安藤裕子が語る、活動休止から“音楽”を取り戻すまでの日々「自分の道を切り開くために必要な時間だった」

安藤裕子が語る、活休から再生までの日々

15年間で出来上がった安藤裕子という存在を壊していく作業

ーージャケットの“羊のなる木”も安藤さんが描いているんですか。

安藤:そうです。“羊のなる木”というモチーフは不意に思い出して書き出したんですけど。この『Barometz』という作品は、デビューからの15年間で出来上がった安藤裕子という存在を壊していく作業だったんですね。活動を休止した時期は、「本当に大丈夫?」みたいに周りから思われながらも、その時間は自分の道を切り開くためにすごく必要な時間だった、ということが“羊のなる木”を描いてる時にすごく思い出されたんですよ。“羊のなる木”は実在しないんですけど、そういう誰も信じないこと、信じてくれないことを、自分の小さな宝物として守るみたいな。そういう意味合いも、このジャケットには込められています。

ーーなるほど。好んで聴かれる音楽は、デビュー当時から変化していますか?

安藤:もともと音楽はそこまで聴く方じゃないんですよね。それこそ周りから「お前良い加減にしろ」って言われるくらい聴いてなかったんですけど、だんだん変に定型の音楽を聴かせてメロディが普通になるくらいなら、このまま聴かせない方が良いんじゃないか、みたいに風向きが変わってきて(笑)。ただ、自分が音楽から離れた時に、音楽ってなんだろう、自分が鳴らしたい音はなんだろうと考えるようになって、特にアーティストとかは決めずにランダムに聞くことは増えました。

ーー2016年以降になると思いますが、それは洋楽中心ですか?

安藤:そうですね。私、この声いいなと思っても、あんまり歌そのものに惹かれることが少ないんですよね。基本J-POPは歌モノだと思うんですけど、それよりも楽器のフレーズであったり、鳴っている音色で好みのものを選んで聴いていました。あと、私って自分の中のリズムが遅いみたいで、無意識に自分の曲はバラード調が多くなるんですけど、個人的にはバラードって全然聴かないんですよ。あえて挙げるなら、ガチャガチャ色んな音がなっているものに惹かれるかもしれないです。車に乗っている時は、Mount Kimbieのアルバムをずっと聴いてる時期もあって、「あれ、こういう音楽でも許されるんだ。なら私もこういうのをやりたい」みたいな発見もありました。『ITALAN』は、そういう流れもありつつ、自分の好きな音を探しながら作っていったんです。

ーーでは、『ITALAN』があったからこそ、今回の作品もあると。

安藤:その頃は、一度音を作ることを楽しまないと、音楽の世界には戻れないなと思っていて。あの時、家でずっとコップの音を鳴らしていたからこそ、ここに来れたというのはあるかもしれませんね。

立ち直れた理由として一番大きかったのは『ITALAN』

ーー今回、AWAのプレイリスト企画で安藤さん自ら選んだ曲の中には、『Barometz』収録曲とあわせて「隣人に光が差すとき」(2002年)や「のうぜんかつら(リプライズ)」(2006年)など、過去の名曲も入っています。これらの楽曲を作っていた2000年代前半と今では、ご自身の中で楽曲の位置付けも変わっていますか?

安藤:ずいぶん変わったと思います。今聴くと、初期衝動感が強いなって。「隣人に光が差すとき」は、この曲がなかったらそもそも私がプロとしてこの世に出てきてはいなかったと思うんです。堤幸彦さんから映画(『2LDK』)のエンディングに使いたいという話があって、そこからレーベルとの契約にも至ったので。それに、この曲はシンガーソングライターとしても色々なきっかけをくれました。この曲を作る前までは、語感や耳心地の良い言葉を組み合わせて作詞をしていたんですけど、初めて自分の心の内を歌詞にしたのが「隣人に光が差すとき」で。初めて歌いながら涙が出てくる曲になったというか、自分の弱さと向き合えた歌なんです。当時は、一緒にアレンジしてくれていた人に聴かせるのが怖くて(笑)。「気持ち悪い」ってバカにされるかもって思っていたんですけど、逆にすごい褒めてもらえたんですよね。

ーーそういう意味では、「聖者の行進」(2013年)もご自身の心情を表に出した曲だと思います。

安藤:この曲も、感情を外に出すことを覚えて作った初期曲ですね。夜中に小声で歌いながら作った曲だったんですけど、ライブでは地声で歌う曲に生まれ変わってしまって。相当な肺活量と声量をこの曲には育ててもらいました(笑)。私、ライブで声の強弱が激しいって評判なんですけど、その腹の底から出てくる大きな声は、「聖者の行進」で培われたものだと思います。本当に体を大きく動かしながらじゃないと声が続かない曲で、ライブだと身体中の空気を追い出すようにして歌ってますね。

ーー「都会の空を烏が舞う」(2015年)、「アメリカンリバー」(2016年)は、ちょうど転換期にあたる時期に出した曲です。

安藤:「都会の空を烏が舞う」は自分の死に様をかたどった曲ですね。燃え尽きて灰になって、魂が空に返っていくところを歌った曲で。これは『あなたが寝てる間に』に入っているんですけど、本当は一つ前の『グッド・バイ』用に作った曲だったんです。でも、この曲を世に出してしまうと、歌手としての自分も諦めなきゃいけないと思っていたから、わざと外したんです。それで次は明るいアルバムを作ろうと思って『あなたが寝てる間に』を作ったんですけど、結局自分の心の声としては「都会の空を烏が舞う」を出さないと完結できないと思っていて。で、実際に「都会の空を烏が舞う」を歌ったらやっぱりもう曲が書けなくなって、『頂き物』(2016年)を作ることにしたんです。

ーー堀込泰行さんやCharaさんなどのアーティストが楽曲提供した作品ですね。その中で唯一、安藤さんが作詞作曲したのが「アメリカンリバー」でした。

安藤:制作の最後の最後にディレクターが「一曲でもいいから裕子の曲を入れよう」と言ってきて、スケジュールギリギリにレコーディングした曲なんですけど、これが最後の搾りかすでしたね。でも、この曲があったから出口が見えたというか、休止する決断がつきました。この曲のレコーディングのあとに、ディレクターと山本くんを呼んで、レコード会社を辞めることを伝えました。

ーーその時は、音楽から距離を取ろうという感じでしたか?

安藤:そうですね。ライブもしたくなかったし、心が虚無の状態でした。でも、当時のマネージャーから「離れたら絶対に戻ってこなくなるからライブだけはやったほうがいい」と言われて、細々とイベントはやっていました。何カ月か時間を空けながら、東京でワンマンライブも入れてくれたりしたんです。

ーーライブをする中で、徐々に音楽作りも始めたんですか?

安藤:昔の曲を歌うのが辛いから、曲作りをしていた感じですね。正直、作っても全然ワクワクはしなかったですが。そういう、「変わりたくても変われない」もがきみたいなものがあったんですけど、立ち直れた理由として一番大きかったのは『ITALAN』で遊びながら音楽を作ることができたからだと思います。

ーーやはり、トオミさんやShigekuniさんと作った『ITALAN』は大切な作品なんですね。そして、そこから『Barometz』へ繋がっていくわけですが、これから先はどういう風に音楽と向き合っていこうと考えていますか? 今は新型コロナウイルスに伴い、ライブ活動なども制限されてしまう状況ではありますが。

安藤:ライブで作品の答えを知っていくという習慣があるから、今できないのは非常に辛いです。やっぱり作品ができたらライブをしたいという感情は当然ありますし、それと同時に生活そのものも苦しくもなってきますよね。これは、ミュージシャンだけでなく、周りのスタッフの方々も含めてですが。でも、やっぱりミュージシャンって音楽を作れたらそれだけでいい、みたいに思うことがあるんです。私もライブができなくて辛いと思いながらも、レコーディングしたいとはずっと思っていますし。

ーー次の作品に向けて動き出すということですね。

安藤:今はほぼすべての人類が困窮している状況にあると思うんですけど、みんないっしょくたに苦しんでて意味あるのかなって少し思うんです。みんな一様にすべてを失っていくとしたら、そういう時こそ日常をもっと楽しんで生きたほうがいいんじゃないかって。そういう意味でも音楽は日常に寄り添うものだと思うし、だからこそ「生きろ!」みたいな歌は歌いたくないというか。もっと微笑ましいものだったり、気持ちいい音が鳴っているだけでもいいと思うんですよね。今は出したばかりなので次作の予定は決まっていないですが、今も勝手に家で音を重ねたりしながら自分の中で準備はしてます(笑)。

■リリース情報
『Barometz』
8月26日(水)発売
¥3,000(本体価格)+税
購入はこちら

Loppi・HMV限定盤(豪華ハードカバーブック 特別パッケージ仕様)
¥4,000(本体価格)+税
※完全限定生産。HMV&BOOKS online、ローソン・ミニストップ店頭のLoppi端末、および全国のHMV店舗にて購入可能。

<収録楽曲>(2形態共通)
01. バロメッツ
02. 一日の終わりに
03. Little bird
04. Tommy
05. スカートの糸
06. 空想の恋人
07. 恋しい
08. 曇りの空に君が消えた
09. 箱庭
10. 青の額装
11. coda
12. 鑑

<CDショップ予約購入 先着オリジナル特典>
・TOWER RECORDS限定特典:クリアファイル(タワーレコード ver.)
・HMV限定特典:クリアファイル(HMV ver.)
・TSUTAYA限定特典:クリアファイル(TSUTAYA ver.) 
・新星堂/Wonder GOO限定特典:ポストカード(新星堂/Wonder GOO ver.)
・山野楽器 限定特典:ポストカード(山野楽器 ver.)
・楽天ブックス 限定特典:しおり
・セブンネット限定特典:ステッカー 
・amazon限定特典:メガジャケ
(メガジャケは、ジャケット写真の絵柄をそのまま24×24cm大に印刷したもの)
・玉光堂・バンダレコード限定特典:アナザージャケット
・その他法人限定特典:告知ポスター

安藤裕子オフィシャルサイト
安藤裕子オフィシャルTwitter
安藤裕子オフィシャルInstagram

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