Creepy Nuts、Awich、舐達麻、Moment Joon……2020年以降のヒップホップシーンの潮流 有識者3名による座談会(前編)
『フリースタイルダンジョン』(テレビ朝日系)から火がついたMCバトルブーム以降、ヒップホップはコアな音楽ファンだけでなくお茶の間にも広がりをみせている。音楽シーンにおける存在感もさらに高まり、昨年2020年にはCreepy Nutsが大きな飛躍を遂げたほか、Awichが7月にメジャーデビューを果たしたことも話題となった。そして、2019年にアルバム『GODBREATH BUDDHACESS』を発売し熱狂的な人気を集める舐達麻は、現在あらゆるメディアで取り上げられ、彼らの音楽性について様々な議論が繰り広げられている。
リアルサウンドでは、二木信氏、斎井直史氏、市川タツキ氏を招き座談会を企画。前編となる本稿では、2020年におけるヒップホップシーンの状況変化を振り返ってもらったほか、現在シーンを牽引するラッパーたちのフロウやリリックの潮流についても語ってもらった。(編集部)
Awich、Creepy Nutsらに共通する“歌との接続性”
ーー今年はCreepy Nutsがテレビ番組でも活躍しお茶の間的にも認知されるようになった一方で、舐達麻のようにサブスクやYouTube上で人気を拡大させていったラッパーもいました。あとは、Awichがメジャーデビューを果たしたのも大きなトピックだったかと思います。いわゆる「メインストリーム」と「アンダーグラウンド」双方で音楽性が多様化して、それぞれ異なる形で人気を拡大させていった印象があるのですが、皆さんは今年のヒップホップの傾向をどのように捉えていますか?
二木:まず、メインストリームとアンダーグラウンドは何かということですよね。例えば、『情熱大陸』(TBS系)で特集されて話題を呼んだCreepy Nuts、また、テレビアニメ『映像研には手を出すな!』(NHK総合)のテーマソング「Easy Breezy」がヒットしたchelmicoは、前者がソニー、後者がワーナーといったメジャーレーベルから作品を発表するユニットです。また、沖縄のラッパー、Awichは2020年初頭に『孔雀』というアルバムのリリース後、ユニバーサルからEP『Partition』を発表しました。そして、AIにフィーチャリングされた「Not So Different Remix feat.Awich」という曲で、『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)に出演した。メジャーレーベルと契約し、テレビでも仕事をしているという点で言えば、彼ら彼女らは「メインストリーム」です。一方、例えば舐達麻は、地上波の『流派-R』(テレビ東京)に出演していましたが、レコード会社と契約していないだけでなく、イリーガル(違法)な実体験をリーガル(合法的)に表現している、という点においていわゆる一般社会からみれば存在自体がいわば「アンダーグラウンド」ですよね。けれども、もちろん数字や再生回数がすべてではないですが、彼らが7月に出した「BUDS MONTAGE」のMVのYouTubeの再生回数1100万回(2020年12月末時点)は、Creepy Nuts「かつて天才だった俺たちへ」と「Easy Breezy」を超えています。そう考えると、舐達麻は十分「大衆的な支持」を得ているわけです。
斎井:自分も同意見です。Creepy Nuts、SKY-HIのようなメジャーレーベルに所属してテレビ側も扱いやすい音楽で活動するタイプもいれば、KANDYTOWNやAwichのようにメジャーレーベルに所属しながらアンダーグラウンドのラップを好む人たちを掴みにいくタイプの人もいます。一方で、般若の昭和レコードやPUNPEEが所属するSUMMITのように独立レーベルでも幅広い活動ができている人も出てきましたし、舐達麻やTohjiのように所謂インディーでも多くのファンを獲得する人もいますよね。
ーー確かにそうですね。10年〜20年前のヒップホップシーンは、メジャーとインディーで音楽性が分かれていた印象がありましたけど、今はサブスクとかYouTubeで聴けることもあって境がなくなってきていますね。
二木: そうですね。だから今後、「メインストリーム」や「アンダーグラウンド」の再定義が必要だとは思います。ものすごく遡れば、2000年代前半は、そうした境界線がもうすこしはっきりしていました。RIP SLYMEやKICK THE CAN CREW、キングギドラ(現・KGDR)やRHYMESTERがメジャーで活躍する一方で、当時アンダーグラウンドで凌ぎを削り、主流に対抗していたのが、ERONE、漢 a.k.a. GAMI、FORK、サイプレス上野らです。また、メジャーから作品をいち早くリリースしていた般若も彼らと同世代。そんな彼らが「MCバトル/フリースタイル・ブーム」に火をつけた『フリースタイルダンジョン』(2015年放送開始、2020年7月放送終了)でこの5年間大活躍していたわけですよね。そして、『フリースタイルダンジョン』以降の中で、その流れを活かして最も成功しているのがCreepy Nutsじゃないでしょうか。
市川:『情熱大陸』で取り上げられてる一方で、『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日系)みたいな音楽番組に出て、日本語ラップのスキルを丁寧に解説していたり。ヒップホップシーンで何が評価されているのかをお茶の間にちゃんと届けようとしていますよね。
ーー市川さんは、現在のヒップホップシーンの状況についてどう感じていますか?
市川:そうですね。お二人がおっしゃったように、メインストリームとアンダーグラウンドの境が曖昧になってきてることはすごく感じていて。僕はその曖昧さを象徴する人ってAwichだと思ったんですよね。今年ユニバーサルでデビューして、新曲の「Happy Christmas(War Is Over)」が映画『サイレント・トーキョー』の主題歌に決まって。アンダーグラウンドな形のままで、メインストリームへと足を踏み入れた象徴的な例ですよね。ただ、「Happy Christmas(War Is Over)」はラップではなくて歌なんですよ。あと、Creepy Nutsの曲も歌唱の部分があるわけじゃないですか。歌と接続することでメインストリームで聴かれるところがあるのかなって思います。
二木:歌と接続する、という視点は重要ですね。そこで思い出すのは、BAD HOPの「Bayside Dream feat. T-Pablow, Tiji Jojo & Benjazzy」と「Hood Gospel feat. T-Pablow, Bark & YZERR」(両曲ともアルバム『BAD HOP WORLD』収録)です。T-Pablowと YZERRのシンギンラップとプロデューサーのJIGGのビートとメロディが見事に調和している。BAD HOPの、こうしたドラマチックで、エモい成長譚は、MVの作りも相まって心が洗われる思いになります。「Anarchyみたく与えるGhetto Kidsに夢と希望」(T-PABLOW)と歌った「Life Style」(2016年)の続編として聴けます。
斎井:“ヒップホップにおける歌”といえば、Zeebraがメジャーに出てきた2000年前半って、女性R&Bのシンガーとセットでラッパーが出てきてヒットする傾向がありました。とはいえ、ラップっていつから歌が許されるようになってきたのかみたいなところもありますよね。例えば、日本語ラップ創成期の頃ってラブソングすら許さない硬派な空気があったはずなんです。
二木:いまに繋がる「歌うラッパー」の一つの起源は、ドレイクのミックステープ『So Far Gone』(2009年)じゃないですか。国内でいえば、KREVAがソロデビュー曲「希望の炎」(2004年)でオートチューンを使って、それに続くメジャーデビュー曲「音色」(2004年)でシンギンラップを試みた。で、『心臓』(2009年)でその路線を完成させる。ただ、この話をやり過ぎると2020年を概観するという本題とズレますね(笑)。
斎井:この話になるとドレイクは欠かせないですよね。2000年前半のアメリカでもR&Bシンガーとラッパーの共作によるヒットは多かったですし、ネリーあたりからメロディアスなラップの成功例となる曲がたくさん出てきました。それに影響を受けるように国内でもメロディ豊かな曲も増えて、今ではドレイクのように歌とラップを交差する曲の方が普通ですらありますよね。話が脱線してしまいましたが、これまでラッパーはシンガーとの共作でメジャーに出ていたのが、メロディを含んだラップが当たり前となったことでラッパー1人だけでメジャーに進出していけるような地盤ができましたよね。
二木: R-指定も「かつて天才だった俺たちへ」のサビでは歌っています。
ーー舐達麻のラップに関してはどうですか? いわゆる「アンダーグラウンド」的な音楽スタイルでありながら、なぜ大衆的人気を獲得していったのでしょうか。
市川:日本語の聞き取りやすさなのかもしれないですね。これはBAD HOPにもいえることなのですが、舐達麻は日本語のリリックがちゃんと耳に入ってくるんですよね。
二木:舐達麻の音楽が素晴らしいのは大前提で、身も蓋もない言い方をしちゃいますが、彼らの容姿と刺青は大きいでしょう。どこから見ても色気があってカッコいい不良じゃないですか。憧れますよ。さらに言えば、彼らが最初にバズった「LIFE STASH」(2018年)のMVでリーダーのBADSAIKUSHがKarl Kaniのセットアップを着ているのが象徴的です。つまり、舐達麻の背景にはヒップホップとヤンキーカルチャーがある。しかも熊谷という埼北(埼玉北部)のローカルから出てきた。そういう物語がある。それらすべてひっくるめて舐達麻のヒップホップだと思います。その上で、音楽的観点からいえば、ビートメイカーのGREEN ASSASSIN DOLLAR(以下、GAD)のビートですよね。GADのビートが、舐達麻の3人のラッパーが内面と深く向き合ったリリックを書く行為を促していると感じます。今年彼らに取材した時、BADSAIKUSHが、「ビートが問いになって答えが自分の中から湧き出てくる」と語ってくれました。僕はその言葉にとても感銘を受けた。舐達麻は、いわゆるLAビート以降のビートミュージックとスピリチュアルなギャングスタラップの出会いですよね。
ーーなるほど。
二木:また、歌とかメロディを取り入れるのではなく、ヒップホップには剥き出しのラップの力とスキルだけで勝負してカッコいい曲を作るという美学が昔からあります。ラッパーのHideyoshiがドリル系のビートで、Leon Fanourakisとralphをフィーチャリングした「Jitsuryoku」は、そうした美学に基づいた、2020年を代表する曲じゃないでしょうか。タイトルも「実力」ですからね。『ラップスタア誕生』の4代目王者となったralphは『BLACK BANDANA』というEPを、Leonは、NYのThe Underachieversのラッパー、AK THE SAVIORとのアルバム『FLATBU$H ¥EN』を出しました。どちらのアルバムもラップの力でねじ伏せてくる硬派な作品でした。
斎井:そもそものラップは打楽器的なフロウですが、その3人はそのタイプのフロウですよね。舐達麻もそう。今年はBES、NORIKIYOやZORN、若手ではSANTAWORLDVIEWのような打楽器的なフロウのラップが豊作だったこともあって、メロディアスなフロウが溢れたことによる揺り戻しがきているようにも思います。