Awesome City Club 揺らぎ続けて、揺らいだまま開花した6年の軌跡
宣伝の視点では、映画は二種類に分かれる。日本映画と外国映画じゃない。実写映画とアニメーション映画でもない。TVスポットを打つ映画とTVスポットを打たない映画だ。1月29日に公開された『花束みたいな恋をした』はインディペンデント系の配給作品で、当初はそこまで大きな公開規模を想定していた作品ではなかったが(緊急事態宣言下で劇場は慢性的な作品不足に陥っていて、結果的に公開規模が広がった)、公開規模的にギリギリその前者の「TVスポットを打つ映画」だった。
Awesome City Clubにとってキャリア最大のヒットとなった「勿忘」について語る時に重要なのは、この曲が『花束みたいな恋をした』の主題歌ではないことだ。「勿忘」は公式には「インスパイアソング」とされているが、宣伝においては外国映画でよくある、いわゆる「イメージソング」としての役割を果たした。一般的に、そのような劇中で使用されていない曲を「イメージソング」と採用するのは、TVスポットを打つ際に視聴者に曲と一緒に映画をより効果的に印象付けるためだとされていて、映画ファンからはあまり歓迎されないことが多い。しかし、結果的にこれまでにない露出量と、これまでとは異なる露出先を得た「勿忘」は、『花束みたいな恋をした』の大ヒットを追い風とするだけでなく、もはやそこからも独り歩きして、2021年のファースト・クォーターを代表するヒットソングの一つとなった。
そのことが意味するのは、数年前からAwesome City Clubがずっと「ネクスト・ブレイク」のポジションにつけていて、つまりは何かの「きっかけ」を必要としていて、それが今回ようやく巡ってきたということなのだろう(まあ、実際それが一番難しいことなのだが)。2015年に5人編成のバンドとしてデビュー、現在の3人の編成になったのは2019年だが、atagiとPORINの掛け合いボーカルによる擬似的なカップル・ソングという「勿忘」でもみられるAwesome City Clubならではの一つの“型”は、2016年に発表した「今夜だけ間違いじゃないことにしてあげる」の時点で、すでに驚くほどのキャッチーさを持った強度のあるポップソングとして結実していた。しかし、今回の「勿忘」で彼らのことを初めて認知した若いリスナーが多いことが証明しているように、彼らの音楽的なポテンシャルは、「東京インディー」や(同時代の)「シティポップ」といった言葉で括ることも可能な、熱心な音楽ファンのコミュニティの外側に大きく広がっていたということだろう。
デビュー時からメロディメイカーとしてのセンスは突出していたが、作品によってはコンセプトを優先するあまりバンドとして試行錯誤しているようにも見受けられたAwesome City Club。そこからバンドとしての一体感や高揚感に向かっていた時期を経て、これまでのレトロフューチャー的なバンドサウンドも部分的には残しつつ、よりコンテンポラリーなポップユニットとしての焦点が定まったのが前作『Grow apart』だった。
今年2月にリリースされた最新アルバム『Grower』は、永井聖一、Curly Giraffeを筆頭に初めて組む数々のアレンジャーやプロデューサーも多く迎えながらも、これまでで最も統一感のあるポップアルバムとなった。よりパーソナルで親密な感触をもった作品となったのは、コロナ禍の制作環境も影響しているのかもしれないが、決して歌い上げるわけでもない、サウンドがソウルに寄ってもソウルフルになるわけでもない、ある種の「揺らぎ」を体現し続けてきたatagiとPORINのボーカリストとしての成熟も大きく寄与しているのではないか。本作での二人の歌声は「揺らぎ続けたままの安定感」という、日本のポップミュージック史においても他にあまり例が思い当たらない、オリジナルな魅力を確立することに成功している。
2015年から2020年の東京を舞台にした『花束みたいな恋をした』でもメタストーリーとして描かれているように、Awesome City Clubがデビューしたのは2015年。劇中ではファミレスの店員としてPORINが出演しているだけではなく、2018年のシーンではバンドとしてもライブを披露しているが、Awesome City Clubのこれまでの歩みを知っている人にとって、それらのシーンはより感慨深いものとして映ったことだろう。『花束みたいな恋をした』の主人公、麦と絹の気持ちが途中から揺らぎ続けてきたように、Awesome City Clubはバンド内部のイニシアティブにおいても、そのメンバー編成においても、揺らぎ続けてきたバンドだった。
ここまで記してきたように、Awesome City Clubの「勿忘」でのブレイクは、大ヒットした『花束みたいな恋をした』の副産物というだけでなく、様々な要因が重なった一つの必然でもあったわけだが、バンドを一つの恋愛にたとえるなら、Awesome City Clubの想いはひとまずここで「成就」したわけだ。きっと、彼らの音楽はこれからも揺らぎ続けるだろう。しかし、「誰もが知っているヒット曲」という最強の武器を手にしたことで、これからはまったく新しいフェーズに入ることになる。