アルバム『LIV TOWER』インタビュー
片想いが考える、バンドを進化させる“課外活動”の重要性「それぞれがインディペンデントな存在」
それぞれのグラデーションが「片想いらしさ」
ーーアルバムの話に戻りますが、『LIV TOWER』はこれまで以上にプログレッシブでストレンジなアレンジが増えつつ、メロディはこれまで以上にフックがあってキャッチーになった印象です。
sirafu:メロディに関しては「みんなで歌える」ということが重要ですね。というのも、もともとシンとオラリーはシンガーではないので、いわゆるテクニカルな歌い回しとか出来ないわけですよ。となると、この二人が歌えるかどうかはとても重要な目安になるんです。みんなが一緒に歌って感情移入できるか否かの判断をそこでしてもらうというか。
そこは曲を作る上での「制限」でもあるし、裏を返せばそれが片想いの可能性でもある。いい曲でありながら、一見キャッチーなメロディにするのは、工夫しがいのあるところですね。
ーー曲作りの手順で主に多いのは?
sirafu:最近は僕がトラックを作って、それをみんなに渡してそれぞれの解釈で演奏してもらうことが多いです。まあ、その通りには全然演奏してくれないですけどね(笑)。
片岡:伴瀬(朝彦)とかは真面目だから、結構ちゃんとコピーしてくるけどね(笑)。
sirafu:彼は耳が良すぎるんだよ、天才だから。最近はデモでベースをどう弾いているのかが伴瀬に伝わらないように、小さめにしてミックスしてるもん(笑)。
ーー(笑)。トラック作りの時など、どんな音楽にインスパイアされますか?
sirafu:自分たちの音楽性からかけ離れたジャンルをよく聴いて、そこから持ってくることが多いですね。例えば「このカーティス・メイフィールドっぽいフレーズを、沖縄民謡に寄せてみよう」とか(笑)。あと、全員がコーラスをやるというのは、僕の中ではPファンクからの影響です。あの「雑多感」は最初相当意識しましたね。
片岡:当時はArrested Developmentにも触発されたよね。僕の場合、そこから元ネタをたどってスライ・ストーンにたどり着いたんです。
sirafu:スライはサンプルネタでよく使用していましたからね。そこからファンクを掘っていくようになったので、アレステッドからの影響はすごくあるかも知れない。
ーーアルバムの先行リリース曲「2019年のサヨナラ(リリーへ)」や「環境」は、他の楽曲に比べるとメッセージ性の強い歌詞が印象的です。
sirafu:いや、メッセージはないですね(笑)。
片岡:僕ら、「人々にこうあってほしい」みたいなメッセージって本当にないんですよ。例えば「2019年のサヨナラ(リリーへ)」は、人によってラブソングだと思って聴いてくれてもいいですし、卒業の歌だと解釈してもらっても「バレンタインがテーマ」だと思ってもらっても何でもいいんですよね(笑)。楽曲というのは、どんなに苦労して作ったとしても、自分の手を離れた瞬間から「どんなふうに解釈してもらっても構わない」と思っているんです。
sirafu:歌詞については、どの曲も普遍的なものにしたくて。いつの時代にもハマるアンセムになれるようにする……というか、お客さんが聞いたときに、自分の想像力を投影できる余地のある歌詞を目指したいんですよね。例えばジョン・レノンの「イマジン」も単なるメッセージソングではなく、いつの時代に引っ張り出してきても、アンセムたり得ているのは「普遍性」を持っているからだと思いますし。
ーーなるほど。とはいえ「2019年」や「環境」というワードは意味深というか、つい深読みしたくはなりますね(笑)。
sirafu:でもね、「2019年のサヨナラ(リリーへ)」は当初「2017年のサヨナラ」というタイトルだったんですよ(笑)。でも、ドラマにも使われたし「それだと意味わかんねえな」と思ったので変えたんです。
僕、割と曲名から考えることが多いんですよね。「そういえば“環境”なんてタイトルの曲はないな」みたいな感じで。観念的な言葉なので、ちょっと無機質な感じがするじゃないですか。そうすると、人によっていろんな解釈ができるんじゃないかなと思ったんですよね。
ーー「反復を恐れるな」も、様々な解釈が成り立つ歌詞ですよね。
片岡:あの曲に関しては、銭湯で年間340日くらい働いている自分自身にも重ねてしまいますね(笑)。反復する日常に対して「うわー!」ってなるときもあるんですけど、“反復を恐れないのさ”というラインに救われる。「俺だけじゃないよな、みんな反復する日常を送ってるんだな」って。どんな仕事をしていても、自分のその生活パターンに嫌気がさす瞬間ってあると思うし。
sirafu:逆に、僕のような「自由業」からしてみると、反復って大切なことだなとも思うんですよね。ある時期まで勤め人も経験していたので、サラリーマンを辞めてフリーになり、「反復する日常」が無くなって初めて「自分はルーティンにいかに救われていたか?」に気づく。よく会社の悪口とか言ってるやついるけど、ちゃんと社会保障もしてもらい、決まった日にちゃんとお金が入ってくるなんて、どんだけ恵まれてるんだ? と思う(笑)。ループの中に入っていられることで、マジで救われているんですよ。(自由だと)狂うやつは本当に狂っちゃいますからね。
ーー僕もフリーなのでよくわかります(笑)。
sirafu:もちろん、ルーティンがキツイのも分かっているけど、それで人の生活が支えられている部分もあるんだなって。そのルーティンの中で家族ができて、子供が生まれているわけですからね。……なんて、今言ってることは歌詞ができてからの後付けがほとんどです。
片岡:(笑)。でも、書いているときにはよく分からなくて、後から「そうか、これはこういうことだったんだ」「こういうことが歌いたかったんだな」と思うことはよくありますね。多分、最初はループミュージックの「反復」からひらめいたタイトルだと思うんですけど、「反復といえば日常も反復しているな」みたいに、どんどん繋がっていくというか。
ーーサウンド的には「Cryptic」が、最もサイケデリックでとても印象的です。個人的にもすごく好きな曲で。
sirafu:やった!(笑)。これはオラリーが妊娠中に作った曲なんですよ。待望の赤ちゃんがお腹に宿り、慈愛に満ちた優しい楽曲が送られてくるのかと思ったら、あんな頭のおかしい曲がデモで送られてきたからびっくりしました。
オラリー:(笑)。あの曲は最初、シラちゃん(sirafu)から「作ってみない?」って連絡が来て。私はThe Residentsというバンドがすごく好きなので、ああいう感じをちょっと意識しながら作ってみましたね。今まで作曲はほぼやったことなかったんですけど、とりあえずパソコンの中に入っているソフトを、YouTubeに上がっている操作法など参考にしながら見よう見まねで動かして(笑)。出来上がったデモを、シラちゃんに送ったら「最高」って言ってくれました(笑)。そういう、懐の大きいところが片想いだなって(笑)。そのあと歌詞を考えたり、アレンジを詰めたりする作業はみんなで集まってやりましたね。
sirafu:デモの段階でほぼ出来上がっていたんですけど、それを僕が7分くらいに引き伸ばしました。後半のゴチャゴチャした部分には、友人宅で行った「リズムボックス・セッション」を混ぜてます(笑)。
ーー「リズムボックス・セッション」というのは?
sirafu:僕がリズムボックスをリアルタイムで操作し、それに合わせて友人がエフェクトをかけていくっていう。その友人はレコードのダイレクトカッティング・マシーンを持っていたので、それを使っていくつかのトラックを一度、アナログレコードに落としてからもう一度サンプリングして取り込んだりもしていますね(笑)。
で、そうやって作った曲のデータを、ミックスエンジニアのツボイさん(illicit tsuboi)さんにパラで渡してミックスしてもらっているんです。アルバムの中で、最も手の込んだ楽曲になりました(笑)。
ーーシンセベースの音色とか、ceroの「Buzzle Bee Ride」に通じるものがあったんですけど……。
オラリー:ほんとですか? 夫婦だからかな(笑)。基本的に、お互いの音楽活動に関しては一切干渉し合わないのですが、今回は初めて曲を作ったということもあって、メンバーに送る前に「これ大丈夫かな」と言って聞いてもらってはいますけどね。その時に(夫の髙城晶平から)「お、いいじゃん!」とは言ってもらいましたが、音色などの細かいアドバイスとかは特にもらってないです(笑)。
ーー「ひのとり(フィードバック吋編)」は、2017年にリリースした楽曲を再録したものですね。この曲はメロディもサウンドも、とてもインパクトがあります。
sirafu:僕はあの曲が一番好きですね。まずバンドでレコーディングして、それをツボイさんに「素材」として渡して好きなようにミックスしてもらったんです。
片岡:ところどころで聞こえる鳥の鳴き声は、ツボイさんのところにあるサンプリング素材。ありったけの鳥を鳥籠から解き放って(笑)。当初は、楽曲が聞こえないくらい囀りまくってたみたいで。
sirafu:こういうのをずっとやりたいと思っていました。レコーディングにおけるツボイさんの比重はすごく大きくて。9番目のメンバーくらいに思ってますね。ただ、他のエンジニアだったら喧嘩になっていたかもしれない(笑)。ミックスの段階で知らない音が入っていたり、コード進行が変わっていたりしますからね。それはもう、ツボイさんと僕らの信頼関係が成り立っているからこその「コラボ」というか。
ーー最初にも触れましたが、それぞれソロ活動を行うなどバンドに対するスタンスもまちまちなのに、ずっと続けてこられたのはなぜだと思いますか?
片岡:メンバーそれぞれがインディペンデントな存在で。僕も「風呂屋のおっさん」としての人生を生きている。だから、バンドがなければ会わない8人なんですよね。決して「仲良しバンド」ではない。それぞれ大人だし家族や生活もありますからね。それが、どういう理由か分からないけど、この8人でいることが馴染んでいて。それぞれのグラデーションが「片想いらしさ」になっているのかもしれないですね。
オラリー:私はもう、自分でいっぱいいっぱいだし、そんな中で私のペースに合わせてもらいながら、バンドを続けさせてもらえてラッキーだなって。
片岡:決して「仲良しバンド」ではないけど、お互いの生活を尊重しているというのがあるのかもしれないですね。
sirafu:語弊があるかもしれないけど、メンバー全員にとって片想いは「人生におけるメインのバンド」では決してないんですよね。「このバンドに人生を賭ける!」というのでは全くないからこそ、続いているというのはあるかも知れないですね。
ーー誰一人「我慢」とか「無理」をしていないというのも、長続きのコツなのかも知れないですね。それは、バンド活動以外のことにも当てはまりそうです。
片岡:僕は無理してますけどね、地方のフェスに出たその夜には番頭に立ってますから。
(一同笑)
(取材・文=黒田隆憲/写真=はぎひさこ)
■リリース情報
『LIV TOWER』
発売:2019年9月4日(水)
価格:¥2,800(税抜)
【収録曲】
01. Dig Power
02. Boo!Doo! Night
03. (ToT)
04. ひのとり(フィードバック吋編)
05. お~い!生きてるぞ~!
06. Cryptic
07. 反復を恐れるな!
08. 環境
09. 来るブルー
10. 2019年のサヨナラ(リリーへ)
(ドラマ「面白南極料理人」EDテーマ)