいいのかなとか、わかりづらいかなと思ってこともあったけど、今となっては「これでよかった」と思ってます。いろんな音楽が好きなのは、やはり父(サックス奏者の平原まこと)の影響でしょうね。父はスタジオミュージシャンで、ジャズでも演歌でも何でも演奏するので、家でもいろんなジャンルの音楽を聴いていました。私、ラヴェルの「ボレロ」をポップスだと思ってたんですよ(笑)。ロックやヘヴィメタルもカッコいいし、「いいものはいい」という感じですね。
ーージャンルが広がることで、シンガーとしての表現力も深まりそうですよね。
平原:それも母の言葉のおかげなんです。以前、「この曲は自分らしくないかな」と悩んでいたことがあったんですけど、「どんな曲でも、自分の歌にすればいいじゃない」と言ってくれて。あの経験がなかったら、今の自分はなかったかもしれないです。