藤田麻衣子の恋愛ソングで描かれる距離 心の揺れを代弁する表現の魅力

 ステイホーム週間に乗っ取られたGWが過ぎ、風薫る爽やかな季節になっても自由に外を出歩けない。たった今、恋の花咲く者たちは、時代を呪いたくもなるだろう。「恋セヨ乙女」、「恋セヨ青年」と、こちらはもはや恋愛下手世代を応援する身だが、そうであっても恋は永遠のテーマ。恋人たちの目下の災難を思うとキューンと胸が痛む。が、禁じられるほどに愛しさは募るもの。ま、一昔前と違って通信手段には事欠かないが、簡単に会えて、触れ合えていたのがそうではなくなったという現実は、突如『ロミオとジュリエット』な世界に逆戻りさせられたも同然だろう。

 会えずに募る愛しさが、幸福感よりなぜか不安を運んでくるのも常。恋愛とは、約束のない不確実性の海を漂いながら、自問自答の悪循環に身を投じる行為なのかもしれない。独りよがりな妄想は、良くも悪くもドラマを生む。だとすれば今、恋する者たちは最強の感受性で音楽に耳を傾けることができるはず。そして、その不確実性ゆえの心の揺れを代弁し、終わりなき自問自答の渦にどっぷりと浸らせてくれるのが、藤田麻衣子の極上の恋愛ソングだ。

 たとえば、3月にリリースされたアルバム『necessary』の冒頭を飾る「その声を聞きたくて」。絵本アニメクリエイターtwotwotwo(ににに)によるパステルタッチのせつないMVが話題となっている。藤田はこの曲で距離を歌う。描いているのは、いわゆる遠距離恋愛やそれこそソーシャルディスタンシングといった物理的距離ではなく、対人関係における心理的距離(縄張り)、パーソナルスペースだ。恋する相手のパーソナルスペースへの侵入がどこまで許されるのか、許されないか、そのギリギリの距離のせめぎ合いで主人公は悩み、煩悶し、相手に問いかける。「その声が聞きたくて」では、〈その心 誰がいますか〉と。でも、そう言えるのはあくまで心の中でだけ。ため息交じりに〈素直に言えたなら〉と吐露し、主人公は自問自答の世界に戻っていく。つまり、人は恋をすると、自分が恋をしたという強い確信と引き換えに自信をなくし、弱くなる。その不可解で理不尽な心のヒダを、藤田の歌は実にせつなく逆撫でてくれるのだ。

藤田麻衣子 - 「その声が聞きたくて」 Music Video フルバージョン

 恋の痛気持ちいいせつなさ。それは、デビュー曲「涙が止まらないのは」からずっと一貫している。この曲でも主人公は、〈探り合ってるの? わかり合っているの? 恋人にはなれないの?〉と相手に問いかけ、〈だけど口には出せない 君には届かない〉と内省の世界に戻る。もし、成就してからの恋の悩みを歌うとしたら、互いのパーソナルスペースに生活感が絡んできて、妄想ファンタジーにはなり得ない。やはり成就するかしないかのギリギリの距離を歌うからこそ、聴き手はそこにドラマを見ることができるのだ。藤田の恋愛ソング最大の魅力はそこだろう。

藤田麻衣子「涙が止まらないのは」

 恋愛ゲーム『イケメン幕末』とのコラボが長く続いているのは、ファンタジーという意味で親和性が高いからでもある。テーマ曲となっている「恋煩い」や「恋時雨」で藤田は、ゲームの物語に思いきり寄り添せたジャパネスクなメロディで、いつもより大胆に恋のときめきとせつなさを歌い、新たなファン層を獲得した。藤田といえば、両親への感謝を歌った「手紙 〜愛するあなたへ〜」や、『はじめてのおつかい』で挿入歌となった「素敵なことがあなたを待っている」など、心温まるファミリーソングでも高い評価を得ているが、その真骨頂はやはり恋愛ソングじゃないだろうか。

 ちなみに藤田の曲作りは基本詞先。多数派の曲先楽曲に見られるA、B、サビ、大サビといったポップスの小節数の雛形に、藤田の楽曲が微妙にハマらないいのはそこに理由がある。一瞬微かな違和感を覚えるそのメロディのフローは、実は言葉そのものが人の耳に届きたくて欲しがっているもの。そして、鈴の音のような藤田の歌声を通ると、それが心地よく耳に引っかかってくる。ベタつくことなく胸に響く。微細なエアポケットを伴った曲の浮遊感に、聴き手はイマジネーションを委ねたくなるのだ。

 そんなこんなで、藤田麻衣子の恋愛ソングにどっぷり浸ってカタルシスを得られた人には、晴ればれとした気持ちで明日に走り出したくなる「恋ってどうやってするものだっけ?」もお薦めしたい。楽曲の行間から見えるドラマを発展させたちょっとユーモラスなショートムービー風MVは、気分が落ち込みがちなこんな時期だからこそ必見。というわけで、絶賛恋愛中の人も、恋など忘れたという人も、この機会にぜひ藤田麻衣子のYouTubeチャンネルでキューンとしちゃってください。

藤田麻衣子「恋ってどうやってするものだっけ?」

藤田麻衣子 オフィシャルYouTubeチャンネル

■リリース情報
『necessary』
発売中
・通常盤CD ¥3,000+税 CD11曲収録
・完全限定生産盤 ¥5,000+税 ①CD+②DVD+③グッズ
・CD曲目(完全限定生産盤・通常共通)
1 その声が聞きたくて
2 chapter
3 そばにいるのに
4 線香花火
5 necessary
6 私たち
7 クリア
8 思い出にはいつも
9 here
10 それくらいでいいよね
11 おやすみ

オフィシャルサイト

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