小沢健二「彗星」を次世代のリスナーはどう聴いた? 未来の少年少女たちが受け取ったエール

 小沢健二の「彗星」は過去、現在、未来を1つの曲、わずか4分間の中でまさに美しい彗星のように縦横無尽に飛び回る曲だ。同時に今までの時代を生きた人たちに賛辞を贈り、そして次の時代を担う子どもたちへエールを送るメッセージソングのようにも感じる。

小沢健二「彗星」

 1994年『LIFE』のドロップ前夜に生まれた私は、全くもって“オザケンリアルタイム世代”ではない。しかし、生きていくなかで彼の楽曲、歌詞の持つパワーに触れ、惹かれていった。とはいえ小沢健二の音楽を聴き始めた頃には、彼はすでに活動休止中で、私自身彼のことを“過去の人”だと認識していた。だがそれは間違いだった。2017年に突如シングル『流動体について』をリリース後、次々に新曲を発表し、もうすぐ待望のフルアルバム『So kakkoii 宇宙』もリリースする。私はそんなアルバムの発売を待ちながらこの記事を書いている。小沢健二が活動休止していた間も、彼が作った音楽はしっかりと「僕の部屋にも届いている」のだ。そして私たち世代が作った音楽もまた、彼の元に届いている。

 この曲が印象的なのは、「2020年」「1995年」「2000年代」と現在と過去を行き来していることだ。度々挿入される流麗なストリングスの間奏が流れるたびに、時間軸が変わっていき、私たちをその時代に誘う。例えば、冒頭〈そして時は2020/全力疾走してきたよね〉の後にこのフレーズが流れると、次は〈1995年 冬は長くって寒くて/心凍えそうだったよね〉と続くーーおそらく、この“1995年”は、当時リリースした「強い気持ち・強い愛」の〈寒い夜〉を表しているのだろう。当時の自分を現在の少年少女たちと重ね、思いを馳せているのかもしれないーー。そして、2回目の間奏後には〈2000年代を嘘が覆い イメージの偽装が横行する〉と“2000年代”へ、3回目には〈今ここにある この暮らしこそが 宇宙だよと〉と“今”を歌っている。このストリングスが奏でられるたびに現在から過去、過去から未来へと時間を飛び回っている。それはまるでタイムマシンのようであり「彗星」の正体なのかもしれない。

 間奏の合間に繰り返し登場するサビでは高らかに「現在」について歌われている。「日常」を「宇宙」という極めて大きな対象と対比させ、〈今の暮らし〉がいかに「奇跡」なのかを示しているのだ。そして最後のサビでは、その暮らしについて〈なんて素敵なんだろう!〉とし、聴き手に訴えるかのようにリズムも変えている。

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