『程』インタビュー

塩入冬湖が明かす胸の内ーー言葉で伝えきることへのもがき 「一生続くことじゃなくて、1秒でも存在したということが大事」

 FINLANDSとして活動する塩入冬湖、4枚目のソロミニアルバム『程』。バンドとはまた異なる、しっとりとした歌唱で丁寧に聴かせる宅録作品に仕上がっているが、塩入が強く関心を寄せる「言葉」というツールへの想いが、高い純度で音楽になった7曲だと言っていい。世の中には人の数だけ価値観と解釈があり、「それ程でもないよ」とボソッと発した一言の「程」の重さは、その人自身にしかわからないものである。そうした着眼点から端を発し、塩入の胸の内をできるだけ言葉で伝えきろうとする楽曲が並ぶが、それらはどこまでも繊細で味わい深く、ときに苦しく、ときに軽やかだ。「伝わりやすさって何だろう」「自分が今伝えたいことって何だろう」という、作り手からの問いかけを受け取ったような感じすらする。『程』という作品を聴いて、どの部分があなたの心に刺さっただろうか。インタビューを読みながら、自分自身の胸と対話し、それぞれにとっての「程」への解釈の導きとなれば嬉しい。(編集部)

「音楽をやる理由は楽しいから。シンプルにそれだけでいい」

ーー言葉の解釈を楽しみながら読書しているかのような、味わい深い素晴らしい作品だなと思いました。どんな想いで制作に入っていったんでしょうか。

塩入冬湖(以下、塩入):今年はソロで作品を作る予定はなかったんですけど、コロナ禍での自粛期間が長かったので、FINLANDSの制作活動も止まってしまったんですね。そうなると本当にやることがなくなってきて、どんどん自分が崩れていってしまうんじゃないかなという気持ちがあって。だから何か一つ心の拠り所というか、何かを作っているという自負心が欲しくなったので、最初は自分のために作り始めたんですよね。

ーーサポートベーシストが何人か入っていることもあってグルーブを楽しめる作品になっていますし、全体の音数も絞られたことで、歌や言葉が鮮明に入ってくる作品ですよね。そのあたりは意識的だったんですか。

塩入:1曲目「洗って」が最後に作った曲だったんですけど、作ってるときに「自分は無理せず頑張らずに聴ける音楽を作りたかったんだな」ってすごく思ったんですよね。「よし、聴くぞ!」って力を入れなくていいものというか、それが自分の気づかないうちに意識のなかにあったんだと思うんです。だから音が減っていったり、トラックメイクにも関わってきたんじゃないかなと思います。

ーーそう思ったのはどうしてなんですか?

塩入:今までずっと、アドレナリンが出て動き続けてきたことが大きかったと思うんです。完璧にやるためにはどうしたらいいかって考えて、頑張ることが正義だと思っていたので。というのも、自分が若いときにどうしようもない人だったので、そこに戻りたくないなという反動から一生懸命やろうとしていたんだろうなって。でも、いきなりここまで大きな休みができたことによって、「なんでこんなに頑張らなきゃいけないんだろう」って思った部分が正直あって。一人相撲じゃないですけど、頑張り続けてることがすごく馬鹿馬鹿しく思ってしまったんです。だから「時には頑張らなくていいよ」って自分に思ってもらえるような作品を作りたいと思って、自分を一度許可したかったことが大きいかもしれないですね。

 生活において、自分のなかの小さなルールを自ずと作っていることって、誰にでもあるじゃないですか。こだわりとか、信頼している人がこういう風に言ってたから正しいんだって思い込むこととか。一昨年から去年にかけて、自分のなかのそういう部分を一旦考え直そうって思ってたところだったんですよね。そしたらこういうご時世になって。頑張ることも大切だけど、頑張らなくてもいいこともあって、世界がどれだけよくなっても、人生にも世の中にもゴールなんてあるわけじゃない……そう思って1回すごくガサツになったんですよ。全部に理由付けしようとしている自分にも気づいていながら、「そんなに考えなくて大丈夫だから。どうにかなる」って言い聞かせているというか。最後そこに辿り着いた感覚はありますね。

ーー逆にいうと、何が今までの自分を縛っていたんでしょうか。

塩入:性格上の問題なのかなと思いますし、自分が今まで作り上げてきた状況とかも関わってると思います。でも、これまで恵まれた環境のなかで、自分で自分を雁字がらめにしてたなって。音楽って、別に誰かに言われてやってるわけではないので、そこで弱音を吐いて辞めたいなら、じゃあ辞めろよって自分で思うんですけど、そういう自分を自分でどれだけ許してあげて、自分の機嫌をとってあげられるかどうかだって最近すごく考えますね。自分が自分に対して許可を出していなかったから、どこかで生きづらさ、やりづらさがあったんだと思います。

ーー音楽の新しい続け方を見つけたような感覚?

塩入:逆に続けなくてもいいよって思いました。自分が嫌になってしまったら音楽を作る理由なんて一つもないですし、今楽しくてやっているというのが根底にあるので。楽しくなくなったら、いつだって辞めるんだろうなって思ったんですよね。音楽をやる理由は本当に楽しいから。すごくシンプルにそれだけでいいんだなって感じました。

「言葉だけで分かり合うなんて100%無理だけど、どこまでやれるのか」

ーーよくわかりました。そうなったときに作品にはどんなテーマを持たせたんでしょうか。自分は一聴したときに、“愛”と“嘘”という言葉が頭に強く残ったんですよね。

塩入:実は、愛とか嘘については、正直あんまり考えていたわけじゃないんです。今回の作品って、「言葉ですべてを伝え合うのって難しいよな」と思いながら作ったんですよ。その具体例が、人それぞれで尺度が違う「程」という言葉だったので。今まで理解されようとして作っていたわけじゃない部分もあったんですけど、「言葉でわかりやすくきちんと伝えるってどうしたらできるんだろうな」ってことをすごく考えたんです。そのなかで、”嘘”って「その定義って何なんだろう」という疑問を人に与えやすい言葉かなと思って、使っているんですよね。

 ただ、私は嘘に対してそんなに悪いイメージは持ってないんですよ。人って、自分がなりたいものに対して嘘をつくと思うんですね。例えば、「私はすごく幸せで愛されていて、豊かな暮らしをしている」って言ったのが嘘だとしたら、たぶん自分がそういう生活に憧れているからだと思うので。ちょっと悲しい気持ちもありますけど、私はそれって愛おしさもあるものだなと思うので、嘘にネガティブなイメージはそこまでないんですよね。

ーー“嘘”もそうですし、一見マイナスに感じられる言葉や状況への捉え方が作品のなかに表れていますよね。「Arrow」で〈形の悪い夜に呆れて〉〈無いものは そこら中に溢れても/まるで 世界は そこにあった〉と歌われているように、「無」のなかにこそ「有」を見出している感じがしたんですけど、そう言われてみるといかがですか。

塩入:そうかもしれないですね。見えないものを見たい好奇心ってすごくあるんです。幽霊とかも含めてなんですけど、見えないものが見えたら世界は変わるんじゃないかなって。でもやっぱり、目に見えないものは信じられない気持ちも同時にあるんですよね。愛情とか約束って目には見えなくて、行動に示してやっと形になる部分が大きいと思うんですけど、この半年って(コロナ禍で)それができなかったじゃないですか。目に見えないものだけで愛情や約束をやり繰りしている状況になったときに、やっぱり目に見えないものを信じられない、客観的で冷めている自分がいるんだと強く思って。でも、例えば恋愛している時とかって、やっぱり目に見えないものを信じようとする力が働くと思うので、約束や愛情を信じきれていないそんな自分が、言葉だけでどこまで伝えられるものなのか。ちゃんと向き合いたいなと思ってたところはすごくありますね。

ーーとても面白いですね。お話を聞いていると、「見えないものを見たい。そこに辿り着きたい」ともがいている様を、“愛”をモチーフにしながら描いている7曲だなと改めて思いました。

塩入:そうですね。会話や口約束だけでやれてしまうものに対する“もがき”がすごく入ってる作品だと思います。やっぱり言葉だけで分かり合うなんて100%無理だと思うんですよ。そういうときに今までなら、対面して、会話の温度感や相手の相槌、行為を確かめることで埋め合ってきたと思うんですよね。それらが全部が一緒くたになって、100%に近い形で伝わるんだと思うんですけど。それをいざ「言葉だけでやってください」となったときに、例えば90%まで言葉だけで埋められるのかって言ったら難しいと思うんですよ。じゃあ言葉でどこまでやれるのかなっていうところに対して、もがきはすごくある作品だと思います。

ーー音楽でいうと、ライブをすることが作品を伝えることの補完にもなっていきますけど、そういうことができないときに何が一番変わっていったんだと思いますか。

塩入:これは歌詞だけの話じゃないですけど、自分が発した言葉って全然違った捉え方をされることがありますよね。SNSとか特にそうだと思うんですけど。そこで生まれた互い違いによって溝ができたりしますし、逆に好意的な部分が生まれたりもする。でもやっぱり会話を続けていかないと、その人の本意はわからないと思うんです。とはいえ歌詞に質問なんてできないし、「この歌詞ってどういう意味ですか?」って聞かれても私が全部答えることもできないと思っていて。そうなったときに、どこまで大意を気にしないか、どこまで他人に勘違いされてもいいかっていう覚悟みたいなものが大切かなと思いました。

 昔作った曲もあるので一概には言えないですけど、今回の作品には自分のことを歌ってる歌もあれば他人を歌ってる歌もありますし、誰かが曲を聴いて、自分を思い浮かべるのか、他人を思い浮かべるのか、あるいは恋愛を思い浮かべるのか、家族を思い浮かべるのか、それは本当に自由だと思っていて。でもどんな状況にあっても、「この1フレーズだけはわかるな」って思うことって、私が音楽を聴いてきた経験上すごく強くあって。1曲通してじゃなくても、その1フレーズが聴き手のなかで大きく育っていくというか。そういう経験を聴いてくれた人に与えられるのであれば、すごく素敵なことだなと思いますし、それぞれの状況次第でフレーズはどこを切り取ってもらってもいいのかなと思いますね。

ーーどう捉えられてもいいという覚悟や、どこか1フレーズが強く残って欲しいという想いがしっかり具現化された1枚であると。自分は全体を通してやっぱり恋愛の要素を強く感じ取った作品だったんですけど、恋愛って、言葉で相手の気をどうやって惹こうか、どういう距離感で行こうかって考える点で、駆け引きの代表例でもあると思うんですけど、そういう意味では今作で塩入さんが体現しようとしたこととの親和性も感じられていたんですか。

塩入:「ラブレター」や「うみもにせもの」は、自分が経験して感じたときに書いた鮮度の高い恋愛の曲だなと思いますけど、「洗って」とかは別に恋愛の曲だと思って作ってはいなかったんですよね。そういう意味で入り口は全然違うんですけど、恋愛というフィルターを通すと伝わりやすくなることは多いんじゃないかと思って、落とし込んだりもします。20代〜30代で一番流行ってるのってやっぱり恋愛じゃないかなって思うので。自分がこれから一生恋愛のことを歌っていくとも思えないので、今だけなんだろうなと思って書いてる部分はあります。