『FLASH』インタビュー

FINLANDS 塩入冬湖が歌う、人間の本質への愛おしさ 窮屈な時代にこそ必要な“心のお守り”

 FINLANDSが塩入冬湖の一人体制になってから、初めてのフルアルバム『FLASH』が完成した。代名詞と言える鋭いロックは健在ながら、全体的に丁寧に聴かせる歌と、メロウで自由度を増したアレンジがまず新鮮だ。そして何より、塩入の持ち味とも言える、人間と世の中に対する“新しい視点の提示”が作品のテーマとして通底している。きっと多くの人々にとっての気づきとなり、心のわだかまりを解きほぐすきっかけになるに違いない今作。塩入自身の発言にもある通り、2020年代という困難な時代を生き抜く“お守り”になりうるアルバムかもしれない。大きく間口を広げた『FLASH』について、塩入冬湖にインタビューを行った。(編集部)

FINLANDS 3rd Full Album「FLASH」ALL TRACKS

アルバムの焦点は「閃きと繰り返し」

ーー昨年にソロ名義で『程』をリリースしてから、どのような想いでFINLANDSのアルバムに向かっていったんですか。

塩入冬湖(以下、塩入):アルバム自体は2019年から作り続けていて、去年の4月にレコーディングして夏にはリリースをする予定だったんです。FINLANDSとしても新しい形態になったので、最初にやりたいと思ったことをフルアルバムとして作り上げたかったんですけど、そこから2年もかかったので気持ちが変わっていったんですよね。

ーーまず、最初にやりたかったことというのは?

塩入:FINLANDSってもう9年くらい活動していて、やりたいことをずっと好きにやってきたからこそ、はたから見るとよくわからない活動の仕方で進んできたと思うんですよね。テンプレートに当てはまった活動ではなかったから、私は満足していましたし、ふらっとライブを観たい時にすぐ行けるライブハウスでライブを重ねてきたことや、今まで憧れていたパンクやハードコアのシーンの中に、ギターロックをやっているバンドとして踏み込んで行ける状況にすごく喜びを感じていたんです。けど、そうやっていろんなものを与えてくれたシーンに対して何も還元できることがなく、ただ馬鹿みたいに楽しんでいるというのは、私が求めているものではないなと気づいて。だったら、きちんと新しいステージに行って新しいものを得て、それをシーンに還元していけるバンドになりたいなと思ったんです。それがアルバムを作り始めた当初の気持ちとして強かったんですけど、平たく言えば、大衆にちゃんと聴かれる音楽でありたいなっていうことだったんですよね。

ーーFINLANDSの登場自体がライブハウスへの刺激になっていましたし、それがシーンの活性化につながるとも解釈できるわけですけど、それだけでは満足できなかったと。

塩入:はい、満足していなかったと思いますね。そもそもどんな状況であっても、現状に満足し切ることってないんじゃないかと思いますし、お金を稼げるようになったらそれ以上進化しなくていいとか、そういう話ではないじゃないですか。やっぱりその先を見たい。一つひとつ叶えていきたい目標はあれど、ゴールはないのがバンドかなと思うので、満足しなかったのは自然なことかなと思います。

ーー大衆に聴かれることを意識した時に、曲作りにはどんな影響が出たんでしょう?

塩入:まず、大衆に聴かれたいというのは、消費されたいっていう意味では一切なくて。今までFINLANDSって、音楽がすごく好きで、ライブを観に行くことが日常のルーティンにある人たちが、音楽を探していく中で出会ってくれていたと思うんです。それは理解をしていたつもりですし、自分も手が届くシーンの人たちに届けたい気持ちだったので、聴かれやすさとかわかりやすさってあまり考えたことがなかったんですね。でも今回のアルバムには、普通にコンビニで流れていたり、偶然つけたラジオで流れていたりとか、普段は音楽を聴かないけど、たまたまそういうところで耳にした人の頭に、少しでもいい形で響けばいいなっていう気持ちがあったんです。

ーーFINLANDSと聴き手が出会う入り口を増やすというか。

塩入:そうですね。扉を開けて辿り着いて、それで大好きか大嫌いかになってもらうんじゃなくて、自分たちの方から扉を開いてみて、間口を広げたものを作りたかったんですよね。そのためにどうしたらいいんだろうって考えた時に......今まではすごくパーソナルなことをFINLANDSは歌ってきたと思うんですけど、パーソナルな部分って、極端にいうと自分にしか理解できないことを歌っているからこそ、局所局所で聴いた人は当然理解できないわけで。日本語で聴いた時にもっととっかかりがあって、少しでもハッとできる部分があればいいなということを意識して作りました。

ーーテーマとしては、普遍性みたいなものから広げていったんでしょうか。

塩入:いや、そういう感じではなくて。制作の中盤あたりから気づいたことなんですけど、今回のアルバムに対して「閃きと繰り返し」というテーマが一つあったんですよね。先ほどもお話したように、パーソナルな部分ではなく、自分や自分以外のこともすごく俯瞰して書いた曲たちなので、裏を返せば、自分の持っていたルールや縛りみたいなものを正そうとしてきた何年かだったんだと思うんですよ。私って、きっとそういう行動をずっと繰り返しているんだなって気づいたんですけど、たぶんそれって私だけじゃないなって思うこともいっぱいあって。結局人間って全部が繰り返しで、知恵を重ねて過去を上塗りして、今の文化を作り上げてきた側面がかなりあると思うんですよね。それが「閃きと繰り返し」に焦点を当てたきっかけでした。

「人間の本質を信じているから怯える必要はない」

ーーなるほど。具体的には人間のどんな「閃きと繰り返し」に着目していったんでしょうか。

塩入:「Stranger」を作った時に思ったんですけど、花束とか指輪とか夜景とか、綺麗なものを好きな人にプレゼントする文化があるじゃないですか。私、その理由がよくわからなくて。婚約指輪とかも「大きいダイヤがついていて素晴らしいものなんだ」って言われても、「いや、あんなに大きい石がついてたら生活で不便でしょ」みたいに思っていたんです。でも、ある映画で、小さい女の子がお花を摘んで「綺麗だからあげる」と言っているシーンを見た時に、「そういうことか!」と思って腑に落ちまして。「綺麗だからあげたい」っていうただそれだけの真理の積み重ねで、いろんな形を経て、今はこんなに大きな何カラットのダイヤに辿り着いたのかと思ったら、人間ってやっていることがずっと変わらないんだなということに気づいたんですよね。同じことの繰り返しで形をカスタマイズしていった結果として、2020年代の今があるんだなと思ったら、馬鹿馬鹿しいくらいに安心しました。

ーー「Stranger」で〈喜んで失ってあげる/わたし失う事が得意なんだから〉と歌われていますけど、それも繰り返しの話に関連しているんでしょうか?

塩入:そうですね。人間の本質として、失うことがめちゃくちゃ得意だなと感じていて。3年前、『BI』を制作した時に大きな失恋をして、もう本当に立ち直れないかもしれないなと思うくらい、落ち込んだし体調も悪くなったんですけど、結局、今の私は立ち直れているんですよね。今後何か悲しいことが起きたとしても、「あの時乗り越えたこと」をテンプレートに当てはめて、また乗り越えられる気がするんです。全然違う種類の出来事でも、またどうにか自分で悲しみの処理方法を探して、乗り越えていくと思う。〈失う事が得意〉っていうのはその経験から来ていて、みんな日々いろんなものを失っていると思うんですけど、結局それを自分の中で対処していくのは勇ましいなと思いますし、人間ってたぶん失うことに対しての耐性はすごく強いんだろうなって。そういう人間の本質を信じているんだと思います。

ーーそこに気づいて曲にしたことで、ご自身にも変化があったんでしょうか。

塩入:やっぱり生きやすくなりましたね。どんなにあがいても、どうしても失うものはあるわけじゃないですか。親とか、若さとか。だから、そこに対して怯えてても仕方ないなって。失ったとしても私はそこからまた何かを得るだろうし、今はそんなに怯える必要もないだろうなっていうカラッとした気持ちにはなりました。

ーー「HOW」では〈未来の夜で悲しもうぜ/だから今は怯えないでいよう〉と歌われていて、まさにそういうことが表現されていますよね。

塩入:そうですね。「HOW」はアルバム1曲目ですけど、一番最後に作った曲なので、自分の頭がクリアになって「私はこういう方が生きやすいです」っていう答えみたいな感じの曲なんですよね。あとは、私と同じように考えているけど、もやもやの原因がわかっていない人っていっぱいいるんじゃないかなとも思っていて。いつか必ず来る時のために怯えてしまって、自分の感情を表に出せなかったり、無理やり誰かに優しくしたり明るく振る舞ったりするのって、生活の中でちょっとした不愉快につながってしまうことに今まで気づかないで生きてきたので、きっと同じような人はたくさんいるだろうなと。少しでもそれを紐解くものになったらいいなと思ったんですよね。

ーーそして今作には“愛”という言葉がほぼすべての楽曲に登場していますよね。ソロ作『程』の時って、「言葉では伝えきれない」というテーマのモチーフとして“嘘”という言葉が頻出していましたけど、今作における“愛”という言葉も、作品のテーマを導くような存在だったんでしょうか。

塩入:このアルバムって“愛”について考えて作った気が全然しないんですよね。ただ、FINLANDSを何年もやってきて曲を作り続けてきた中で、“愛”という言葉を使いやすくなったのかなっていうのは感じます。昔だったらこんなに多用するのは嫌だったと思うし。けど、形として一番わかりやすい言葉って、きっと“愛”だと思うんです。あまり気づかなかったんですけど、自分を大切にすることで相手を大切にできるっていうのは本当だなって思ったことがあって。「ナイトハイ」なんてまさにそうですけど、家族が自分を大切に育てて愛情を注いでくれた分、自分も家族をきちんと愛しているし、それを繰り返していけるんだなと思ったので、愛っていう言葉はすごく使い勝手がいいと思うし伝わりやすい。それを長々と説明するのはもはや歌詞じゃなくなってしまうので、シンプルな言葉で“愛”と言うことが嫌じゃないって思えてきているんだと思います。

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