バトル番組をきっかけに“中国ダンスブーム”が到来 ダンサーが日本でレッスンを受けることも主流に
2018年1月、私は正月休みで上海に来ていた。いつものように、上海に来ると必ず立ち寄る地下鉄直結のショッピングモールを訪れた。ハイブランドのアパレルショップ、カフェ、レストランをはじめ、日本の無印良品やJINSも入っている。ぶらぶらしていると、ある違和感に気づいた。そう、風景が変わっていたのだ。上階にあったショップがなくなり、そのワンフロアのほとんどが習い事の教室に変わっていたのだった。「革製品を作る教室」「絵画を習う教室」「アクセサリーを作る教室」など、様々な教室が並んでいる。見ていると生徒は20代、30代の若い人が多いようだ。
このように、「ショッピングモール内に習い事の教室がオープン」というのは、上海では近年の流行りらしい。中国のショッピングモールは、一般的に夜10時、11時までオープンしているので、会社員が退勤後に習い事をして、別のフロアで夕飯を食べてそのまま地下鉄で帰るというコースは、結構定番になりつつあるようだ。東京同様、忙しい街、上海で生活する人にとって、立地のよいショッピングモールはすっかり生活の一部になっている。
習い事でいえば、ここ数年は圧倒的に「ダンス」がブームだ。中でも「ストリートダンス」は、2018年にオンラインで放送されたストリートダンスバトル番組『这!就是街舞(Street Dance of China)』の影響で、幼稚園生やリタイアした方まで幅広い世代に人気と聞く。私も番組をリアルタイムで見ていたので、「やってみたい!」という気持ちになるのはよくわかる。番組に出演していたダンサーたちがみんな、バトルとはいえ、とても楽しそうに踊っている姿には惹かれるものがあった。
また、『这!就是街舞』の初回放送1カ月後に、別の動画配信サイトでも似たようなダンスバトル番組がスタートし、こちらも後押しして、2018年は「ストリートダンス元年」と言われたらしい。『这!就是街舞』の放送がスタートすると、上海のショッピングモール内にあるダンススクールに通う生徒や先生を追ったテレビのドキュメンタリー番組も放送され、番組がヒットしてダンススクールに通う人が増えていることが語られていた。実は2018年はもう一つ、「元年」があった。以前、こちらで紹介した、「アイドル元年」だ。アイドルといえば、ダンスはマスト。そうなると、2018年のダンス市場はとんでもなかったのではないかと想像できる。
番組を見ていて、中国にはストリートダンスを踊っているダンサーが大勢いるという発見だけでなく、中国国内外の大会で好成績を残している人が少なくないこと、また、彼らの中にはダンサーであると同時に、インストラクターとしてもダンスに向き合っている人がいることも知った。2018年にヒットし、2019年にはシーズン2が放送され、今年7月にはシーズン3も放送予定と大人気の番組ではあるが、実は番組以前からストリートダンスに惹かれ、ストリートダンスのプロとして活躍している人が沢山いたのだ。そこで今回、中国のダンス関係者にリアルな話を聞いた。前編、後編と二回に分けてお送りする。
上海で友人たちと二つのダンススクールを運営するchichiは、子どもの頃からダンスが好きで、ダンススクールに通い、ダンスグループにも所属していた。ダンス専攻がある芸術系の大学への入学を目指していたのだが、足を怪我してしまい断念。ただ、ダンス熱は冷めることなく、2017年9月、友人たちとスクール「D7dance Studio」をオープンした。現在は、ストリートダンス専門の教室とそれ以外のジャンル、例えばコンテンポラリーダンスや民族ダンスなどを教える教室、と二つの教室を差別化して運営している。それぞれ、キッズクラスも設置されている。
「ストリートダンス」と一言で言っても、実は細かくジャンルが分かれている(「ストリートダンス」はさらに「オールドスクール」「ニュースクール」などと分かれているが、ここではその説明は割愛させていただく)。ヒップホップ、ブレイクダンス、ロックダンス、ポップなどなど。「D7dance Studio」ではヒップホップの人気が高いらしい。約700人の生徒は、3歳半の子供から60歳までと幅広い世代が通っており、大人で言えば、会社員が多く、その他は大学院生、大学生などの学生もいる。
「2018年の番組の影響は大きいですね。特に親世代は番組を見て自分の子供にもストリートダンスを習わせたいと通わせるケースが増えました。でも、ブレイクダンスは身体への負担が大きい、と子供には習わせたくない親が多いので、キッズクラスのブレイクダンスは今はありません。あと、アイドルオーディション番組の影響で『自分も憧れのアイドルみたいに踊れるようになりたい』と通う若い子も増えました」。ダンスバトル番組の影響だけでなく、アイドルオーディション番組の影響でダンスを習いたいと思う人がいたというのは意外だった。ただ、そのような若い人は実はちょっと残念な結果になることもあるのだとか。「番組の影響でダンスを始めた若い子の多くは、社会人1年目や大学生で、レッスン料が払えなくなって続かない人が少なくないんですよね」。番組放送以前は、会社員の中でも比較的収入が高く、生活に余裕のある人が多く通っていたのが、ここ最近の傾向として、全く新しいタイプの若い人が通うようになったという変化があるようだ。
また、中国では余裕のある家庭では、子供に様々な習い事をさせるのが一般的で、ピアノなどの楽器や英語、バレエは以前から人気だ。親の中には、バレエは上級にいくにつれ体への負担が強くなるので、それなら比較的負担が少ないと思われるストリートダンスに通わせたいと考える人も少なくないようだ。「D7dance Studio」でもキッズのストリートダンスクラスの受講生は増えている。キッズクラスは、3歳から12歳までのクラス。「D7dance Studio」では、受講生の中から6人ずつ選び、小学生グループと幼稚園生グループの二組をつくり、一年をかけてトレーニングする。スクールのインストラクターが振り付けを考え、子供達に教える。2019年、初めてキッズ向けの中国の全国大会にその二組を送り込んだ。みごと二組とも上位の賞を得ることができた。
今年5月、『这!就是街舞』と同じ配信サイトで、関連番組として、『师父!我要跳舞了(Let’s dance)』の放送が始まった。この番組は、5歳から12歳までのダンスを習っている15人の子供達が、共同生活を送りながらダンサーのお兄さん(『这!就是街舞』に出演していたダンサーたち)からレッスンを受けたり、バトルしたりというリアリティ番組。きっと、この番組が影響して、今後さらに自分の子供にストリートダンスを習わせる親が増えるのだろう。
2018年の番組放送後、上海をはじめ、中国各地でダンススクールが増えたと語るchichi。ダンススクールの増加に対して、危機感などは持っていないのだろうか。「タピオカミルクティーのお店みたいな感じなんだと思うんです。どこにいってもタピオカミルクティーがあるみたいに、あちこちにダンススクールがあるというのが今の上海。でも、それってダンスが生活にとってなくてはならないもの、当たり前の存在になってきていることの現れでもあるのかなって。そういう意味では、とてもいいことだと思います。あとは、数を増やした結果、質が伴わずに倒産したスクールもあるので、最終的には質の高い、中身のあるダンススクールが残っていくんだと思います」。