「PIECE」インタビュー
TENDRE、“個の表現”と向き合ってきた軌跡 「音楽で大事なのは何かに気づける場面を作ること」
河原太朗のソロプロジェクト、TENDREがデジタルシングル「PIECE」でメジャーデビューする。ベースやサックス、鍵盤をはじめ様々な楽器を自ら奏でるマルチプレイヤーとしての顔を持ち、楽曲の端々に洗練されたトリートメント力を感じさせるメロウかつグルービーな音楽像を提示してきた彼が、今このタイミングで音と言葉を編みながら体現したいこととは何か。これまでの活動の軌跡を振り返りながら、じっくり話を聞いた。(三宅正一)
「シーンで自分だけ上昇すればいいわけではない」
ーー今の時代、メジャーデビュー云々で語るべきことってそんなにないし、メジャーだろうがインディーだろうが誰とどのような信頼するチームを作れるかということが重要だと思うんですね。きっと太朗くん自身もそのことをよく理解しているはずで、その上でメジャーデビューするのはどういう感覚なのか、というところから聞かせてもらえたら。
河原太朗(以下、河原):ここまで活動してきた中で、周りにいるアーティストがメジャーに行く姿だったり、いろんな現場でメジャーの空気感をなんとなくわかってきた部分はあって。あと、インタビューやコメントで「メジャーとインディーの垣根なんてない時代じゃないですか」という定型文はよく使われているし、実際にそう思うんだけど、いざ自分のこととして考えてみると、なんだかんだでこみ上げてくるものはあって。だけど、それを音楽に変換する必要はなくて、あくまで自分の心情における面白いポイントになっているというか......。なかなか上手く言えないですけど(笑)。
ーー自分の音楽人生の一つのトピックとして面白いみたいな?
河原:そうそう。「マジか、俺が!?」みたいな(笑)。とはいえシビアな現実も知ってるから、トピックに感化されすぎず自分らしい表現をどう残していくかを考えたときに、表現性を変えたり奇をてらうつもりは一切なくて。今の自分は、日本の音楽シーンにおいてどういう貢献ができるか考えたり、自分だけ上昇すればいいわけではないってすごく思っているから。そういう意味ではメジャーデビューも、いいきっかけが生まれた嬉しさを噛み締めているような感じかな。
ーーこの「PIECE」という曲を聴いても、まず「自分の音楽性における真ん中とは何か」と向き合っているなと思った。メジャーだから派手な曲を一発目にもってくるとか、そういうことじゃなく。
河原:そうじゃないですね。いきなりBPMが50上がったりとかね(笑)。過去には、メジャーデビューするから派手な曲を作るという拍車のかけ方をする時代があったと思うし、今もあるのかもしれないけど、これはそういう曲じゃないですね。
ーー原点に踵を返す質問をすると、音楽人生のビジョンというか、こういうふうに音楽と生きていけたらいいなというイメージはあったんですか?
河原:何も考えなければプロデューサー志望だったんだと思う。けど、それじゃあ面白くないと思ったからバンドも組んだし、TENDREを始動したんだと思うんですよ。昔から目立ちたがり屋のシャイみたいな性格はずっと変わってなくて(笑)。
ーー中央に立ちたいんだけど、いざ立つと照れるみたいな?
河原:そう。目立ちたいという気持ちを表に出せるようになった場所が下北沢GARAGE(河原のホームグラウンドのライブハウス)なんですよね。それこそ、当時の店長だった出口(和宏)さんを中心にどんなやつでも面白ければステージに立てるような環境がGARAGEにはあって。そこで「そうか、俺もこういう場所で面白いことができるかもしれない」って汲み取った部分があったからこそ今があると思います。それがなければプロデューサーになって、いろんな人の音を作って、いいメシを食ってみたいな人生だったかもしれない(笑)。
ーーその画も全然想像できるからね(笑)。作家事務所に入って、そのあとプロデューサーとして独立するとか。
河原:一度そういう作家事務所を紹介してもらったこともあったんですけど、そこで自分が楽しくやってるビジョンが見えなかったし、目立ちたがり屋のシャイな部分が発揮されたんですよね。結局、表に立ちたいし、人前に出ることが好きなんだなという気づきがあったので。曲を作って人前で披露して歌いたいという願望はずっとあったから。でも、20代前半はその部分が曖昧だったから、とりあえずバンドをやったりサポートも含めていろんなことができている反面、自分は何がしたいのかわからない時間がありましたね。
ーーその時間が決して短くはなかった。
河原:そう。音楽で生涯を終えたいという気持ちに変わりはないんだけど、それまでの道筋がわからなかった。もちろん、わからないなりに楽しい場面はいくつもあったんですけど。過去を否定するつもりは一切ないけど、フワフワしていた時期はあったなって。
「誰かと出会って磨けるものもきっとある」
ーー太朗くんは人のサポートをしてその人が喜ぶ姿を見るのも好きじゃないですか。それもあるよね。
河原:そうそうそう。でも、自分がチヤホヤされたい気持ちもある、みたいな(笑)。あと最近思うんですけど、こんなに音楽ジャンルの垣根なくいろんな人と仲よくできるのはすごく幸せだなって。メジャーという場所に来たからこそ、そういう輪をもっと大きく広げていけたらいいなって。
ーー国内のみならず海外アーティストとも交歓できるだろうからね。太朗くんはベニー・シングスとのコラボレーション経験もありますけど。
河原:今の時代、海外進出という言葉自体が形骸化してると思うし、これから生まれるつながりもきっといくらでもあるだろうから。俺はもともとコミュニケーションが上手なほうではないと思っていて、即座に友達を100人作るスタンスではないというか。でも、何か意思疎通がとれる瞬間があればそれを引っ張ってみたくなる欲があって。その瞬間を探すのが好きなんですよね。ベニーとのコラボレーションもいいタイミングで機会をいただいて生まれたものだったけど、そこで彼の音楽を作るスタンスを聴けたのは新鮮で、シンパシーを覚える点もいっぱいあったから。
ーーFKJやジェイコブ・コリアーと話したってそうかもしれないし。
河原:たぶんそうだと思うんですよね。そういう意味でも会ってみたいと思う人がいっぱいいるからこそ、もっと自分でクリエイションを広げていきたいと思う。才能を磨くことは常にやってるけど、誰かと出会って磨けるものもきっとあるから。そのきっかけを自分自身で見つけていきたいし、なんだったらそれを周りに振りまいていける人になれたらいいなって。そうやってみんなの音楽作りが楽しくなるなら、それが一番いいですからね。海の向こうにいる人と普通に肩を組むために何ができるかを考えたときに、ユニバーサルと組んだらそれができるかもしれないと思ったのは大きいかも。
ーー自分がチームの顔であり、チームを牽引するんだという意識もこれまで以上に生まれてるんじゃないですか?
河原:そうですね。<Rally Label>ボスの近越(文紀)さんと、今横にいるマネージャーの岡見(里彩)と、これまで3人という少人数で動いてる中で意思疎通する時間がすごくよかったんですよね。ボスは少年のような人で、野心を燃やしてるところもあるし、それを優しく見守ってくれている岡見がいてくれることも大きい。だから、チームを引っ張っていかないといけないというよりは、“引っ張っちゃいたい”みたいな感じかな。それで2人の人生がより楽しくなるんだったらそうしてあげたいだけというか。
ーー改めて、2017年にTENDREとしてソロを始動してからは、太朗くんが「いかに音楽家として主体性を持つか」ということに向き合ってきた時間だったと思うんですね。それまではサポート仕事も含めて、誰かの音楽を支えてあげるイメージが強かったと思うけど。
河原:そうなんですよね。そうすることしかできなかったというか、自分の表現がわからなかったのかもしれないです。Yogee New Wavesのギタリストであるボン(竹村郁哉)と吉岡鉱希というドラマーの3人で、もともとampelというバンドをやっていて。バンドをやっているときは自分が表現すべき言葉というものをあまりよくわかってなかったし、いい音像は作れるんだけど、「結局、俺は何が言いたいんだろう?」という感覚がずっとあった。そのあたりが不確定だったからこその甘酸っぱさがあったんですよね。よくも悪くも大衆に対して、何かメッセージを発するようなバンドではないから。
ーー“音にナチュラルに寄り添う言葉であればいい”ということを重視していたのかなと。
河原:そう、リズム感のいい言葉とかね。20代前半の頃は、辞書を引いて見覚えのない言葉を歌詞にあてがってみるのが好きでしたし。正直それくらいしか考えてなかったんだけど、今やTENDREを始めて4年目になるんですね。それから「自分が表現したいことは何か」と向き合うようになって......TENDREとして最初にリリースした「DRAMA」という曲があるんですけど、あの曲はバンド時代から存在していたんだけど、完成形に落とし込めない状況が続いていて。でも、バンドとして考えるより個として考えるほうがスムーズに答えが出たんですよね。当時、20代後半の男が人生を唱えるわけではなく、あくまで個人としてこういうふうに生きていけたらいいという姿勢を曲で提示できたから、自分の言葉がなんなのか考えられるようになったし、周りのアーティストがどういうリリックを書いていたのか理解できるようにもなった。「こいつはこういう気持ちで音楽をやっていたんだ」って。その感覚を掴めてからは、自分のマインドを拡張することをTENDREとしてやってこれたのかなって思う。いや、拡張というか、いい意味での開き直りなのかもしれない。