バトル番組をきっかけに“中国ダンスブーム”が到来 ダンサーが日本でレッスンを受けることも主流に

 長くストリートダンスを続けてきて、特に嬉しかった瞬間はあったのだろうか?「インターナショナルスクールの学生にダンス指導した時は、とても嬉しかったですね。彼らはみんなダンスが好きで、一生懸命レッスンを受けてくれたし、みんなで一つの作品を作り上げて完成させました。達成感とやりがいを感じた仕事でしたね」。15年ダンスを続けてきた彼が、そのようなシンプルな場面で喜びを感じていたことに、少し驚いた。彼は純粋に、ダンスを愛する人たちとオリジナルのダンスを作ることが好きで、そのような場を持ち続けたいと願っているのだろう。

中国のダンスキャンプで、ロスを拠点に活動するダンスグループ・Kinjazのメンバー、Jawn Haのレッスンも受けた。左アイヴァン、右Jawn Ha。(写真提供:Ivan Wang)

 彼は2017年6月、初めて東京でダンスのレッスンを受けた。そのきっかけは、2016年、2017年、中国各地で受けたダンスキャンプだ。指導者の半分が中国のダンサーで、残りの4分の1が日本から招聘されたダンサーだった。彼らの実力を直に感じ、もっと彼らから習いたいと思った。なかでも、アジアのダンサーなら知らない人はいないという渋谷のダンススクールから招聘されたダンサーのスタイルには惹かれるものがあった。そのダンススクールに8カ月通い、毎日、6時間のレッスンを受けた。その後、大阪に渡り、別のダンススクールでも習い、約1年の日本でのダンス留学を終えて上海に帰国。「当時は、まだ中国から日本にレッスンにきている中国人は多くなかったですね。ちょうど私が帰国する直前、中国からの生徒が増えていったようです」。

 中国からの生徒が増えていった理由の一つには、当時、中国で流行っていたスタイルを専門に教えるスクールがいずれも日本にあったということのようだ。また、先述したようにすでにそのスクールでレッスンを受けたダンサーがSNS上で動画や写真を発信したことも中国からの生徒が増えた理由のようだ。

 アイヴァンは、日本のダンサーの指導方法は中国とは違うと語る。「日本では、力と動きの大きさを大切にしているように思います。とにかく、自分が出し切れる力を出しきり、大きな動きで完璧なダンスを見せることを目指すのが日本。一方の中国は、練習の時は力を入れて学ぶけれど、実際、本番になったらその場を楽しもうみたいになる。実際に日本でレッスンを受けて肌身で感じた違いです」。

 日本からのダンス留学を終えたアイヴァンは、その後、アメリカやヨーロッパでのダンス留学を経て、今年6月に初めて自分のダンスグループを設立した。新たなスタートを切ったアイヴァンに、「今後、中国のストリートダンスに期待することはあるか」と聞いた。「一人のダンサー、一人のダンスを愛する人間として望むことは、この業界がもっと多様化すればいいなということです。特に私のようにコレオグラファーとして活動しているダンサーは中国では少ないのと、あまり多くのスタイルが受け入れられない傾向にあります。流行りの振り付けだけが受け入れられるみたいな。“かっこいい”だけではない、もっと個性的な振り付け、ダンスが受け入れられるようになればいいなと思います」。

 中国のストリートダンス一代目、二代目は共に日本のダンサーから指導を受け、その経験を下の世代に繋げている。今はコロナの影響で中断しているが、ストリートダンスが育んだ両国の交流は、草の根ながら長期にわたり定着している。そこから新たな動きや話題が生まれるかもしれないと思うと、今後も目が離せない。

2019年ロサンゼルスのMovement Lifestyleでのレッスン。後方がアイヴァン。(写真提供:Ivan Wang)

 次回の後編では、2018年の「ストリートダンス元年」の火付け役となった番組『这!就是街舞(Street Dance of China)』のアーティスティックディレクターと、シーズン3に出演するダンサーへのインタビューをお届けする。

■小山ひとみ
中国のミレニアル世代やユースカルチャーが得意分野のライター、コーディネーター、中国語通訳・翻訳者。『STUDIO VOICE』Vol.413では中国のオンライン番組についてのコラム執筆、Vol.414では中国のファッションページで企画、コーディネート担当。『装苑』で中国のファッションデザイナー、ウェブマガジン『HEAPS』で中国ヒップホップやミレニアル世代の記事を執筆。2017年の「フェスティバル/トーキョー」では中国特集をキュレーション。中国のメディアに日本の情報も提供するなど、日本と中国の「いま」にフォーカスを当てて発信を続ける。2019年12月『中国新世代 チャイナ・ニュージェネレーション』出版。

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