(sic)boyとKMが語る、ラップシーンの新潮流 教科書に則ったスタイルから、オリジナルを生み出す試みへ
「ヒップホップは自由でなきゃいけない」
ーー制作の中で2人が感覚を共有できていると感じた、あるいは違いを感じた部分はありましたか?
KM:僕が思うに、彼の聴いてる音楽は世代の幅が異様に広くて。例えば「Linkin Parkのあのアルバムのあの感じ」と言っても話が通じるし、「Limp Bizkitのあの感じ」って言っても伝わる。単純に詳しいんだなって思うことが多いですね。
(sic)boy:KMさんと制作したことで、リル・ピープやポスト・マローンとは違った、ロックとヒップホップの融合を間近で見れて楽しかったですし、衝撃的でした。KMさんとは、ルーツというか好きな音楽が同じだったりもするんです。
ーーリル・ピープのような所謂エモラップと呼ばれるサウンドを対抗馬的に意識していたりも?
(sic)boy:初めはそういう思いもあったかもしれないです。ただEPを作っているなかで、別の新しいカオスなものが生まれたかなって思えてからは、あまり気にしなくなりましたね。
KM:もちろんそういうサウンドに寄せることもできたんですけど、それだとタイプビートと変わらないので。日本人としてのロック、日本人としてのヒップホップという感性を大事に、素直に表現してみようという想いはあったかな。
ーーLimp Bizkitあたりは、(sic)boyさんの年齢を考えると少し上の世代かと思うのですが、どのように知りましたか。
(sic)boy:中学生の時にミクスチャーやロックはひたすら勉強していて。ディスクユニオンとかブックオフで中古のCDを買ってウォークマンに入れて学校に行ってましたね。売れてるアルバムは特に安いじゃないですか。そういうのをバーっと選んで買って。高校生のときはバンドもやってましたね。
KM:CD買ってたの?(笑)。あれ、兄弟っていたっけ?
(sic)boy:僕、2個上に兄がいて。
ーーお兄さんの影響などは?
(sic)boy:特にないと思いますね。兄は長渕剛さんとかをよく聴いてました。でも椎名林檎さんは兄から教えてもらいましたね。
KM:そういえば「(sic)’s sense」ってさ、最初に「椎名林檎っぽいの作りたい」って言ってたの覚えてる?
(sic)boy:そうっすね。あのタム回しですよね、サビ前の。
KM:「幸福論」ぽいのやりたいってね。跡形もないかもしれないですけど(笑)。
ーー出発点がそこにあるというのは驚きです。
KM:椎名林檎さんがポップスなのかはわからないですけど、日本人が持って育ってきている音楽の感性やポップスの感性は僕もあるし、たぶん彼の中にもあると思うんです。ただ通常、ヒップホップってそれを隠そうとする。USからの影響を受けたいと思って聴いてるから。もちろん僕もそういう部分を持っていたりもする。けど、僕が素直にポップスの感性を出したら、(sic)boyも素直にそのメロディに乗っけてくれたんです。
ーードキュメンタリー動画「夜のパパ」の中でKMさんがおっしゃっていた「日本人の耳になじみのあるサウンドに落とし込んでいくっていうのが自分の使命」という意識は現在もありますか?
KM:そうですね。ワールドワイドで戦える音を目指したいと思ったときに、わざわざLAで流行っている最新のビートシーンを一生懸命吸収したところで結局現地には敵わないと思ったんですよ。結局LAに持って行って「お前のスタイルはどんなものなんだ?」と言われて、LAで流行ってるビートを聴かせるのってちょっと恥ずかしいと思う。だったら逆に、日本人が考えているポップなセンスを研究して、トラップやハウスのフォーマットに落とし込んだ方が、音楽的な魅力が強くなるんじゃないかなと。日本人だけに聴かせるのではなくて、世界で通用させるためにポップな感性を残しているんです。
ーーなるほど。KMさんは以前Twitterで「ヒップホップをやろうとすればするほど、ヒップホップってジャンルからは離れちゃう」と呟いていましたが、もう少し詳しく教えていただけますか?
KM:そもそもヒップホップってジャンルじゃなくて、スタイルとか精神性だと僕は捉えていて。ヒップホップはまず自由でなきゃいけないと思っているんですよ。ハウスでもラップできるし、テクノと混ざったりした時代もあったし。ジャンルとして捉えると90’sのヒップホップだったり、今のトラップサウンドをイメージする人が多いと思うんですけど、僕が好きなヒップホップのスタイルは、まず音楽的に自由であるってことなんです。だから一般的にイメージされるヒップホップを作るのではなく、自分のアイデアでどうやって新しい音楽を作り出すかを指していますね。