「テレビが伝える音楽」第9回(後編)
『堂本兄弟』『FNS歌謡祭』に息づく“ショーの精神” フジ音楽番組演出スタッフに聞く、生演奏とコラボにこだわる理由
『FNS歌謡祭』が生演奏とコラボにこだわる理由
――浜崎さんは『FNS歌謡祭』の演出も担当していますが、こちらはどのような方向性を目指して作られてきた番組なのでしょうか。
浜崎:『FNS歌謡祭』は入社以来ずっと担当してきましたが、『FNS歌謡祭』にしても『僕らの音楽』にしても、フジテレビの音楽班が一番こだわってきたのが生演奏とコラボレーションです。番組を見ていた人しか見ること・聴くことができない特別なものを提供したいという思いを詰め込んだ番組ですね。
音楽の「正しさ」で言えば売られているCDが一番正しい。正しいという表現が合っているかはわからないですが、歌のピッチも正確で、リズムの縦線も合っていて、演奏も間違えていない。色々なパートの音のバランスもトラックダウンして完璧なものになっているものがCDですよね。なので、正しいものを聴きたかったらCDを聴けばいいと思うんです。
でも、人間は正しいものに感動するかといったらそうではないのではないかと。感情が高ぶって音程がずれたとか、音のバランスは悪くても妙に演奏がエモーショナルだとか、誰かと誰かが一緒に歌った化学反応で100点だったものが300点になるようなミラクルが起こるとか、そういう特別な何かが起こる土壌を提供したいという気持ちがあります。音楽は揺れというか……歌い手や演奏している人の気持ち、その日のコンディション、空気感でグッとくるし、感動を呼ぶんです。だから私は生演奏やコラボが好きだし、フジテレビはそれを提供したい。『FNS歌謡祭』ではそういったことをずっと突き詰めてきました。
――たしかに『FNS歌謡祭』は番組オリジナルのコラボレーションが毎回大きな話題を呼んでいます。
浜崎:手間と労力で言ったら普通の10倍はかかります。まず誰と誰でこの曲をやったらいいんじゃないかと発想して交渉する。やることが決まったらこの曲のこのパートはAさんが歌って、ここはBさんが歌って、このパートはBさんがハモりましょう。ハモるんだったらこういうラインはどうですか、と詰めていく。照明や映像の演出ももちろん考えますし、事前リハーサルも行います。譜面を書いてもらってリハーサルをして、そのアーティストに歌割りを覚えてもらう。いま音楽番組で本番日とは別にリハーサルをやっている番組はほとんどないと思います。『MUSIC FAIR』と『FNS歌謡祭』くらいなんじゃないかなと。
――いわゆる番組演出よりも一歩進んだ、演者側に入り込んだ仕事が多いということですね。
浜崎:そうですね。音楽を作る部分に入り込むので『FNS歌謡祭』でいえば武部聡志さん、『堂本兄弟』でいえば吉田建さんといったプロのアレンジャーに譜面に落とし込んでいただきますが、根幹の発想の部分はこちらが担っているので、ある程度の音楽の知識がないとできないことではあるかもしれません。
―― これまで『FNS歌謡祭』でも様々なコラボレーションを手がけてきたと思いますが、その中でも特に印象深いものがあれば教えてください。
浜崎:三谷幸喜さんとAKB48の「Beginner」(2013年放送)、平手友梨奈さんと平井堅さんの「ノンフィクション」(2017年放送)のインパクトは大きかったですね。
――三谷幸喜さんとAKB48のコラボの経緯は?
浜崎:三谷さんはもともと『堂本兄弟』でご一緒したのがきっかけです。『堂本兄弟』では事前にゲストにお会いしてトーク、曲の打ち合わせをしていたのですが、歌ってみたい曲、好きなアーティストについて聞いたときに三谷さんから出てきたのがAKB48「Beginner」で。意外すぎて私には完成形が見えてなかったんですけど、三谷さんにはしっかり見えていたようで、実際にコラボしてみて「こういうことか!」と納得しました(笑)。 あれはもう三谷さんの才能の賜物だと思いましたね。
ーー平手友梨奈さんと平井堅さんについては?
浜崎:平手さんがコンテンポラリーダンスのようなもので何かを表現したいということで。そこで私が選んだのが平井さんの「ノンフィクション」でした。すでに平手さんの中には振付をする人のイメージもあり、振付師のCRE8BOYさんにストーリー性のある素晴らしい振りをつけていただきました。今でも覚えているのが、リハーサル室で繰り返し平手さんがその振りを踊っていて、毎回全力なので途中の膝を地面につく動きで膝が真っ青なアザになっていたこと。その鬼気迫る様子は口を挟む余地もなく、氷を買いに行って手渡すことくらいしかできませんでした。
――「ノンフィクション」のコラボレーションは印象に残っている視聴者も多いのではないでしょうか。その翌年、平井さん自身も平手さんからインスピレーションを受けて「知らないんでしょ?」という楽曲を完成させてしまったほどです。
浜崎:そのお話は平井さんから聞きました。私たちが提供したものがアーティストにとって活動や創作の刺激になるなんて、こんなに嬉しいことはないです。アーティストの方々にも流してできない何かが『FNS歌謡祭』にはあるのだと思いたいですね。「相手は100でくるから150で返さなきゃ」「じゃあ200で返さなきゃ」という相互効果がものすごいものを生み出す。それを体感できたときが、もっとも嬉しく、やりがいを感じる瞬間ですね。