『SOUND & FURY』特別対談
スタージル・シンプソン『SOUND & FURY』 竹内宏彰氏×落合隼亮氏が語る、映像作品への熱意
挑戦していくのが、スタージル・シンプソン
ーー今回の『SOUND & FURY』は、サウンドがカントリーの枠からこれまで以上にはみ出していくような作品になっていますが、そういう意味でも、今回みなさんが用意された映像は、その作品の魅力を伝えるようなものになっていると感じました。
落合:彼の他の作品だったら、今回のような映像にはならないですよね。やはり、レコーディングしながらも、彼の頭の中に映像化のイメージがはっきりとあったんだと思います。
ーー映像を制作していく中で、今回のアルバム『SOUND & FURY』自体のテーマについても、みなさんで共有した部分はあったのでしょうか?
落合:今回のアルバムのコンセプトと映像のストーリーは、必ずしもすべてがリンクしているわけではないんです。音楽作品と映像作品が2つのパラレルワールドをそれぞれに走っていて、それが時たま交差するような雰囲気で。ただ、各楽曲の中で、映像的に詞の世界観を踏襲している部分もありますし、映像によっては曲の世界観や音のフィーリングが表現されているところもあって、中でも象徴的なものについては、不思議と楽曲と映像が上手くハマっているように感じました。森本さんの担当部分(「Mercury in Retrograde」)の、毛がウワーッっとなっていくところも、歌い出しの歌詞が「ノルウェーで髪を切った」というものになっていて。そこだけしかリンクはしていないんですけど、それが上手くハマっているように感じられたんですよ。
竹内:神風動画さんの担当作品以外は、水崎さんにも入ってもらって、「どのチームはどの曲がいいかな」ということを話し合いながら、監督たちにも曲を聴いて、歌詞を読んでもらって、担当する曲を決めていきました。その際、あまりこちらからテーマを指定しすぎないようにしていましたね。というのも、あまり説明をしすぎてしまうと、映像の可能性を狭めてしまうんですよ。むしろ、スタージルさんとそれぞれの監督たちの化学反応が生まれたらいいんじゃないかと思って制作を進めていきました。オムニバス作品ではそのバランスがとても重要で、あまりテーマを指定してしまうと、こじんまりとしたものになりますし、自由にやりすぎても収拾がつかなくなってしまいます。今回は、スタージルさんが考えた芯のある世界観の中で、「時系列や場所が変わったら何が起こるか」ということをルールとして監督たちに考えてもらい、そのうえで曲から感じたパッションをぶつけてもらいました。『SOUND & FURY』は作品自体に詞的な感覚があって、具体的に何かを言うよりも、様々な比喩的表現が多く、映像を作る側も、イメージののりしろがあって非常にやりやすかったと思います。
落合:確かに、今回は、歌詞の中でもそこまで直接的な表現はないんですよね。前作『A Sailor's Guide to Earth』では、具体的なテーマががっつりあったのですが。
ーー「息子さんに向けた手紙」というものですよね。
落合:そうなんです。それに対して今回は、「(バンドメンバーも含めた)自分たちがライブをやって楽しめる楽曲」というイメージがあって、同時に、カントリーをやっているとはいっても、それだけを聴いてきたわけではないという、彼自身の音楽体験を反映したものにもなっているんだと思います。僕は彼と同い年なのですが、世代的にもMTVがあって、ヒップホップがすごく流行っていて、ダンスミュージックも聴いていてーー。
ーーそれに加えて、Led Zeppelinのような音楽や、もっと最近ではQueens of the Stone Ageのような音楽も聴いている感覚を、アルバム全編から感じました。
落合:やっぱり、彼の場合、周りから「カントリーをやってくれよ」ということを、求められる部分があると思うんですよ。でも、そうじゃなくて、「自分たちがやりたいことをやるんだ」という気持ちが、この作品には入っているように感じます。
竹内:そのスタージルさんの想いが強かったからこそ、映像を作る監督さんたちも、刺激を受ける部分が大きかったんじゃないかと思います。今回、彼と落合さんがかなり距離の近いところでやりとりをしてくださったので、制作自体も非常にやりやすかったです。
ーー今回の映像作品の中で、お2人が特に印象に残っているシーンといいますと?
落合:それはもう、たくさんありすぎるんですが……。
竹内:(笑)。たとえば、今回は「車」を筆頭にした様々なアイテムが明確にあったので、そこを中心に広げていけたことは、とてもよかったと思います。そうすることで、エピソードごとのテイストを変えることができるんです。オムニバス作品としては、観る方を飽きさせないようにテイストを変えていくことも重要ですが、その際に何か共通のアイテムがあれば、そのアイテムで統一感を出しつつ、映像のテイストをどんどん変えていくことができます。たとえば、オープニングの映像(「Ronin」)はフォトリアリスティックなフルCG表現になっていますが、そこがシームレスに繋がって神風動画のパートになっていく、というようなことですね。逆に大変だったのは、映像ができていく中で、エンディングに変更が生まれたことで、そこについてはスタジオと話をしながら進めていきました。あとは、「Last Man Standing」では、最初に一旦3DCGレイアウトで作ったものをもとにして、背景も含めてすべて手描きで描くという特殊な手法が使われています。また、この曲の映像のエンディングは、もともとは作中に出てくる老人が、最後に自分が助かるか、猫を助けて自分が燃えるか、という話だったんですが、スタージルさんが「それはダメだ。みんな死ぬんだ」ということを言っていて。マイケル・アリアスの作品(「Make Art Not Friends」)も、最初はもっと綺麗なハートウォームフルなものにしようと進んでいたものが、化学兵器に汚染された世界でもあるということで、「もっとそのカタルシスを出してほしい」とリクエストをもらいました。これは話を聞いていくうちに分かったんですが、スタージルさんが意識していたのは、「この世界に起こっている悲惨なことや事件を、隠したりせずに、真正面から受け止めよう」ということだったんです。それが分かったときに、各監督も本作品のテーマ性が理解できた部分があったと思います。
ーーなるほど。映像の最後に宮本武蔵の『五輪書』の言葉が出てきますが、そこに愛だけではなく「哀しみ」という言葉が入っていることも、今の話に通じる部分なのでしょうか?
落合:その部分に関しては、作品を最後まで観ていただければわかる通り、決してそれだけのための言葉ではないのですが、そう捉えていただいても問題はないんじゃないかと思います。
竹内:世の中にはハッピーなことだけではなくて、哀しいこともあるけれど、それをみんなで乗り越えていこう、という、スタージルさんからのメッセージなんだと思いますね。
落合:あと、僕は「A Good Look」でのダンスのシーンも印象的でした。
竹内:実は、あの部分は最後までなかなか決まらなかったパートなんですよ。あのシーンを作るのは非常に大変でもあるので、ギリギリまで「どうする?」と話し合っていました。
落合:でも、本人としては、どうしても入れたかったパートだったようです。2017年に映像のことを最初に話しはじめた頃から、本人としては、たとえば『座頭市』のような、「日本らしいダンスをイメージしたものがほしい」というアイデアがあったようで。そのため、あの部分は見得を切るような瞬間や、紙芝居のような演出が入っています。あと、オープニングに出てくる車のデザインに関しては、制作の終盤に「こうしてほしい」という大きな変更が加わりました。この部分は、最初に提案したデザインで進めていたんですが、そのデザインを、アルバムのジャケットを踏襲したものにしたい、という要望が出てきたんです。
ーーみなさんが用意された映像作品に対して、スタージル・シンプソン自身が強い繋がりを感じたからこその話なのかもしれません。
落合:これは僕の想像ですし、彼は「違う」と言うかもしれないのですが、もしかしたら、あの車はスタージル自身だということなのかもしれません。今回の映像作品には、スタージルが一切出ていないということもありますし、ジャケットと同じ車にしたいというのは、おそらくそういうことなんじゃないかな、と。この部分は、色々な方に尽力いただきました。
竹内:そうしたスタージルさんの想いが伝わったのか、各監督も自主的にリテイク作業をしてくれて、私から僕は何もリテイク指示をしていない部分でも、「あと少し待ってほしい」とギリギリまでクオリティを上げてくれました。こういう状態になると、作品は非常にいいものになるんです。ポストプロダクションを担当したLAのスタジオのスタッフも、彼らはマーベルのアニメ作品などを担当しているチームなのですが、日本から上がってくる映像を観て、「何だこれ! かっこいいじゃん!!」と興奮していました。もちろん、曲自体も「めちゃくちゃクールだ!」と言っていて。今回の映像はSEもなく楽曲だけでストーリーが進んでいく作品ですが、スタージルさんの曲の力が映像を引っ張ってくれた部分が、大きかったんだと思います。
ーーお2人は、『SOUND & FURY』というアルバムにどんな魅力を感じられましたか?
竹内:お世辞でなく、音楽に込められているメッセージ性が素晴らしいアルバムだと思いました。今回、映像を作る前にスタージルさんの過去の作品を色々と聴いてみて、「これを少しロックテイストのものにするのかな」と思っていたら、実際に聴いてみると全然違うものになっていて。その飛躍にも驚きました。「凄い音楽に出会っちゃったな」という感覚ですね。
落合:1枚目の『High Top Mountain』のときは、僕はMVも手伝っていたのにもかかわらず、彼の音楽自体については実は「よく分からないな」という状態で……。でも、今聴くと、あの作品はすごくいい作品に聴こえるんです。そして、2枚目の『Metamodern Sounds in Country Music』は、「Radioheadみたいなことがやりたいんだな」と感じたアルバムで、グラミー賞を獲った3枚目『A Sailor's Guide to Earth』はドゥーワップ、ロック、カントリーと様々な要素があって、彼の場合、毎回全然違う作品になっていると思うんですよ。ただ、歌い方だけはずっと一緒で。それは今回の『SOUND & FURY』も同じで、そのうえでロックアルバムになっているので、きっと今回も多くの人が驚くと思うんですが、そうやって挑戦していくのが、スタージル・シンプソンなんだと思います。彼はよく、「音楽はソウルミュージックか、ダメな音楽しかない。いい音楽は、どんなジャンルでもすべてソウルミュージックだ」と言っていて。そう考えると、今回のアルバムは、ずっとカントリーをやってきた「ソウルミュージシャン」が出した「ロックアルバム」ということなんだと思っています。
(取材・文=杉山仁/写真=池村隆司)
■リリース情報
『SOUND & FURY』(日本盤)
発売:2019年10月16日(水)
価格:¥1,980(税抜)
デジタル・ダウンロードおよびストリーミング
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