別れを告げるCrushとKIRIN、再会を祝うLOCOやNucksalーーそれぞれの状況と想いが刻まれた、韓国HIPHOP/R&B5作
Nucksal『1Q87』
ラッパーのNucksalが、およそ4年7カ月ぶりとなるニューアルバム『1Q87』をリリース。アルバムのタイトルは、村上春樹の小説『1Q84』からモチーフを得て名づけられた。アルバムの内容は小説と異なるが、「Q」を「クエスチョン」と解釈し、1987年に生まれ、依然として解けない疑問が多いことを意味するという。名作と言われる1stアルバム『작은 것들의 신(=小さきものたちの神)』もまた、インドの小説家 アルンダティ・ロイの作品からタイトルを借りており、その点は本作と繋がっている。しかし、それらを含むいくつかのポイントを除けば、本作は1stアルバムと全く違う傾向のアルバムなのだ。
『1Q87』には映画『AKIRA』や『ブレードランナー』などをベースにしたディストピア的なコンセプトを基に、Nucksalのダークで奥深い部分が表現されている。Mnetのヒップホップサバイバル番組『SHOW ME THE MONEY 6』で人気と経済的豊かさを得てから、現在では地上波バラエティのレギュラーメンバーとしても活躍する彼だが、アルバムでは明るい表情とは正反対の姿を見せており、笑顔に隠された憂鬱と孤独がそのまま曲に落とし込まれている。約4年の間、彼の姿はよく見てはいたが、「リリシスト」としてのNucksalと出会うのは久しぶりだ。
Omega Sapien『Garlic』
88risingからピックアップされたことでも注目を集めた「アジアで最もフレッシュなクルー」=Balming Tigerのフロントマン、Omega Sapienのデビューアルバムがリリースされた。実はOmega Sapienはこれまで紹介したアーティストたちのように活動を休止したこともなく、また今後そういった予定があるわけでもない。ではなぜ、今回彼のアルバムを選んだのかというと、それは彼が、改めて“一人のアーティストとして戻ってきた”からなのだ。
Balming Tigerは最初、Byung Unを中心に形成されたクルーであった。しかし、2018年12月にByung Unがクルーを脱退。Omega Sapienと、のちに<AOMG>に所属するR&Bシンガー sogummが共にBalming Tigerを率いる新パフォーマーとなる。その中でもソロ活動を行ってきたsogummとは違い、Omega Sapienはあくまでクルーとしての活動に専念。だが、ついに発表された『Garlic』は、Balming Tigerの一員としてだけでなく、一人のアーティストとしてOmega Sapienが持つポテンシャルを存分に爆発させた作品なのだ。ヒップホップやエレクトロニック、ロックなどジャンルの枠にとらわれず、自由にエネルギーを発散する本作は、ソロアーティストとしてのOmega Sapienと再会できるアルバムと言っていいだろう。
■limasul
日韓の大衆音楽事情を専門とするライター。歌詞・記事の翻訳や音源の流通、キュレーションなどの職業を経て、今は日韓の音楽シーンの架け橋となるべく活動中。
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