映画『街の上で』『愛がなんだ』、今泉力哉監督による“歌”に込められた想い
前ページでも触れた“未練や執着”と言えば2019年公開の『愛がなんだ』だ。角田光代による同名小説が原作で、主人公・山田テルコ(岸井ゆきの)が、田中マモル(成田凌)に一方通行の恋をする映画である。テルコは都合のいい女として扱われてしまうが本人を周囲の目を気にせず、全てをマモルへと捧いでゆく。その様子は滑稽で恐ろしく映るかもしれないが、一方で自らの経験を重ねながら強烈な痛みとともに鑑賞する人もいる。主人公の友人にあたる坂本葉子(深川麻衣)と仲原青(若葉竜也)の関係性も含め、様々な切り口で語り合いたくなる恋愛描写で多くの人を魅了した作品だ。
この作品における登場人物の歌は映画の中盤に突然現れる。劇中、マモルが恋をする相手として登場する塚越すみれ(江口のりこ)との食事会の後だ。すみれをマモルから紹介されたモヤモヤを募らせたままテルコが「塚越すみれ……つか……誰だよ」と一人で呟いた後、すみれへの辛辣なディスをフリースタイルラップに乗せ始める。これまでの映画のトーンからはかなりズレており、ともすれば笑いを生むようなシーンだが、相手にされないどころか別の女を当てつけのように紹介された怒りが放出されるダークな場面でもある。不安定でありつつも部分的に固い韻を強く踏みしめるテルコの表情は苦しげだ。
そのリリックにある〈たばこ吸いすぎ真っ黒な肺と悪い肝臓〉などは何となく察することは出来るが〈下着よれよれ 内臓荒れ荒れ〉や〈上司との不倫もバレバレ なのにほっとかれ 植物買ってもすぐに枯れ ベランダにはその残骸が哀れ〉などはテルコの偏見でしかない。そして最後に「ざまあみろ!」と叫んだ後、その望みの無さや立ち行かなさに直面するようなシーンも用意されている。モノローグに頼ることなく、テルコの行き場の無い憤りとその先に待つ虚無感を表現した見事な“歌”の演出だ。
『愛がなんだ』に加えられた原作にはないラップは『街の上で』の「チーズケーキの唄」同様、今泉監督自身が綴ったものだ。人と人のやりとりを中心とする今泉映画において、これらの歌は誰かに投げかけられたものではない数少ない“独り言”だ。歌はスクリーンを越えて、鑑賞者だけにこっそりと届けられる秘密の感情であり、映画と深く繋がったような心地になれる。監督自身が作品に込めた想いと登場人物の感情が混ざり合ったこれらの歌たち。今後の作品においても注目すべきポイントだろう。
■月の人
福岡在住の医療関係者。1994年の早生まれ。ポップカルチャーの摂取とその感想の熱弁が生き甲斐。noteを中心にライブレポートや作品レビューを書き連ねている。
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■公開情報
『街の上で』
新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋⾕ほかにて公開中
出演:若葉竜也、穂志もえか、古川琴音、萩原みのり、中田青渚、成田凌(友情出演)ほか
監督:今泉力哉
脚本:今泉力哉 、大橋裕之
音楽:入江陽
主題歌:ラッキーオールドサン「街の人」(NEW FOLK / Mastard Records)
配給:『街の上で』フィルムパートナーズ
配給協力:SPOTTED PRODUCTIONS
(c)『街の上で』フィルムパートナーズ
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