手嶌葵「散りてなお」が代弁する“大切な人”への想い 映画『みをつくし料理帖』と松任谷由実の世界観リンクする優しいメッセージ

 手嶌葵のニューシングル『散りてなお』が10月14日にリリースされた。

 表題曲は、10月16日に公開される映画『みをつくし料理帖』の主題歌として書き下ろされたもの。作詞・作曲は松任谷由実、編曲は松任谷正隆が担当し、すでに話題となっている。

 『みをつくし料理帖』の原作は、髙田郁による同名の時代小説である。発売されたシリーズ全10巻は、累計400万部を超える大ベストセラーとなり、これまで北川景子主演のスペシャルドラマ(2012年、2014年)や、黒木華を主演に迎えた連続ドラマ(2017年、2019年)が放映されている。

 今回、初の劇場版となる『みをつくし料理帖』でメガホンを取るのは角川春樹。映画『犬神家の一族』や『戦国自衛隊』『セーラー服と機関銃』などのプロデュースを務めて「角川映画黄金時代」を築き上げ、監督としては『汚れた英雄』や『キャバレー』『REX 恐竜物語』などを世に送り出した巨匠が、「生涯最後の映画監督作品」として選んだのが本作である。なお、主人公の澪には松本穂香が、そして澪の親友である野江には奈緒が抜擢された。

 舞台となるのは、享和二年の大阪。8歳の澪と野江は、暮らし向きは違えどまるで姉妹のように仲が良く「何があっても一緒や」と誓い合うが、その夜に大阪を襲った大洪水によって、無残にも引き裂かれてしまう。天涯孤独の身となった澪は、偶然通りかかった料理屋「天満一兆庵」の女将(若松麻由美)に拾われるが、野江の行方は分からずそれから10年の歳月が流れた。

 江戸の神田にある蕎麦処「つる家」で女料理人として働いている澪のところに、吉原の翁屋で料理番をしているという又次(中村獅童)が訪ねてくる。店の評判を聞きつけ、「ある方の故郷をしのぶよすがに」と茶碗蒸しを求める又次。そのある方とは、「幻の花魁」として吉原で頂点を極める「あさひ太夫」。彼女こそが10年前、行き別れた澪の無二の親友・野江だった。果たして二人は再び会うことができるのか。運命の歯車が静かに回りだす。

 本作の見どころの一つは豪華キャスト陣である。角川春樹最後の監督作品に華を添えるべく、所縁のある俳優たちが次々と登場する。例えば『犬神家の一族』で主演を務めた石坂浩二や、『スローなブギにしてくれ』で主演デビューを果たした浅野温子、角川映画黄金時代脇を固め、主演を務める松本穂香と奈緒のフレッシュな演技を支えている。

 また、本作『みをつくし料理帖』がユニークなのは、単なる「時代劇」ではないところだ。例えば、「自然災害」により全てを失ってしまった澪が逞しく生きていく姿や、まるでアイドルグループのような熱狂で迎えられる、吉原の遊女たちのパフォーマンス、その遊女に入れ上げるストーカーや、あさひ太夫の「過去」を嗅ぎ回る戯作者の浅ましさなど、まるで現代社会ともリンクするようなエピソードが散りばめられており、観る者を飽きさせない。そして、「牡蠣の味噌仕立て」や「とろとろ茶碗蒸し」「あさひ太夫のお弁当」など、随所に登場する澪の料理にも心奪われる。

 本作のエンドロールで流れる主題歌「散りてなお」は、そんな映画の余韻に浸らせてくれる美しいバラードだ。ピチカートを効果的にあしらった、美しくも凛とした強さのあるストリングスセクション(阿部雅士ストリングス)と、軽やかなアコースティックギターの音色が絶妙なバランスで混じりあい、手嶌の儚くも優しい歌声を引き立たせている。エレクトリックシタールに導かれるサビのメロディはどこか寂しげで、メジャーとマイナーの間を行き来するようなコード展開と、テンションノートを含む浮遊感たっぷりのメロディは、悲しみの中にも一縷の希望を見出さんとする澪の心情を表しているかのよう。個人的には、角川春樹制作の映画『Wの悲劇』(1984年)の主題歌としてユーミンが「呉田軽穂」名義で提供し、薬師丸ひろ子が歌った「Woman "Wの悲劇"」を彷彿とさせた。

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