Creepy Nuts、Awich、舐達麻、Moment Joon……2020年以降のヒップホップシーンの潮流 有識者3名による座談会(前編)

歴史と向き合った上で作られたMoment Joon『Passport & Garcon』

二木:いまZORNの話が出ましたが、2020年には「コンセプトアルバム」の傑作も生まれています。BACHLOGICが全曲プロデューサーを手掛け、すでに長いキャリアのあるZORNが地元をタイトルに冠した『新小岩』、移民者からの視点を一つの主題とした韓国ソウル出身で現在大阪在住のMoment Joon『Passport & Garcon』(12月30日にデラックス版をリリース)、そして、そのMoment Joonも参加した広島県呉市出身のACE COOL『GUNJO』。『新小岩』と『GUNJO』は「自伝的」とも言えるかもしれません。

『GUNJO』

市川:Awichの『孔雀』もそうですよね。この作品は、ケンドリック・ラマーの影響をすごい受けていて、スキットを作り込んで物語を展開させるヒップホップアルバム然としたストーリーテリング的な作り方がされてました。

Awich『孔雀』

二木:Moment Joonは、ケンドリックの『good kid, m.A.A.d city』(2012年)を大学の卒論のテーマにしたほどですし、ACE COOLはあるインタビューで「『good kid, m.A.A.d city』は人生のバイブル」とまで語っています。例えば、『GUNJO』の「CADILLAC / FREE」や「ABUNAI / I KNOW」の2部構成などからも影響は窺えます。また、『GUNJO』には、広島から東京への上京というある種普遍的なテーマが根幹にある。まさに「東京」という曲がありますしね。そのACE COOLの移住に伴う心情の変化の描写は、Moment Joonの移民者の視点と被る部分もあるんですよ。

ーー『Passport & Garcon』はリリックも印象的でしたよね。コロナ禍になって外に向けた攻撃的なリリックが増えるかと思っていたのですが、ヒップホップシーン全般としてより内省的なものが増えているように思います。

二木:たしかにそうですね。『Passport & Garcon』も自己愛と自己嫌悪の激しい振れ幅がある作品です。特に「Losing My Love」以降より内に向かい、「DOUKUTSU」で家に閉じこもるところまで行く。

Moment Joon『Passport & Garcon

市川:内省的な面としてあのアルバム1作で完成していて抜きん出ていますよね。ケンドリック・ラマーの『To Pimp a Butterfly』も内省的な面で完結していて重なるところがあります。

二木:あと、僕が『Passport & Garcon』が素晴らしいと思うのは、歴史と向き合った上で作られた音楽作品だからです。具体的に言えば、韓国/日本といった東アジアの近現代史であり、移民者の歴史です。彼に取材した際、自身の表現を歴史的な文脈に位置づけるとどうか? という難しい問いを投げてしまったのですが、彼はそこで、在日朝鮮人の作家・金石範やミラン・クンデラ、ウラジーミル・ナボコフといった、移住を余儀なくされたり、移動を選んだりした、「移民者の作家」の名前を挙げました。そうした歴史認識と志を持ってヒップホップをやっているラッパーはMoment Joon以外にはいないでしょう。

市川:確かに内省的なラップアルバムの中でも、『Passport & Garcon』が抜きん出ている点は“歴史への意識”ですよね。あとはAwichの『孔雀』も歴史を意識していたところもあって。

二木:三線の音色と波の音をバックに沖縄についての詩を朗読する「Interlude 3 (Remember?)」がありますね。沖縄のヒップホップは、2020年も刺激的でした。CHICO CARLITOのその名も「Ryukyu Style」という曲があり、OZworldのセカンドアルバム『OZKNEEZ FXXKED UP』が出ています。

Ryukyu Style / CHICO CARLITO (Produced by hokuto)
OZworld / Vivide(feat.重盛さと美)【Music Video】

斎井:Moment Joonのアルバムを聴くと、その背景にある文化や社会にまで関心が向かいますよね。彼の自伝的小説『三代 兵役、逃亡、夢』では、朝鮮戦争にまで遡ってその点が語られていますし、その奥深さはケンドリック・ラマーの作品にも通じます。社会では見落とされがちな視点を繊細に描写することが本当に上手いですよね。思えば自分はヒップホップのラフで、エネルギッシュなところが好きで聴き始めたんです。でも50セントがカニエ・ウェストにセールス対決で負けた頃から、自分の繊細な面を「自分は本当はこう感じているんだ」「お前、わかってないから」ってぶっちゃけるラップをしている楽曲が増えましたよね。そういったラップは一度フィールしてしまったら、以前の自分より高い視点を得たような高揚感を感じますし、内省的になれる人間もまた強い、といった流れを感じます。

後編はこちら

Zoomgals、LEX、Cookie Plant、Tohji……2021年以降のヒップホップシーンの展望 有識者3名による座談会(後編)

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